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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第3部 負った傷と負わせる傷

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13章79話 最期までかっこ悪いよ



 萎えるなあ。黙ってろよ。


『負けて終わるのか』


は?


『これだけ泣いて、怒って、苦しんで、逃げて。悩んで、耐えて、足掻いて、闘って。その終わりがこれか』


全力を出した結果なんだぞ。仕方ないだろ。


『仕方ない、か。わざわざ自分でこういう状況にしておいて、よく言うよ』


わざわざ……? これが最善だったろ?


『本当は気づいてるくせに。ついこの間、皆が言ってくれたことをまた無視したんだよ。現状を誤魔化した。強がった』


まあ、一人で残ったのは強がりかもだけど。


『いいや。何よりも、死にたがってるってことを言いたくなかったんだ。正直だったのは、他人の死を背負えないっていう、口実の部分だけだ』


……ああ、そうだよ。うるせえな。


『タチが悪いのは、自分の死ぬ理由を他人に押し付けたことだ。仲間の為に死んだって思われたかったんだろ。見栄っ張りが。自分の綺麗な死に方のために、周りを利用したな』


最期にそれくらいの見栄、張らせろよ。


『お前は仲間の死から逃げた。これからは、お前の死を、仲間が背負うんだ。最後の最後に逃げて、仲間を巻き込みやがる、最悪の自殺だ』



 ギリギリと歯が軋んだ。

 うるせえ。うるせえよ。正しいことを言うな。せっかく最高だったのに、盛り下がった。ああ、こういうところだよ。俺のこういうところが嫌いなんだよ。



 これだけ強く拒否しているのに、声は止まらない。


『自分で負けを選ぶな。死に甘えるな。最後まで足掻け』


どれだけ足掻いたと思ってる。もう充分だ。


『はぁ……。あーあ。本当にガッカリだよ』


勝手に期待して失望してんじゃ――!





『……頑張れると、思ってたのに』





 あっ。




 涙がぼろぼろと零れた。


 なんてことを言うんだ。嫌な奴。最悪だよ。いっつもそうやって、俺が苦しむような事ばかり選んで言う。脳内に居座って、ずっとうるせえんだよ。



「うう、ぐ……」


 情けなく呻きながら壁に頼り、傷の少ない右脚をガタガタ震わせて立ち上がる。身体の力み、激痛とストレスで鼓動が早まり、全身の傷から血が噴き出す。足元の血溜まりがじわじわと広がり続ける。


 酷く目眩がして視野が狭まっている。息が上がり汗が流れるが、理由は肉体疲労なのか精神的ストレスなのか、はたまた多量出血による異常なのか、よく分からない。


 左脚はもう使えない。重い剣を持ち上げられる腕じゃない。治療回復も出来ない。戦えない。逃げられない。


 どの道、もうすぐ死ぬんだろうな。



 ――それでも、負けられない。俺自身が、負けたくないんだ。



 だって……だって。この仕事を通して、本当に久々に、前向きな理由で頑張ろうと思い始めていたんだ。誰かに言われて、じゃない。誰かのために、じゃない。生きるために仕方なく、じゃない。自分のため、自分の意思に従ってだ。


 マイナスの自分を無理矢理ゼロに戻す方法を探っていた。心底嫌になっていた。

 でも今回の仕事の中で、マイナスの俺にでも出来るプラスの事を探してみようかな、なんて思ってみたりしてたんだ。



 自分と仲間の尊厳のために本気で試合をした。引き分けで満足しない上昇志向を実感した。


 弱りきった頼りない姿を見せたのに、仲間は俺を見捨てなかった。傍にいてくれた。


 周りなんて見えてなかった俺が、景色に目を奪われて、美しいと感じた。


 自分の仕事の先に、街の平和や人の幸せがあるという喜びに気づけた。


 尊敬できる、負けたくない相手と意見をぶつけあった。お互い少し成長した。


 ――この強い敵に勝ちたいと思えた。



 頑張りたいと思ったんだよ。隣を歩いてくれる仲間との生活の為に。居場所をくれた会社の為に。偏見を乗り越えて打ち解けてくれた取引先の為に。自分が美しいと感じた街の為に。――俺自身の為に。


 この仕事を完遂することで、大きく一歩進める気がしていた。俺にも出来ることがあると、俺でも俺を救うことが出来ると、思えるんじゃないかって。


 やっぱりダメなのか? 折られてお終い?


 そう思うと、腹が立つ。


 あんなに終わりたかったのに。諦めた自分に負けて終わるなんて、悔しい。嫌だ。


 レヴォリオも言っていた。お前は強くなるまで頑張れる奴だと。自分に誇りぐらい持てよと。絶対勝つぞって、言い合ったじゃないか。


 病気になってから、ずっと何かに翻弄されて、何も思うようにいかなかった。終わり方くらいは、自分で決めてやる。



 最後まで、闘い抜くんだ。



「ううああああああアァ!」


 ズタズタの両腕を無理矢理上げて、渦巻く小さな水の盾を生成する。

 この盾は、ウィルルが教えてくれた。



 回復と防御について助言をお願いした時は慌ててたな。飛んで来るものは横からの力に弱いから、水の盾には渦を加えたらいいかもと自信なさげに言っていた。一緒に練習したら、ウィルルの盾は俺の三倍の大きさだった。呆然としていたら謎に謝られた。



 放たれた強風と刃が、水を飛び散らせる。盾の範囲が足りずに守りきれなかった脚に細かい傷が増える。だが風竜もまた弱っていた。辛うじて相殺できた。


「ふうぅっ、ぐううう!」


 無事な右手の人差し指を竜に向ける。先端に光術力を集め、熱していく。

 これはカルミアさんのアイデア。



 色んなピンチを想像して、戦い方を語り合った時のもの。冗談半分だったけど結構盛り上がったんだよな。ルークの精霊術は肉体的だもんねとからかわれてむくれつつも、僅かな体力と精霊力で使える妙に実用的な案ばかり出してくるから、複雑な気持ちで聞いた。



 竜はこちらの攻撃準備に気づいて口を開けた。次弾を作り始めるのだろう。馬鹿が。動きが止まってんだよ!


 熱さに震えて耐えながら照準を合わせる。脚で支えられない左半身を壁に押し付け、右脚だけは指と同じく前へ向けた。

 場当たり的だが、半身に構えて目線に合わせるケインの弓の見よう見まねだ。



 俺が稽古を見てる時の、照れ臭そうな顔が脳裏に浮かぶ。命中の秘訣は心の平常を保つこと! と教えてくれた時は少し得意気だった。微笑ましくなってくすっとしたのを見抜かれてへそを曲げられた。本当は怒りん坊なのに戦闘中は冷静な君を、俺も見習ってみるよ。



 防刃手袋の指先が煙を発して焼け落ち、熱さに震える右腕を左腕で支える。ブレるな、ブレるんじゃねえ。


「あっづいな畜生……!」


 狙うは、最も急所に近い、大きな傷。

 ログマがボロボロになりながら与えた、胸部の深い傷だ。



 出会って半年経つのに、剣技シルバー級を保持していると知ったのはつい数日前。その時は泥臭い前衛が嫌いと言ってた癖に、剣で果敢に攻め込み、確実な結果を残してくれた。日常的に散々攻撃されてきた代わりに、戦闘中は散々助けられてきた。つくづく、性格さえ悪くなければなぁ。



 ――皆、短い間だったけれど、ありがとう。さようなら。ごめんなさい。



 涙が一筋零れたが、その代わりに心の波が凪いで視界のモヤが晴れた。今だ!


「当だれえェ!」


 銃の如く放つ。反動で壁に叩きつけられた。


 光速の熱弾は狙い通り胸部の傷から背へと貫通した。



 風竜は今までで一番大きな悲鳴を上げた。恐らくは致命傷。尻尾や翼が端の方から霧となり始めた。


 それでも、やはり強敵。黒い体液を大量に吐き続ける口を、もう一度大きく開いた。



 俺は壁に背を預けて尻餅をついた状態。もう立てない。霊術力はもう微塵もない。それでも防げ。防御だ。考えろ。これを耐えれば終わりだ。竜の方が先に死ぬ。


 勝てる! 勝って終わるんだ!



「はあ、はあ! おぇ――はっ、はあ!」


 喉の乾きによる吐き気で涎を垂らす。みっともねえ。最期までかっこ悪いよ。


 俺の右横で血に浸っている愛剣が目の端に入った。右脚で蹴り寄せて、身体の前に立てる。幅はそんなにないが、急所くらいは守れる筈だ。耐えてみせる!



 ――ちょっと待て。なんだその大きさ。



 竜の最期の一撃は、巨大なつむじ風だった。


 俺に向かって渦巻く砂と礫、誰かの靴や鞄。それらは次々と刃に刻まれて粉になる。風の円は、見える形で膨らんでいき、遂には、竜の全長ほどになった。



 巻き上がる砂埃に目を細め、苦笑いには諦念が滲んだ。



 ああ、今度こそ負けだ。



「はあ……。やってられるかよ」


 ため息と共に愚痴る。複雑でやけっぱちな、落ち着いた感情だった。強ばった苦笑は、穏やかな笑顔へと緩んだ。



 結局は、一番しんどい選択肢を選んでしまったな。


 あのまま最高の気分で、何も考えずに死んだ方が絶対に楽だった。自分の弱さと向き合わずに、仲間を救った良いリーダーだと自己陶酔して終われた。こんなに苦しくて格好悪い足掻き方をしなくてよかった。粉微塵になって汚く死ななくて済んだ。


 それでも、俺は、この選択をした自分が誇らしかった。


 今度こそ全力を尽くした。やり切ったよ。




 自分の弱さには、負けなかった。




 騒がしく吼える風音が迫る。目を閉じてその時を待つ。しんどいから、なるべく一思いにやってくれよな。



 さあ来い……! ――まだか? ちょっと遅くないか? 恐る恐る薄目を開けた。



 つむじ風の円が乱れ、こちらへ迫る勢いがかなり弱まっている。風竜も限界だったもんな。でもやっぱり、遅くなっただけで死ぬことは変わらない。もう一回強く目を瞑った。



 もう少しの辛抱だ。来るぞ……! ――おい! やるなら早くやれ!



 何度死ぬ覚悟をしても殺して貰えない。苛立ち混じりに今一度目を開けると、つむじ風が目に見える形を失いつつあるところだった。巻き上がる砂塵が減っているのだろう、風の円の向こうが少しずつ見えるようになっていく。


 薄く解けたつむじ風は、ただの強風になって届いた。


「いぃっ……! てぇ……!」


 風と砂埃に打たれて、全身の傷が強く痛んだ。すごくしんどい。だから一思いにやれって言ったのに!


 痛みに瞑った目を開けて前へ向けると、竜が倒れ伏していた。その頭からは黒い液体がとめどなく流れる。何があったか、分からなかった。



 狭まった視界の外から大きな声がした。


「おい!」


 今度は俺じゃないみたいだ。誰?


「ルーク! お前馬鹿だろ! いや馬鹿な奴だとは思ってたが、ここまで馬鹿だとは思ってなかった!」


 何度も言うなよ。馬鹿も傷つくんだぞ。



 声の近づいてきた右横へ目を揺らすと、黒く濡れた剣を携えて片膝をついたレヴォリオがいた。


 意識を取り戻せたんだ、良かった。お前が、竜にトドメを刺したんだな。どうせ傷も大して癒えてないくせに、本当に凄い奴。


「おい、見えるか! 分かるか! レヴォリオだ!」


 あーあ、見られたくない奴に見られたなあ。なんか、お前とは対等でいたいと思ってたんだよ。……心配されたくないんだ。


 無理矢理、愛想笑いを作った。

「あぁ、はは……大丈夫だよ」


 レヴォリオは余裕のなさそうな顰め面をした。なんだそれ? お前も不安そうな顔をすることがあるんだな。


「助けに来た。お前も一緒に帰るんだ」


 見知った奴に会えて気が抜けたのだろうか。頭が鈍って、考えが切れ切れになってきた。言われている意味も半分くらいしか分からないから、俺の気持ちをそのまま口に出した。


「手間をかけて、気を遣わせて、ごめん……」


「――何言ってる? 謝る事じゃないだろ! 馬鹿!」


 肩当てを掴んで揺さぶられる。なんか怒られてる気がする。俺はやっぱり言葉選びが下手なんだろうな。


 それでも、最期に独りじゃない事が嬉しくて、お礼だけは言いたかった。


「ありがとう。本当に――ありがとう――ねむ、い」



 かくんと項垂れて、目を閉じた。

 手から力が抜けて、剣が倒れる重く鋭い金属音がした。

 鬱陶しい風もいつの間にか止んで、静かで心地いい。


「寝るな! ルーク! おい! ――ウィルル、急げ!」



 遠のく意識の中で、耳慣れた足音と声が聞こえた。もしかして皆、来てくれたの? 悪いなあ、でも嬉しいよ。初めて、聴覚過敏で得をした。聞きたいものを聞きながら眠れる。



「びえええぇ! ごめんねルーク、ごめんね! うわあぁん! どうしようどうしよう、どこから治せばいいの。えーとえーと……私の馬鹿、おちつけおちつけ! ううう!」


「なんで助けてって言わないの……。頼ってくれるって言ったじゃん。嘘つき……! ルーク聞いてる? 私、怒ってるよ! ぐすっ、ううっ、死に逃げなんてしたら一生恨むから!」


「ルーク! 来たよ。皆いるよ。頼む……頼むから……しっ、し、死なないでくれ……。三人とも、大きな傷から精霊力の許す限り回復して! ログマ、俺と一緒に運んでくれ!」


「了解。――おいカス! 俺は言う通りにしたからな。これで良かったんだろ? おい! 聞いてんのかゴミ! ……ルーク……答えろ……お前の考えは馬鹿すぎて、俺には分かんねえんだ……」


 皆はやっぱり優しいな。今までその優しさに、どれだけ救われてきたか分からない。本当は一人一人に謝罪と感謝を伝えたいけど、上手く声が出ない。あぁとかうぅとかくらいは言えたかな?



 ……できれば許して欲しいな。俺、物凄く、頑張ったんだ。




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