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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第4部 背負った重みを武器にして

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16章93話 やりたいこと、ないの?



「おっ、そうなの? 内容は?」


 カルミアさんは前へ顔を向けたまま、苦笑を浮かべる。


「皆に俺の話を聞いてもらえってさ」


「え、何だそれ。気になる!」


「あっはは、そんな楽しい話じゃないよ。……でも、隠してることが俺の病状に良くないって説があってね。宴会の時にでも、酒が入ってから、ね」


 なんとなく、前に話してくれた息子さんの話と、未だに聞けていない配偶者の話なんだろうなと察した。湧き上がる興味を抑えて、曖昧な相槌を打った。



 やがて山道は谷に突き当たる。崖沿いに作られた通路は広く丈夫だが、眼下に見える大きな河の流れと岩肌が、雄大すぎて怖いくらいだった。


 広めの展望スペースになっている先には、大きな滝が瀑声ばくせいを轟かせていた。眩しい太陽を反射した水飛沫が虹の橋を掛けているのも相まって、雄大で美麗な光景だ。


 それが遠目に見えた時、誰からともなく歓声が上がった。俺とログマの声が珍しく被ったので、話しかけてみた。


「すげーな。俺の地元にもこんな大きい滝はなかったよ」


「へえ……」


「デコイス市は平原にあったし、ログマもこれは見慣れないんじゃないか?」


「……ああ、正直驚いてる」


 カルミアさんが肩越しに振り返り、少し駆け出しながら言った。


「絵日記でも描きなよ、最年少のログマくん!」


「てめえ! ボコボコにしてやる!」


 大人気なく駆け出した先輩社員達を、三人で笑いながら追った。




 滝を堪能した後コテージに引き返した俺達は、ラケットを手に円になった。羽のついた半球のコルクをラケットで打ち合い、三回落とした人が負けという簡単な定番の遊びである。俺も幼い頃は何度もやった。


 この遊びを採用したのはカルミアさんらしい。彼は慣れた手つきで羽をつまみ、俺へと身体を向けた。


「重めのコルクにしたけど、あんまり力入れて崖の向こうに飛ばさないでよね! ――よっ」


「はーい」


 ふわりと打ち上げられた羽を同じように下から上へ打ち上げる。羽の飛んだ先はウィルル。


「わわ、わ! ――えーい!」


 いかにも初心者の全力両手打ち。辛くも命中したものの、羽は鋭く真っ直ぐにケインの鼻に命中した。


「ぷぇ!」


「はわああ! ケインちゃんごめんなさあい!」


「ルルちゃん、顔はひどいよ! あははは! ――でもこれは私の失敗カウントかあ、踏んだり蹴ったりだあ」



 皆でひとしきり笑った後、ケインが羽を打ち上げる。それは、ウィルルと同じくこの遊びに初めて触れるログマへと飛んだ。


 彼はラケットを素早く振り上げる。その姿と風を切る音はいかにも玄人くろうとだったが、羽には当たらず地面に落ちた。


 ウィルルが歓声を上げ、カルミアさんが震えながら笑う。


「わあ! ログマ、失敗、一回目ね!」


「ふふっ……凄く出来そうな感じだったのが面白……ふふ」


「チッ……独特の動きをするんだな」


 羽を拾い上げて怪訝な顔をしたログマは、それらしいフォームで力いっぱい羽を打ち飛ばした。


 気づいたら自分の眼前に迫っていたそれを、咄嗟に打ち返した――つもりだった。


「えっ」


 ケインの戸惑いの声に目を泳がせると、羽が俺の足元でバラバラになっていた。


 反射で動いた俺はラケットを剣の如く縦に振り、地面へと斬り落としていたようだ。


 ログマから白けた目を向けられる。


「剣バカにも程があるだろう……」


「無意識だと誰でもこうなるだろ! ていうか、お前があんなに全力で打つのが悪い! 危ないだろ?」


「あー、確かにもっと軽い力でも飛びそうだったな。難しいもんだ」


 微妙に噛み合わない俺達に、カルミアさんが新しい羽を差し出しながら笑顔で言った。


「ルーク、羽の破壊で一発アウト。罰ゲーム決定ね!」


「ええ?」


 不本意ながら罰ゲームを受け、皆に盛大に笑われてやった。内容は割愛する。





 散々遊んで笑って、夕方にコテージに戻った俺達は、宴会に向けて料理に取り掛かった。


 ……正しくは、俺以外の皆が。



「キャンプで働かないなんて、何してればいいの……?」


 ぼやくと、淡いピンクのエプロンを付けて袖を巻こうとしているウィルルに不思議そうに聞かれた。


「やりたいこと、ないの?」


「やりたいこと……?」


「うん。私はね、今日は料理に挑戦するって決めてるけど、いつもやりたいことが沢山だよ」


 衝撃だ。俺は考えても出てこないのに。


「た、例えば? 教えて!」


「う、あ、えと。……今日の滝と遊んだ時の絵を描きたいし、人の感情の影響が少ない高地では精霊がどう動くのか試したいし、綺麗な葉っぱを探したいし……。あと、踊ったり歌ったり。空想するのも楽しいよ。今日は置いてきたけど、楽器や読書もしたいしなあ――」


 段々と気持ちが料理から逸れてきてしまった彼女を、キッチンに立つケインが呼んだ。


「ルルちゃーん、始めるよ。髪、縛って来てね!」


「あっ、うん! ……あ、えと」


 おろおろと困った彼女をケインの方向へ促す。


「話してくれてありがとう。料理、頑張って」


「が、がんばる。……あのね、ルーク」


「うん?」



 ウィルルは上目遣いで恐る恐る言った。


「やりたいことなくなると、悩んで頭がぐるぐるした時、逃げ場が無くなっちゃうよ?」



 目を軽く閉じて正論の痛みに耐えた。思い当たる節がありすぎる。去り際の一言にしては重い。


「そ、それだけ! 料理頑張って、ルークにも食べてもらうね!」


「……うん。ありがとう!」


 仲良く食材と睨めっこを始めたケインとウィルルを見ながら、俺は中途半端な場所に突っ立ったまま腕を組んだ。



 肩を叩かれて振り返ると、カルミアさんがいた。


「や。いよいよ課題の時間だよね」


苦笑を返す。


「そうなんだよ。今、自分がやりたいことを探すのに苦労してる」


 彼は軽い調子で唸り、長めの前髪を弄った。


「難しく考えなくていいんじゃない? 自己犠牲と、気配りをやめてみるのが目的だから。――そうだなぁ、俺達が全員居なくて一人きりで遊びに来てたら何をするか、考えてみたらどうだい」


「……なるほど?」


 他人の存在を排除した時、俺に何が残るか……。


 軽い調子でそれっぽい助言を残したカルミアさんは、ひらひらと手を振った。


「じゃ、ごゆっくりー。俺はログマに料理を叩き込まなきゃ」


 彼の向かう先には、エプロンの似合わないログマがイライラとかかとを揺らしていた。そういえば、ログマが料理業務を担当したのを見た事がないな。



 立っていると邪魔な気がして、ローテーブルの周りのソファに腰掛けた。きっとこの思考と位置取りも気遣い過ぎと言われてしまうんだろうな。



 ――俺は今まで、時間の殆どを戦いのための自己研鑽(けんさん)てて生きてきた。他は、学園の宿題や家事などのやるべきことと、他人のためのことしかやってない。発病してから通院と悩んだり寝たりしている時間が追加になったくらいで、変化にとぼしすぎるのだ。


 他人といる時に自分がやりたいことなんて、考えてすらいないんじゃないか? 相手が何をしたいか、楽しんでいるか、俺の役割は何か、そういうことばかり考えて動いている気がする。


 ウィルルのやりたいことには、皆がいるかどうかは関係がなさそうだった。彼女は特に興味関心が強くて幅広いから極端な例かも知れないが、人は誰しも大なり小なり意志や主張を持っている気がする。そして俺はいつも、それを聞く側。


 俺はその立ち位置を望んでいるのだろうか? ……いや、肯定はできない。そうすべきと思っているからそうしているだけだな。



 ――俺、本当に過度な自己犠牲と気遣いをしているのかもしれない。散々言われていたが、ようやく腑に落ちた。


「……よし」


 静かに気合いを入れて、立ち上がる。直すべき課題、立ち向かうべき敵に狙いが定まれば、あとは戦うだけだ。


 外へ行こう。他人に気を遣えない状況にするんだ。


「俺はやりたいことをやるぞ。自分に素直になるぞ。感情を意識するんだ、意見を持つんだ、自由にやるんだ。そう、今日の俺は王様――」


 ブツブツと自分に言い聞かせながら、玄関へ向かった。



「……ルークは本当に、真面目って言うか、不器用って言うか……」



 背後にケインの呆れた声が聞こえた気がしたが、今の俺は一人。他人なんて気にしない、気にしない。




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