15章86話 仲間に負わせた傷
それからの回復は思ったよりも早かった。毎日の回復術や投薬が功を奏した。出血こそ多かったものの、内臓や骨に達するような傷が少ないことが幸運だったらしい。散々縫われはしていたが、傷はあまり残らなそうだ。
傷の治りに反して、意識が戻るのが異様に遅かったと言われた。……身体は生きようとしていたのに、心が死のうとしていたからなのかもしれないな、と素人ながらに思った。
意識が戻って皆に叱られた次の日、レイジさんとダンカムさんが、ゼフキからはるばる顔を見に来てくれた。
怪我はかなり治っていたが、体格のいいダンカムさんに抱き締められておいおいと泣かれた時は、流石に少し痛かった。
レイジさんは、メンバー達と同じような顔をして、生きてて良かった、背負わせてすまないと言っていた。状況の報告は、ログマがやってくれたそうだ。あいつには、何かと借りができたな。
風竜戦から一週間目の朝、退院した。メリプ市の滞在期間内で良かった。これで、皆と一緒に帰れる。
ボロボロで血が染みた装備を身につけて、弱った脚でよたよたと宿に戻る。服の換えは皆に頼んだが、防具はどうしようもない。身につけずに抱えて帰ろうとしたけど嵩張って上手くいかなかった。なるべく目立たないように裏の道を選んだが、やはり注目されて、気まずかった。
久々の宿のドアを開けると、朝食を終えたであろう四人がロビーで歓談していた。普段着だった。今日は遺跡に行かないのだろうか。
皆はまだ俺に気づいていない。血塗れの汚い姿は見せたくなかったが、気付かれずに通り過ぎることが難しい位置だ。
知らんぷりで通り過ぎるのも違うか。一声かけて部屋へ着替えに向かおう。近づいて声をかけた。
「ただいま――」
その短い言葉が尻すぼみになるくらい、俺に気づいた皆の表情変化は急激だった。
カルミアさんが勢いよく立ち上がって、口元を抑えてバタバタとトイレへ駆け込んで行った。ログマは目を逸らし、ウィルルは凍りついている。ケインは唇を噛んだ後、小さな声で言った。
「……早く、着替えてきて」
完全にやらかした。認識が甘かった。
大至急部屋へ向かって、言われた通りにした。汚れたボロボロの防具をもう二度と皆の目に触れないよう、宿泊用バッグの一番底へと全てを押し込んだ。剣だけはしまい込めないので、血染めの鞘とグリップ部分に包帯を巻いてとりあえず隠した。
彼らはロビーで待っていてくれた。
「ごめん……着替えたよ」
「……座って」
ケインに言われて座る。歓談していた皆の雰囲気をぶち壊したことに落ち込んだ。
俺が謝る前に、ケインが説明してくれた。
「元気に帰ってきてくれて、すっごく嬉しいよ。でもね、皆ちょっとトラウマになっちゃった」
胸が締め付けられた。やっぱりさっきの反応は、死にかけの俺の姿を思い出したからなんだろう。
「ご――」
「もう謝らなくていいの。でも、今回の仕事はここで離脱して」
ショックで、えっと声を上げた。
「そんな、俺にも最後までやり切らせてよ。装備は買えばいい。それに、もう大きな危険はないだろ?」
「……それでも……」
ログマが面倒そうに言った。
「確かにもう危険はない。モンスターの掃討は昨日で済んだ。……今日は、何をすると思う」
「え、うーんと」
「竜と複合型の戦利品の回収だ。……それと、市が遺体を収容する手伝いをする。浄化の妨げになるからな」
はっとした。あちこち崩れた広場。髄所に残された血痕。そして犠牲者達。……そこに俺が立っていたら……。
やり切りたかった。でもそれ以上に、皆の心を守りたい。
俯いていると、ウィルルが言った。
「レヴォリオさんも、トラクさんも、休んでるよ」
「えっ……」
「でもね、最初に怪我したお二人が復帰したの。人手は足りるよ。任せて。私、ルークにも休んで欲しいなあ」
大丈夫だろうか。レヴォリオの骨折も、トラクさんの傷も心配だ。……俺も、同じように心配されているんだな。
「分かったよ……。貢献出来なくて、悔しいけど」
白い顔で口元を押さえ続けるカルミアさんが言った。
「貢献出来てないわけない。風竜討伐はルークの功績だ」
「違うよ。レヴォリオが倒したんだ」
「致命傷はルークが与えていたよ。それに、しっ――死者を出さなかったのも、君のお陰だ」
正直嬉しい。仲間に死人を出さないことが、俺の最重要事項だったからだ。途中離脱する自分を、許せるような気がしてきた。
カルミアさんは、この前から、死という言葉を口にする事が妙に辛そうだ。何かあるのだろうな。……いつか、話して貰えるといいな。
「……カルミアさん、励ましてくれてありがとう。そう言われると、救われるよ」
皆を見回して、手を振った。
「じゃあ、申し訳ないけど、俺は留守番するね。陽に当たったり、歩いたりして回復する時間にさせてもらう。――行ってらっしゃい」
見送って、一人になった。今日含め、残り二泊三日――何をしていいか、分からないな。
午前中は適当に散歩して、目に入った飲食店で昼食を摂った。その後は、結局暇を持て余した。
――そうだ。気がかりなレヴォリオとトラクさんの顔を見に行ってみようかな。
彼らもまた退院していると聞いていた。煌びやかなホテルのロビーへと赴く。
受付から内線してもらい、様子を窺うと、二人とも会ってくれるとの事だ。
トラクさんは猛スピードでやってきて、これでもかと深く頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとう! ルークさんを置いて逃げて、ごめん!」
「いやそんな! 逃げて欲しいって言ったのは俺ですから! 一緒に前線に立ってくれてありがとうございました。無事で本当に良かった」
沈んだ顔を上げてくれた彼の額には、大きな傷跡が残っていた。
後からゆっくりと出てきたレヴォリオは、なんだか落ち込んでいた。燃えるような短髪に似合わぬ湿っぽい表情だ。それでも、俺を案じるような声を掛けてくれた。
「お前、あの傷で、動けるようになったんだな……良かった」
「レヴォリオが助けてくれたお陰だよ。そっち二人も持ち直してて嬉しい」
「まあ、な……」
妙に歯切れが悪い。彼も、俺の自己満足に傷つけられたのだとしたら謝りたいな。確認したくて尋ねた。
「らしくない顔してるよ。どうした」
レヴォリオは顰め面でぎゅっと拳を握って言った。
「……今回の俺の仕事は、お粗末なもんだ。深手を負って意識が飛んだ事も、トラクに重傷を負わせた事もだ」
彼の自責を放っておけなかった。
「そんな事言うな。レヴォリオが限界まで戦って他のメンバーを守ったから、その後が有利になった。トラクさんを回復する隙があったのも、お前が与えたダメージのお陰だ」
「だと、良いが……それだけじゃない。――お前は知らないだろうから、当日の話をする。座れよ」




