『ステータスと試練と、オタク口調の洗礼』
異世界に来た初日。
リュミナスに案内され、俺は草原の小道を歩いていた。
空は異様なまでに澄み、鳥の鳴き声もどこか幻想的だ。
けれど、その美しさより先に――
(……やっぱテンションが合わない)
目の前を軽やかに歩くリュミナスは、マントを揺らしながら説明を続けていた。
「まずは、汝の“適性”を確かめねばならぬ! この世界の住人が冒険を始める前、必ず受ける簡易試練である!」
「試練って……なんか重く聞こえるけど、本当に“簡易”なのか?」
「む? もちろんだとも。せいぜい、ちょっと魔力を込めた木箱が襲ってくるくらいである!」
「いや危ないだろ!」
木箱が襲う世界は普通ではない。
しかし、この世界ではそれが“日常”であり、彼女はそれを当然として扱っている。
そういう価値観の違いが、地味にキツい。
「試練の前に、ステータスについて補足するぞ」
「さっき『耐オタク精神』とかいうわけのわからないスキルが出てきたやつか……」
「うむ。それと同時に“もう一つのスキル”も気にならぬか?」
「???って書いてあったやつだな」
「それこそ、汝の“真の適性”……試練を超えた時に初めて目覚めるものだ」
(本当にラノベかよ……いや、ここラノベ世界なんだよな)
嫌いなはずの文化に、否応なく巻き込まれていく感覚。
胸の奥がざらつく。
「なぁ、ひとつだけ確認していいか?」
「なんぞや?」
「この世界……普通の人はどんな喋り方をしてるんだ?」
「ん? 普通、か。ふむ……まあ、私ほどではないにせよ──」
「『であるッ!』『なのだ!』『我が〜』とか言うのか?」
「言う者もおるし、言わぬ者もおる」
「……」
「ただ、“そのように話す者を違和感なく受け入れる文化”は、この世界では一般的だ」
「……つまり、俺の苦手な文化が根付いてるってことか」
「そうであるな!」
胸がさらに重くなる。
(なんで俺は……こんな世界に……)
呟きそうになった時。
「……不快であったか?」
リュミナスが立ち止まり、俺を見る。
「いや、その……ちょっとだけな」
「すまぬ。だが、汝の価値観を否定するつもりはない。ゆえに我も、なるべく抑えよう」
表情は真剣で、作り物ではない。
相手が“違う文化を持つ人間”のために歩み寄ろうとしているのが分かる。
(……この人、根は悪くないんだよな)
口調は痛いが、行動は誠実だ。
「……助かる」
「ふふ、礼には及ばぬ。しかし、この世界では“慣れ”も必要であるぞ?」
「努力はするよ。できる範囲でな」
そう返した瞬間、リュミナスがふっと柔らかく笑った。
その笑みは、マントの奇抜さとは対照的に、年齢相応の落ち着いた雰囲気を帯びている。
「さて――試練の場に着いたぞ」
広がるのは、小さな石造りのドーム。
入口には魔法陣が浮かび、ぼんやり青い光を放っている。
「ここで汝の“本当の力”が一部明らかになる」
「……で、その木箱が襲ってくるのか?」
「む。だが安心するがよい。こう見えて我は強い。危険ならば助けよう」
「頼もしい……のか?」
「もちろんであるとも! 我は“白銀の導き手”だからな!!」
(やっぱり痛いんだよな……)
しかし、役に立つなら文句は言えない。
覚悟を決めて、俺はドームの中へ足を踏み入れた。
薄暗い空間に一歩入った瞬間──
ガコン、と音が響いた。
次の瞬間、宝箱ほどの大きさの木箱がガタガタ震え始めた。
「……まさか、本当に襲ってくるのか?」
「来るぞ!」
リュミナスの声と同時に、木箱が跳ねた。
中身のないただの箱とは思えない速度で飛んでくる。
(うおっ!?)
咄嗟に身を引いた瞬間、視界にステータスウィンドウが開いた。
◆ 一時スキル発動 ◆
《耐オタク精神》 → 精神集中+回避力わずか上昇
「そんな効果なのかよ!」
突っ込みつつもなんとか避ける。
リュミナスの笑い声が聞こえた。
「ふふっ! 悪くない動きであるぞ!」
「褒めてる場合かっ!」
「では、そろそろ仕上げだ!」
彼女が手をかざし、淡い光が掌に収束する。
「《ライト・バースト》!」
閃光が木箱を貫き、箱はパリンと砕け散った。
静寂が戻る。
「……終わった、のか?」
「うむ。初めてにしては上出来である」
安堵の息を吐くと――
ウィンドウが再び表示された。
◆ 新スキル解放 ◆
《ラノベ世界適応(Lv.1)》
効果:ラノベ的文化や口調への耐性が“わずかに”上がる。理解力も上昇。
「……いらねぇだろこれ」
頭を抱える俺の横で、リュミナスは満足げに頷いた。
「ふふふ、ようやく汝も“こちら側”の世界へ一歩踏み入れたな」
「そっち側に踏み入れたくはないんだが……」
「だが、それもまた運命。これから慣れていくであろう」
その言葉を聞いて、俺は小さく息を吐く。
嫌いな文化の世界。
戸惑いと嫌悪はあるが……それでも、俺はここで生きていかなければならない。
「……案内、頼む」
「任せよ、転生者よ!」
リュミナスのマントが大げさに広がり、俺の嫌悪が増す一方で、どこか少しだけ……安心している自分がいた。




