16章96話 皆の夢と目標
皆の視線があちらこちらへ動いている。考えているのか、狼狽えているのか。
「俺さ、日々を生きるのに精一杯で、未来なんてとんと考えてなかったことに気づいたんだ。ようやく今の自分が見えてきて、今後の目標が欲しくなった。……そうでないと、闘病が人生の目的になっちゃいそうでさ。それは辛いし虚しいじゃないか。だから、皆の目標があれば、参考にさせて欲しいんだ」
あーとかうーんとか口々に悩むメンバー達。指名してみるか……こういう時、いつも君に頼ってごめんね。
「ケインは?」
ケインは口元に指を当てて考えながら話し出してくれた。
「正直今は、病気の波のコントロールが第一目標になっちゃってるなぁ。でも、好きなことは続けたいと思って――服やアクセサリー、ちょっとした戦闘用装備の作成とデザインは勉強してる」
「おおー! 素敵だね! ケインはお洒落だからなあ」
彼女は照れ臭そうにはにかみ、続けた。
「精神病ってさ、症状が治まったとしても『寛解』て言うじゃん? 綺麗に消えたりはしてくれなくて、ずっと再発に気をつけることになる。いつ寛解できるか、そもそも寛解できるかすら分からない。――それなら、歳を重ねてものんびり目指せる夢と、楽しめる趣味を持っていたいなと思ってるの」
「なるほど……」
「だから……えへへ、お酒の勢いで、夢は大きく! ってことで聞いて欲しいんだけどね。いずれ、自分のファッションブランドを出して稼げたらいいなぁと思ってるよ。ビジネスの知識は一通りクソ親父に叩き込まれてるし、利用してやるんだから!」
皆から感心の声が上がり、ウィルルが興奮した声と共にケインの手を握った。
「そんな夢があったんだぁ! 私、ちょっぴりだけど、イルネスカドルに入る前は手作りの編み物とアクセサリーを売ってお金貰ってたよ! 手芸は大好きだし、今度一緒にやろうよぉ」
ケインのエメラルドの瞳が輝く。
「ええっ! ルルちゃん凄い! やりたいやりたい、色々教えてよ! 材料のお買い物、一緒に行こ?」
「えへへ。楽しみ! 幸せだなあ」
具体的で実現性の高い目標。ケインらしい。彼女の作品が世に出て愛されていくと思うと、俺も楽しみになった。
カルミアさんが緩んだ笑顔で問う。
「ウィルルもそうやって生計を立てていきたいの?」
「えと――私は、楽しむだけ、だよ。私、やりたいことが沢山あるし、気分と興味を大事にしたいから、趣味は仕事にできないなーって思ってるんだあ」
ウィルルは小さな両拳を握ってみせ、気合いを示した。
「私も、最近、目標できたよ! 今とっても幸せだから、イルネスカドルに恩返しするの」
「へえ、恩返しか……」
物憂げに目を伏せたカルミアさんに代わり、話を繋げてみる。
「恩返しって、何をするの?」
ウィルルは自信なさげに指を寄り合わせながらも、熱を込めて話した。
「まずね、ヒーラーとしてもっともっと成長したい。ダメな私だけど、ヒーラーとしてなら役に立てるって最近思えてるの。それが今一番頑張りたいことだし、楽しいことだし、大好きな皆を助けられることだから!」
まっすぐな想いに頬が緩むが、彼女の顔は曇った。
「……私の寿命は皆の二・五倍。きっと私は、今のイルネスカドルの全員を見送る立場になるんだよねえ……。だから、今すぐ皆の役に立てることが最優先って決めてるよ」
はっとした。考えたことはなかったが、言われてみればその通りだ。退社、殉職、寿命――理由はなんにせよ、皆いずれはウィルルの元から去って行くのだ。寂しがり屋でメンバー想いの彼女にとって、それはなんて心細いことだろう。
でも、懸命に話す彼女の声には芯を感じた。
「未来のことも、沢山考えてるんだよ? 私は現役期間も長いから、今頑張ればずっと貢献出来るでしょう。それと、勉強する時間も沢山作れると思うからね、将来はイルネスカドルの役員になりたいの。私みたいに困ってる人達を支えたい!」
元気に言い切り一息ついた彼女は、不安と期待の入り混じる表情で続ける。
「――それで、いつかは、頼りになる立派なヒーラーとして沢山愛される人になれたら、いいなあ……」
特殊な生い立ちと自分の特性に正面から立ち向かい続けてきたウィルルだからこそ見出せた目標だろう。地続きで希望のある、素晴らしい夢だと感じた。
尊敬を込めて声をかける。
「凄く良い目標だね。今も充分頼りになるヒーラーだけど、応援する」
彼女は無邪気に笑った。
「う、うん! 私、のんびり屋だけど沢山考えるよ! これからもっと皆を助けるから、応援してて!」
そしてウィルルは、ずっと黙って聞いているログマへと身を乗り出す。
「ログマの目標は?」
彼は口を真一文字にしたが、ウィルルの大きいルビーのような瞳の圧に負けてため息をついた。
「……貯金」
笑わされてしまった。コップの酒を少し零した。放たれた火球は、掌に作った水の盾で相殺する。理不尽暴力にも慣れたものだ。
濡れた手を振りながら笑顔を向ける。
「あはは、予想外に堅実な目標でびっくりしたんだよ。全く意外ってわけじゃないけどさ。かと言って将来が不安とか言うタイプでもないし……さては、何かやりたいことがあるんだろ。教えろよ」
ログマは俺を大層憎らしげに睨んで言った。
「なぜ知ってるんだ」
「え、知らないよ」
「……チッ、こんな時だけ鋭いんだからタチ悪いな」
隣のケインに目線で催促されたログマは、またため息をついて続きを話した。
「将来、ゼフキに児童養護施設を作ろうと思ってな。勿論、ガキを直接世話する役は俺には向いてないから別で雇う。俺自身は戦闘で稼いで出資者として関わるつもりだ」
驚きと感心の混じった声が上がり、ケインがにやにやと肘でつつく。
「優しいじゃん、ログマ!」
ログマは彼女の肘を軽く払い、意地の悪い顔で笑った。
「そんなヌルいもんじゃない。これは俺のリベンジだ」
カルミアさんが口笛で乗っかる。
「何だかカッコいいね。詳しく聞かせてよ」
ログマは満更でもない顔ではんと笑って、手元の酒を呷った。
「十一の時に母親が蒸発したんだが、あいつ、出がけに『お前みたいな要らない子のゴミ箱はないから、その辺で野垂れ死んでおけ』て言い捨てやがった。腹立つから、そのゴミ箱を俺が作ってやろうと思ってんだよ」
壮絶な話をぺろっとするものだから俺は気圧されてしまったが、カルミアさんは軽い拍手で称えた。
「いいねぇそれ。前向きな報復だ」
「だろう? 真正面から殺しに行ったり、俺が真人間として生きますってんじゃつまらねえ。……あいつはいつも幸せになりたいって煩かったからな。自作のゴミ箱から、幸せになる力を持ってる奴らを大量に生み出してやるんだ」
要は母親に与えられた傷を自分で精算しようとしているのか。しかも、社会に貢献する形で……。ただただ感心した。
「……笑ったの、撤回する。お前のそれ、立派な志だよ」
ログマはここぞとばかりに笑った。
「はは! いいぞ、てめえはしおらしい顔がお似合いだ。もっと反省しろ」
「やっぱりお前、意地悪だよな……」
「あ? 凹み足りないようだから言ってやるが、入社してからの俺の貯金は七桁超えてるからな。目標も志もないお前とは格が違うんだよ」
素直に食らった。呻いて黙ると、ログマは満足気にケケケと笑った。
カルミアさんが顎髭を触りながら問う。
「計算合わない気がするなぁ。副業か何かしてるでしょ」
「はは、ご想像にお任せするわ」
意味深な返事の後、ログマはカルミアさんを無礼に指差した。
「おい、お前の番だろ、おっさん」
ナイス、ログマ。これだけ皆自分のことを話したのだから、もう流れや雰囲気を理由にはさせない。
カルミアさんは俯いて、深く長いため息をついた。隣に座るその横顔には、不安やためらいだけではなく、ある種の覚悟を感じた。
「――皆、俺の話、ちょっと長いけど聞いてくれるかい?」




