プラスアルファの物語
フィロスとラトスの師匠、セリヌンティウスはとても良い人であった。
だからこそ、彼らは罪悪感を覚えずにはいられなかった。
この際、セリヌンティウスが処刑されてしまったらいいのに、と思ったことに。
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某日。セリヌンティウス様のご友人であるメロスという男がこの街を訪れ、挙句の果てに暴君デュオニスに喧嘩を売り、さらに竹馬の友であるはずのセリヌンティウスを人質にして故郷の村へ走っていった。
皆様も思ったであろう。“なんて愚かな奴なんだ”、と。
双子もそう思った。
しかし、双子にとっては紛れもないチャンスだった。
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フィロストラトスがフィロス“と”ラトスだと知っているのは、師匠であるセリヌンティウス、ただ1人である。
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我々フィロストラトスが、フィロスとラトスであることを知っている唯一の人物を消せる機会なのだから。
「一体何を考えているんだ…メロス様は……」
セリヌンティウスが人質にされ、兵士に拘束されている間、店の仕事は全てフィロスとラトスが仕切っていた。
「まぁ落ち着きなってフィロス。こんな大事件で仕事が減って、ゆっくり作業に集中できるいいチャンスじゃあないか。」
「それもそうだ。だけど……自分は、正直セリヌンティウス様を信用出来ずにいるのだ。」
「師匠を?メロス様じゃなくて?」
「ああ。もちろんメロス様のことも信用してないさ」
「サラッと失礼なこと言ったね」
「でも、自分は時々不安になるんだ。セリヌンティウス様が自分たちのことをフィロス“と”ラトスだとバラす日が来るんじゃないかって。ラトスも考えたことあるだろう?」
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次元の狭間から御機嫌よう。芝生です。
突然だが皆様には何故フィロス“と”ラトスがフィロストラトスと言う一人の人間だと誤認されているのか知っていただく必要がある。
一年前。
セリヌンティウス様の作業場に一人の人間がやってきた。彼はマリオンと名乗り、特に仕事を依頼することもなく、お気に入りの紅茶を持参してセリヌンティウスと談笑を嗜んだ。
「君の工房に、失礼ながら名前は存じ上げないが、素敵な石工がいるだろう?」
「沢山いますよ。」
きゅん。
「えーと……そうだ、僕が言いたいのは……鉄紺色の滑らかな髪をして、インディゴブルーの瞳をした者。残念ながら、男か女かも知らないね。」
「ああ!だったら、どちらかは分かりませんが、フィロスとラトスのことだと思います。」
おそらくこの時、マリオンは「どちらか」を、双子のどちらかと言う意味ではなく全く別人が2人いることを想像し、フィロスとラトスの事が「どちらか」のうち“一人”の人物だと錯覚したのだろう。
「おお!フィロストラトスというのか!面白い。是非とも僕の弟子となってほしい!」
セリヌンティウスが街一番の石工なら、マリオンは街一番の彫刻師だ。
そして、あの傍若無人なデュオニスの芸術顧問である。
デュオニスの城の、城以外の全ての“創造品”を彼が作ったと言われており、その手腕はかのデュオニスを唸らせるほどである。と言っても、デュオニスが信用しているのは、彼ではなく“彼の腕”なのだが。
基本一人作業を好む彼が「弟子が欲しい」と言うということはそれほどフィロスとラトスが才能に満ち溢れているということだろう。
しかし、何故同音異義語である“フィロスとラトス”を、フィロスとラトスは、マリオンが“フィロストラトス”と勘違いしていると気づけたのだろうか。
「“彼”の腕は大変素晴らしいよ!」
「君もそう思わないかい?セリヌンティウス!」
「是非とも“フィロストラトス殿”を破門したい時は僕に声をかけておくれ!」
マリオンの言葉に潜む違和感。
それはセリヌンティウスの弟子を指す言葉が全て“三人称単数”であり、双子ないし複数人を表す“複数系”では無かったからだ。
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この勘違いはマリオンから次第に町民に広がり、人々はフィロスとラトスという二人の人物を認識せず、“フィロストラトス”を親しむようになっていった。
「もし、セリヌンティウス様が自分達は“フィロストラトス”ではなくフィロス“と”ラトスだとバラしたら、自分達はどうなるのだろう。」
「私には分からないよ。
強いて言うなら、まずマシなルート。私たちの元にあのマリオンと言う方が捕獲するためにやってくるだろう。」
「全くわからなく無いじゃないか。
でも、自分にとってそれは苦しいな。」
「どうして?」
「マリオン様は、同一性……もっと軽く言えば量産物を嫌う。
見た目そっくりな双子を、どちらも手元に置いておくと思うかい?」
「そうかな…フィロス。」
「ああ。もしもの事はいくら考えても足りない。一番最悪なルートは、きっとデュオニスは自分たちのことを知っているだろう。だから、“フィロストラトスという完璧超人の名で町民とわしを欺き続けた罪”ということで処刑されかねない。」
「…………」
「わかるだろう?ラトス。
一番の脅威は、マリオン様でも暴君でもなく、セリヌンティウス様なのだ。」
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メロスが帰って来なくてはいけない期日の夕方。フィロスはラトスに何も言わず、メロスを引き止めようと探しに向かった。
「ああもう!命知らずなフィロスめ!」
ラトスが気づいた頃には、フィロスはもう工房の最上階から見下ろしても見つからない程遠くに行っていた。
フィロスとラトスの姿を同時に見られてしまうと、町民を混乱させてしまうため片方が外出したならもう片方はどこかに隠れていないといけない。ラトスは“フィロストラトス”という完璧超人の仮面を初めて憎んだ。
そんな中フィロスは、メロス様に追いつき、併走していた。
「フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます。」
メロスはギョッとした様子でフィロストラトス(フィロス)を見た。
決意したのだ。
多分もうメロス様は間に合わない。間に合ったとて、おそらくセリヌンティウス様と共に殺される。ならば、せめて完全に遅れてしまって、貴方様だけは生き残ってセリヌンティウス様の死を無駄にしないように、と。
或いは単純な自分達の願望による阻害行為。
「ちょうど今、あの方が死刑になるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」
野蛮的に言うならば、フィロストラトス(フィロス)はメロスの心を折りに行ったのだ。
しかし実際はどうだ。心を折るばかりか、メロスの友を助けたいという思いに火をつけてしまったようだ。
挙句の果てには、「来い、フィロストラトス」と言われる始末。
コミュ障であるフィロスは、断ることが出来なかった。
「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」
メロスは、そのまま笑顔で走り去って行った。
その姿を、その笑顔を、フィロストラトスは止めることが出来なかった。
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セリヌンティウスは助かった。
そればかりではなく、あの暴君デュオニスが、二人の友情に心打たれ改心してしまったのだ。
結果的に、デュオニスが改心したのならば正体がバレたら即死刑、ということは無くなるだろう。
メロスとセリヌンティウスの友情が、家族愛を救ったとも言える。
そんな中、家族愛の為に友情なんて破滅してしまえばいいと思った自分がとても恥ずかしく思えてきたのだ。
「一体、自分は何を考えていたのだ…………」
そんなフィロスにも、明日はやって来るというのに。
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マリオンは、酷くつまらなさそうな顔をしていた。
暴君デュオニスが原作に倣い改心してしまい、せっかくの“暴君デュオニスに仕える芸術顧問”の肩書きを失ってしまったからだ。
「メロス、なんとも馬鹿で面白い男なんだ。」
つまらなさを満たすにも事足りない事に無理やり面白いと思いながらも、寂しそうに大理石に手をかける。
「嗚呼、唯一無二の称号が欲しい!」
マリオンは、力いっぱいノミを振り上げた。




