13章74話 大技×大技
舞台を観覧席の最上段から見下ろす。
竜の傷は多く、目立っていた。体表の鱗が所々剥げており、傷から溢れる体液が細く霧となり散っている。だが、依然として力強く俊敏な動きは衰えていなかった。
最後衛とは言えかなり前へ出ているウィルルは、杖を前へ突き出して汗だくだった。それだけでも、六人の苦戦が分かる。
トラクさんと一緒に観覧席を駆け下りながら、ウィルルへ叫んだ。
「ウィルルお疲れ様! 俺達も合流して時間を稼ぐから、その間に自分の回復をして!」
「わ、ルークだっ! あ、ありがとう!」
嬉しそうな声を受けて、俺も感謝だ。
階段に散らばって位置取りする後衛の三人は、息が上がってはいるが目立った傷はない。懸念は、前衛の三人だ。
ナウトさんが、血の滴る脚と斧を引き摺り後ろへふらふらと後ずさりしてきていた。トラクさんがその背を支える。
「ナウト、大丈夫か!」
「すいません。もう体力が……」
「よく頑張ってくれた。支えるから、退れ」
その会話を後ろに聞きながら、振り下ろされた尻尾を紙一重で避けたカルミアさんの前に出た。
「うっわぁ! ――あっ、ルーク!」
「お待たせしました!」
――霊力と集中力の消耗が大きく、隙も生まれる大技だが、ここで使う。
白銀の光を剣に宿して深く集中。光属性の感情と思考――仲間を想う気持ちや正義を重んじる志を高めると、精霊が力を貸してくれる。それが剣へと流れ込み、熱を持った光がバチバチと電気を作った。
溜めはギリギリ間に合った。尻尾は再び持ち上がり、今にも振り下ろされようとしていた。
俺へ狙いを定めた尻尾の軌道から外れるように斜め前へ跳ぶ。俺の身体を掠めたそれを、身体ごと一回転して斬り裂いた。
「ぜえりゃあァ!」
焦げるような嫌な匂いと黒い飛沫を浴びる。両断とはいかなかったが、骨を断った先はだらりと垂れ下がるのみとなり、最早振り回せそうには見えない。かなりの深手を与えられたらしい。
悲鳴を上げて暴れる竜へ警戒を続けながら、背後へ声をかけた。
「カルミアさん、一旦退って回復して! この後は、後衛部隊のフォローと護衛を頼む。長く時間を稼いでくれて、助かった」
「はは、活動限界間近だったよ……。了解! ありがとね。――ごほっ、ゲッホゲホ!」
彼は腰元を押さえて前屈みになり、激しく咳き込みながら後退りした。手痛い一撃を食らっていたのだろう。額に出来た傷が青黒く腫れて血が流れ、左眼はその腫れで良く見えてなさそうだった。
少し前で最前線に立つレヴォリオが一番重傷に見えた。防具の薄い部分は尽くボロボロで、都会的で綺麗だった皮鎧も切り裂かれ血に塗れている。隣に立つと、顔は青白く、汗で濡れていた。
だが、俺が庇う必要はなかった。声をかける間もなく駆け出し、炎を纏う剣を振りかざす。彼もまた俺と同じ霊剣士だった。
「おおおおぉ!」
竜の左腕は肩から斬り落とされた。バランスを崩して倒れかかる巨体を回転して避け、再び前へ踏み込む。
「はあッ!」
レヴォリオの剣は竜の腹に深く埋まり、黒く濡れた。
暴れ回る竜から軽いステップで距離を取るレヴォリオ。俺を横目で見て声をかけてくれた。
「ルーク、よくやった。大きな隙が生まれた」
「光栄だよ! そっちこそ、大ダメージじゃないか。沢山の時間も稼いでもらった、ありがとう!」
「当然だ。――口からの風術弾に気をつけろ、皮鎧じゃ気休め程度しか威力を殺せなかった」
「分かった。情報助かるよ――」
彼が突然片膝をつく。
「ど、どうした!」
「すまん。ヤツが元気な時に散々やられた。おそらく肋にヒビが入ってる。酷く具合が悪い」
――そんな状態で、あんなに重い攻撃を繰り出したのか。
ヤーナさんの声が遠くから響いた。
「申し訳ありません、リーダーの深手は私を庇った時のものです。共に一度退きます!」
「ありがとう! 頼みます!」
あの唯我独尊のレヴォリオが、身を呈して仲間を守ったと? 仲間が怪我を負わない事が必要だと判断すれば、自らの傷も厭わない。彼の高いプロ意識を感じずにはいられなかった。
「――レヴォリオ、お前、やっぱ凄いよ」
無言で親指を立てた彼が、目を虚ろにしてぱたりと倒れた。とっくに限界だったのだろう。
駆けつけたヤーナさんに彼を預ける。彼女は風術で重さを軽減しながら運んで行ってくれた。
遠くでケインが声を張り上げた。
「ルーク、私はしばらく回復と防御に回る! 範囲攻撃にも備えるね!」
誰よりも気遣いのできるケインは、場面に合わせた判断が早く的確だ。彼女がそう言うなら任せようと思えるのが心強くてありがたかった。
「助かるよ! 後ろは任せた!」
気づいたら斜め後ろにログマがいる。彼の右手にはショートソードが握られていた。
「俺も前に出て遊撃する」
「えっ、どうしてだ?」
「奴のヘイトを散らすためだよ。疲れたルークとトラクの二人を交互に狙われるよりはマシになるだろう」
お前――前衛嫌いなくせに。
「頼もしいよ。お前は防具が薄いから無茶はするなよ」
「チッ、分かってんだよ」
前へ戻ってきたトラクさんにも声をかけた。
「鱗に対して、大剣を頼りにしたいです。……体力的にはキツいと思いますが」
「うはは。三十代はしんどいんだぞ。仕方ないねえ」
「助かります、先輩!」
千切れかけた尻尾を引き擦り、左肩から大量に体液を流す風竜。口から涎が漏れ始めていた。ダメージはかなり蓄積しているようだ。
ギャオオオオオ――!
痛みと疲労を振り切るような竜の咆哮。それに負けじと各々の気迫で声を張り上げ、戦闘を再開した。




