13章71話 戦場へ
13章 強敵との戦い、そして……
朝。武装した俺達の顔は緊張で強ばっていた。
宿のドアを開けて、外に出る。見上げると、薄い雲が空を覆っていた。広がる雲の合間に見える青空と漏れる光。湧き上がる不安の中に希望を見出そうとする、俺達の心境のようだった。
皆で肩を組むのは春ぶりだ。五人の薄い影が重なり合う。
――俺の願いはこれだけ。この掛け声で、皆に返事をして貰いたい。大きく息を吸い、腹の底から叫んだ。
「全員生きて帰るぞ!」
「おお!」
景色は、広場が近づくにつれて、神聖な遺跡から凄惨な殺戮現場となっていった。
腐敗した死体や身体の一部が、いくつも転がったままになっている。厚着した民間人が多いが、武器を握ったままの戦士も数人見られた。血痕や誰かの持ち物も、そこらじゅうに残っている。
冬に風竜が降り立ってから今まで、誰も、連れて帰れなかったのだ。
スパークルの面々は、惨たらしい現場にも慣れているのだろうか。目は逸らすものの、動揺は小さく見えた。
イルネスカドルも、大体は前職が軍事系なので耐性はある。特にカルミアさんとケインは、淡々としていた。意外にも、ログマが少し辛そうな顔をしていた。
だが、ウィルルだけは違う。元々繊細で優しい人な上、初就職がこの会社だと聞いている。それに現場に積極的に出始めたのも最近だ。……キツいだろうな。
「うぅ……怖いよ、ケインちゃん……」
「そうだよね。目を瞑ってて。私の腕を掴んで歩いて」
「ありがとう……ごめんね……」
俺も何でもない振りをしているが、こういう景色はかなり苦手だ。
気持ち悪いとか臭いとかはどうでもいい。ただ、大事な人達がこうなったら……と重ねて見てしまうのだ。この人達にも、大事に思ってくれる存在がいたのかな、とか余計な想像を巡らせて自滅する。
俺達は言葉を無くして、ただただ広場へと進んだ。
やがて視界が開ける。
広場は、大きな円形。周りを階段のような観覧席に囲まれ、中央が広く窪んでいる。演者が立つ舞台なのだろう。
広場を囲う柱と柱の間には、もう灯らない明かりがぶら下がって風に揺れていた。壁や柱の目線の高さには、風雨に曝された宣伝ポスターがちらほらと貼られていた。『新春……舞……予定』と辛うじて読める。広場はイベント開催の場だったことが想像できた。
各々身を隠して様子を窺う。華美な装飾の残滓と、人々の血痕の真ん中――舞台に鎮座している風竜の姿は、物々しい。
だが、戦いに備え、落ち着いて観察した。鱗の厚さ、尻尾の長さ、腕と足の太さ。頭部の硬そうで鋭利な突起。弱点がないように見えたが、喉から腹部は鱗に覆われておらず、比較的柔らかく見える。致命傷はここに与える事になるだろう。
幸い見つかっていないようだが、目や首を定期的に動かして警戒している。大きな音や精霊光は命取りだ。
共に姿を隠すウィルルに、多めに買っておいた回復薬を三個ずつ手渡した。外傷、体力、霊力。これで大体の回復は出来る筈。
顔を寄せて、囁く。
「これから二手に分かれるけど、ウィルルは竜の方のチームと一緒にいて。苦戦すると思うんだ。自分を守りながら、皆を癒してくれ。この薬も全部使っていい。頼めるかな」
「う、うん。できるよ。……でも」
「どうした?」
「ルークの分は? ルークにも無事でいて欲しいの」
ウィルルは優しさにはいつも心が癒される。強ばった顔が緩んだ。
「ちゃんとあるから安心して。お互い頑張ろう」
「良かったぁ。がんばるっ」
カルミアさんはいつも通りの柔らかい笑顔を俺に向け、小声で言った。
「じゃ、行ってくるね」
「うん。……頼むから、無事でいてくれ」
「あれ? どしたの、元気ないじゃん」
カルミアさんが撃たれた時の恐怖が蘇ってきていた。いつも俺達の心身を守ってくれる人だからこそ、不安だった。
「……ターゲッターのカルミアさんが一番心配なんだ」
「ふふ、ありがとね。頑張るよ。宴会が楽しみだからね」
「あはは、また酒の話。……絶対やろうね」
初撃役のカルミアさんとナウトさんは、中腰で広場の外周を囲う壁に潜み、静かに風竜の背後へ向かった。
その反対にはログマとケイン、トラクさんの三人が向かうことになる。
ケインが俺に手を振り、にっと歯を見せて笑う。
「見ててよね。活躍しちゃうから」
「勿論だよ。期待してる」
「えへへ、頼もしいリーダーに期待されると力が湧くね」
尊敬する彼女が、俺をリーダーとして認めてくれている。お世辞でも嬉しかった。
「……でもあんまり頑張りすぎないでよ。ケインはいつも無茶するから」
「もー、心配症。それはお互い様でしょ。頑張りすぎないでちゃんと頼ってよね。無理したら怒るから」
「ふふ、怒られたくないな。……ありがとう」
ログマも二人の真似をしてみたかったのだろうか。強ばった顔で、低い小声を発した。
「じゃあな」
「嫌だ。お別れみたいじゃんか。またねって言ってくれ」
「…………またな」
「お、素直だな。可愛い弟みたいだ」
ついおどけたけど、俺の冗談がこいつに通じたことはない。いつも通り思い切り睨まれた。
「終わったら顔面を潰してやる」
「撤回。全然可愛くない」
ケインとログマが踵を返した先には複合型モンスターがいる。ここからも見える、大きさだけなら風竜の二倍の大型。
……俺は複合型が嫌いだ。複数種のモンスター、エリアの不浄を集合した、無数の目と口がついた肉塊のような姿は悍ましい。予想が難しい多彩な攻撃は、殺傷能力が高い。急所も武器もどこにあるのか不明。その上、無数の蛇のような触手を使うから総毛立つ。
だが、多くの要素を無理に束ねているため動きがのろく、知性が低いという大きな弱点がある。
竜さえ上手く抑えて、複合型を早く葬る事ができれば、順番に片付く筈。だが、二体の息が合ってペースを奪われたら、葬られるのは俺達だ。
勿論、申し訳程度の撤退手段は算段してある。早い話が、ヤーナさんの麻痺や毒、閃光弾や光術などで撹乱した隙に全力で走って逃げるのだ。万が一追いつかれそうな時は、ウィルルやログマが皆を隠してやり過ごす。
ゴリ押しの方法だが、集団加速などの最上級難度の技を使える人なんてそういないから、仕方ない。
撤退の難易度が高い以上、勝つしかない。勝つためには、こちらがペースを握るしかない。
――全ては、あの五人の初動にかかっている。
静かだった。生温い強風の音だけが響く。
戦いの前の、独特の緊張感。肝が据わっていく。プレッシャーは重いが、悪い感覚じゃなかった。
トラクさんが柱の影から飛び出した。
「おおおおぉ!」




