13章77話 最高の気分
とにかく時間が必要だ。まずは動きを止める!
奴はどうやら回復する手段を持っていないし、尻尾と片腕はもう使えない。あとは翼と口を封じれば、手足で殴ることしか出来なくなる筈だ。
さっきの翼の風術は連発できない大技だろうし、腕と足での殴打を主体に攻撃している様子はない。だから、メインの攻撃手段は口での噛みつきと風術弾。
となれば、俺のすべきことは、翼を落とすこと。撤退する皆を飛んで追うことが出来なくなる。可能なら口も凍らせて封じたい。奴の攻撃と移動の手段が減れば、トラクさんの回復時間も稼げる筈。
ただ、俺の精霊術では強力な遠距離攻撃は不可能。至近距離に迫る必要がある。
風の刃を避け、風竜の足元へたどり着く。腕のない側に立ち、首を伸ばして噛みつかれる所を飛んで避けた。着地した脚を折り、その頭に飛びつく。頭部の突起のお陰で、掴むところは沢山あった。
「わっ――ぐうぅ……!」
振り回されて呻きながら、動きの隙を見計らって頭の真上に移動する。集中力も体力も底をつきそうだ。
目を強く瞑って、右手に握った剣に集中。上手くいかない。自分に苛立つ。
「ああクソ! 湿っぽいこと、よそよそしいこと考えろ! 大得意だろうがぁ!」
自分の無力さに酷く落ち込むと、剣に水分が一気に集まった。大きな水の塊が、竜の頭の一部を俺ごと包む。
泳いで背へと飛び出し、また突起を掴みながら頭部へ剣を向ける。首を激しく振られているせいで水の量は減ってるが、いける!
一気に吸熱して凍結。両目と顎の約七割が動かなくなり、風竜はもがいた。
転びながらも首元を掴み、左の翼へ剣を振り下ろす。頼む、俺の腕!
全力で振り下ろした剣は翼に食いこんだが切断はできない。残り少ない霊力と筋力を振り絞る。ここからはもう、俺の気合いの問題。精霊よ、人々の祈りよ、力を貸せ!
「だぁらあああ!」
集めた日光の熱で焼きながら体重をかける。やがて翼が根元からぶらんと垂れ下がった。よし、これで皆を追えない!
竜は氷を割ろうと地に頭を打ちつけ始めた。激しく揺れる背を飛び降りて少し走ってから、撤退用の閃光弾を全力で投げつけ、目を瞑る。竜は凍ってるせいで目を閉じられない筈だ。
少し経って目を開けると、竜は暴れ続けてはいるものの、動きが鈍くなって見当違いの方向へ身体を向けていった。
竜の動きで揺れる地面を蹴って、ぜぇひゅうと喉を鳴らしながらトラクさんへと走った。
彼の脱力した姿勢は変わっていない。膝をついて確認すると、顔の血は固まっている。さっきの回復薬は効いている筈。
「トラクさん、トラクさん! しっかり!」
「うぅ」
ああ、生きている。いける、いける!
体力回復薬と、外傷回復薬の栓を抜く。俺が持っているのはこれで最後、頼むからこれで持ち直してくれ。握力の消耗で震える手で、トラクさんの口に運んだ。
「飲み込んでください。頑張ってください。お願いです」
彼はなんとか喉を動かして、二本とも飲んでくれた。でも、回復の機会はもう作れないだろう。
俺が使える初歩の回復術でも、逃げる分の体力は回復するかもしれない。……これを自分以外に使うのは相当久しぶりだ。両手をぎくしゃくと広げてトラクさんへ向け、脚を中心に光で包む。
すると、トラクさんが目を開けてくれた。本当に嬉しくて安心して、涙が浮かんだ。
「ああぁ、良かった。うう。良かったよ……トラクさん、立てますか? 動けますか?」
掠れた声で返答があった。
「ああ……もしかして……助けてくれた?」
「まだです。帰らなきゃいけません。どうか逃げ切って下さい」
大きくて重いトラクさんに肩を貸し、立ち上がらせる。さっき使った水術のせいでびしょ濡れなのが申し訳ない。
共に階段を上がっていると、肩の上から小さな声がした。
「ルークさんは……どうするの……?」
「皆の撤退時間を稼ぎます。その後で続きます」
「……どうやって」
気に病まれても仕方ない、適当に答えておこう。
「ほら――光術や閃光弾で目眩しする計画だったでしょう。とにかく、手負いの貴方が逃げてくれないと始まらないんです。他の皆が先行してるので、追いかけて下さい」
階段を登りきった所で肩を離す。
「行って下さい。限界まで頑張ってくれて、本当にありがとうございます! 絶対に帰って!」
目は虚ろだったが、頷いてくれた。不安定な足取りで走るその背中が徐々に小さくなって、やがて通路の角へと消えた。
「……へへへ」
――やり切った。物凄く嬉しかった。
こんな風に頑張れたのはいつぶりだろうか。自分がやりたい事を、誰かの為に、全力でやった。空を仰ぐと顔が緩んで、自然に笑えた。両の拳を達成感で握り締めるのも久しぶりだ。
「やってやったぞ……! よっしゃあ……!」
最高の気分だ。雲に覆われた空とは裏腹に、頭は快晴で心が軽い。
後ろの物音がしっかりして、静かになった。振り返ると、竜が氷だった水滴を垂らしながら、こちらを睨んでいた。
鬱陶しいなあ。すっごく気持ちいいところに水を差さないで欲しいんだが。
仕方ねえな、構ってやるよ。腰元から水筒を取って水を飲み干し、深く息をした。
――左翼と左腕が無くても、きっと奴は追って来る。ある程度近づかれてしまえば、射程距離を活かして追撃される。
閃光弾も使ったし、光術や剣撃で両目を潰すのは難易度が高すぎる。
そもそもが妨害専門のヤーナさんありきの撤退方法だったし、ボロボロの皆が走れているかすら分からない。
要は、俺が今逃げると皆危ないって事だ。
戦いを続けよう。……勝てたらもっと気持ちいいしな。




