13章75話 戦況は劣勢へ
後方の壁の影では、ケインとウィルル、ヤーナさんによって負傷者の手当が進んでいるようだ。後は、ずっと戦い続けている彼女が心配だ。
前衛をトラクさんとログマに任せて、数歩後ろへ跳ぶ。観覧席上段を見回すと、護衛するカルミアさんの背後で腕を上げ続けるテレゼさんの姿が確認できた。
「テレゼさん! まだやれますか?」
「まだ余力ありますが、強いのは――打てて三発です!」
「了解! 既に出来ている傷を狙って下さい!」
言ってすぐに、竜の風の刃が二人へ向かった。俺がはっとする間にカルミアさんが素早く構える。地属性の光を纏うハルバードが高速で回り、その軌跡が霊術力の盾の如く働いて刃を相殺した。
心底驚いた。
「かっ、カルミアさんナイス! そんな事できたの?」
「ルークに教えて貰ったのを応用しただけ! こっちは任せて!」
凄く嬉しくて胸がいっぱいになった。
「すっごく心強い! 頼むよ!」
トラクさんが囮になる形で攻防が続く。ログマとテレゼさんは俺達が作った隙を確実に突いてくれるし、テレゼさんはカルミアさんが、ログマはトラクさんが守ってくれた。俺は近距離攻撃に専念し、必死で食らいついた。
――だが戦況は明らかに劣勢へ傾いている。
それもその筈。本当なら、俺達の合流後は十人での総攻撃を想定していた。前衛が総交代となり回復も追いついていないことで、現在戦闘中なのは五人。うち一人は手負いでサポートに回ったカルミアさん。戦力は想定の半分以下だ。
俺個人も体力には余裕がない。複合型との戦闘での消耗は、回復薬を使用してもなお無視できない。
憂いている間に、風竜の至近距離に俺とトラクさんが並んでしまった。それに気づいた時には遅く、右腕で纏めて殴り飛ばされた。
「がっ――!」
せっかく詰めた距離が、観覧席間近まで戻される。
腹を打たれた衝撃で息が詰まる。
「ぐふっ……ログマ! すまん。げほっ、すぐ戻――」
「謝ってる暇あったら回復しろ! 俺一人ではそんなにもたない!」
距離こそ開き、衝撃も凄いが、腕の動きに合わせて飛んだおかげで俺は軽傷のようだ。
よろよろとトラクさんを確認した。
「うぐ……トラクさん……大丈夫ですか」
「いってぇ……今のはキツかった。頭の防具がダメになっちった。年季入ってたからなあ」
トラクさんの兜が大きく割れて、鋼の部品がぶらついていた。
「まあ、まだやれるよ。ルークさん、頑張ろう」
「はい! 俺もやれます!」
そこに、汗だくのウィルルが階段を駆け下りてきた。
「はぁ、ひぃ……二人とも……ちょっとじっとしてて……」
ウィルルが白く光る杖を振ると、俺とトラクさんの傷と体力が少し癒えた。
自信がなく、臨機応変な対応が苦手なウィルル。自分の判断で助けようと出てきてくれた事が、猛烈に嬉しかった。
「本当に助かるよ、ウィルル! おかげで頑張れる。あとは、危ないから後ろを頼むね!」
「えへへ……うれしい。私、後ろの人達の回復も頑張る!」
ウィルルが駆け上がった瞬間、目の前に風の塊が迫った。咄嗟に腕で庇ったが、俺達には届かない。ケインが高圧の空気のシールドを張ってくれていた。
「ケイン! 救われたよ、ありがとう!」
「どういたしまして。頑張れ前衛!」
テレゼさんの火球が竜の顔を燃やした隙に、ログマがショートソードで斬りかかる。高く飛んで竜の胸元を深く切り裂いたのが見えたが、致命傷には及ばなかったようだ。
着地した彼を噛み千切らんと、竜が屈む。
「マズった……!」
「ゴメン待たせた!」
駆けた勢いのままその首元へと斬り掛かる。
竜の身体に浅く食いこんだ剣に必死で体重をかけ、傷へと埋めていく。黒い噴水が霧となって俺の視界を汚した。
風竜が抵抗し、首を激しく振りながら身体を起こした。身体が一度ぐんと持ち上がって揺らされ、自分の重さで剣が抜けると強く地面へ叩きつけられた。
「がっは!」
くそ、上から斬り下ろしたのが失敗だった。喉を斬り上げれば良かったんだ。冷静じゃなかった。
地面に伏せたまま震えながら、頭をもたげて警戒した。――風竜はもう俺を見ていなかった。
所々破けた翼を大きく広げている。その翼全体に緑の光球が次々と作られる。
喉がヒュッと鳴った。初めてこいつを見たあの時の、圧倒的な暴風と刃が来る!
「全員身を守れ! 伏せろ!」
竜が翼で大きく扇ぐと、無数の風の刃が前方へ扇形に飛び、空間を切り裂いた。
「ぐっ! うぅ……!」
仲間の無事を心底祈りながらも、自分を守るので精一杯だった。頭を抱えて身を縮める。爆風と細かい切り傷を全身に受けながら、地面を転がされた。
刃を伴う爆風は直ぐに止んだ。倒れていたことが幸いして、浅い傷で済んだようだ。剣も防具もある。気持ちだって折れてない! 立ち上がり剣を構えた。
また観覧席の近くまで押し戻されていた。風竜は余程消耗しているのか、まだ攻撃動作に入らず身をかがめている。この隙に仲間を確認したい!
「トラクさ――」
斜め後ろにいた彼を確認し、声が消えた。
壁にもたれてぐったりと座り込んでいる。俺と同じく全身に傷があるだけじゃない。ずっと頭に巻いていた包帯。それが外れて大きく傷が開き、顔中真っ赤だった。防具が壊れたのは致命的だったのだ。
衝撃的な姿に大きく動揺し、ポーチから外傷回復薬を取り出そうとする手が震えた。早く、早く。トラクさんが死ぬ。竜も来る。他のメンバーも心配だ。
彼は意識を無くしていた。おそらく頭を打っている。顎を持ち上げて無理矢理口に流した。もう半分は傷に直接かける。ゆっくりと少しずつ出血が弱まるのを確認して、反対側を見た。ログマ、お前の事だ、自分だけは無事に守っているよな?
ログマは俺より後方の観覧席に立っていた。ただ、後衛仕様の防具が切り刻まれて、深い傷と出血が目立った。
特に、両腕を手酷くやられたようで、攻撃を続けようと前に出す腕が震えて血がぼたぼたと流れ落ちていた。
これは、もう――。




