12章67話 付き合いの酒
そこそこに賑わう酒場。レンガ造りの空間の中に樽テーブルと大きなテーブルがいくつも設置されていて、二、三十人程度は入れそうな広さ。観光地のままであればかなり栄えているであろう、気軽で小洒落た雰囲気だった。
レヴォリオと向き合ってジョッキを差し上げる。お互い装備を解いて普段着姿で再集合したから、妙な感じだ。
レヴォリオは、苛烈な性格の割には落ち着いた服を着るようだ。俺も派手な服は着ないから同じような雰囲気になってしまって複雑な気持ちだ。仲良しみたいじゃないか。
付き合いの酒は悪酔いする。疲れてるし、控えめに飲もう。
ミードの炭酸割りをちびちびと啜る俺を見ながら、ジョッキのビールを勢いよく飲んだレヴォリオが言った。
「お前、何歳?」
雑な世間話だな。素直に返した。
「二十六だよ。もう少しで二十七だけど。そっちは?」
「俺は今二十八、年始で二十九だ。ルークは二つ歳下ってことか」
話を広げてみることにした。
「二十八か。学園卒業してすぐスパークルに入ったの?」
「そうだな」
「ならもう十年になるってことだろ? 長いね。そんで今は軍事統括リーダーになって、凄いな」
彼は再度ビールを飲み、不服そうな顔をした。
「凄くはねえよ。うちの会社のレベルは、所詮中堅だからな。俺が上に行くのも当たり前。のし上がったって、手応えはないんだ」
取り繕うのも疲れてきていて、素直に言った。
「はは……レヴォリオって自信あるよな。分けて欲しいよ」
呆れたように指を差された。
「ルークが卑屈過ぎるんだ。お前は強いって前も言ったろ。それなりに努力してこないと、ああはならない」
むず痒くなって目を逸らす。
「やめろよ。努力は自慢することじゃない」
「まあな。でも、自信は持っていいだろ」
鳥の唐揚げと豆のソテー、サラダが、若い女性店員によって運ばれてきた。レヴォリオはビールを呷り、女性に爽やかな笑顔を向けて追加のビールを注文した。
「ルークには実力がある。それを得たのは紛れもなく自分の力だろう。誇りくらい持てよ」
「……いや、周りが鍛えてくれたお陰だよ」
「だーかーら。機会は与えられたかもしれないが、それを活かして強くなったのも、努力したのも、お前だろうが! まったく、謙虚も過剰だと鬱陶しいぞ」
「う、すまん。――でも、褒めてくれてありがとな」
うーん、先日の試合後のやり取りからしても、俺の実力を認めてくれてはいるらしい。でもそんなに褒める必要あるか? カルミアさんの言う通り、俺と仲良くなりたいのか? いやまさか。あれだけ衝突したんだぞ?
この飲み会の開催理由がまだ分からなくてソワソワする。俺はこの場で何を求められているんだろう。
すぐに運ばれてきたビールを彼は礼を言って受け取り、そのまま一口飲んだ。ペースが早くて、少し心配だ。
「あまり飲み過ぎるなよ」
「気にするな。俺は酒も強い」
酒も、ね。彼の自信が、一周まわって面白くなってきた。
レヴォリオは少し目を伏せた。
「俺、大会でルークを知ったって言ったろ」
「うん」
「要は今回の仕事で会う前から、ルークの強さを知ってたんだよ。実際に会って立ち居振る舞いを見て、今も強いってすぐ分かった」
流石に少し顔を顰めた。
「さっきから妙に褒めるね。何が狙いだ?」
「いや、まあ聞け。本題に関係ある話だ」
本題? 怪訝に思いながら彼の言葉を待つ。
「――その強い奴が、病人の集まる小さな会社でニコニコしてて、変だと思ったんだ。正当に評価されていない状況を受け入れてるように見えた。俺は強い奴がナメられるのが嫌いだから、凄くイライラした」
ああ、だから俺にも強いという自覚を持って欲しいのか。しつこく褒める意味が分かった。
ほーん、と雑に相槌を打ちながら、二枚の皿にサラダを取り分ける。好き嫌いは知らないがまあいいだろ。
レヴォリオは軽く頭を下げた。
「すまなかった。――そういう好奇心とイライラに任せて、噛みついてしまって。試合の後、余計なお世話で不快な思いをさせた事もだ。色々と大人気なかったな」
驚いて拳を握ってしまい、トングで持っていたトマトを潰した。
慌てて自分側の皿に乗せながら言う。
「謝られると思ってなかったよ。もう気にしてない」
取り乱した件については正直まだ恥ずかしいし気にしてる。でももうとっくに許してる。悪気があったわけじゃないのは分かっているから。
気が抜けて笑った。
「もしかして、それを謝りたくて誘ってくれたのか? 意外すぎる」
彼は少し目を逸らしたが、はっきり言った。
「意外か。まあ、頭を下げるのは好きじゃないな。だが、悪かった自覚がある場合は謝る。意地で頭を下げられない奴はダサいからな。今日は酒を飲みたかったから、ルークと話すには良い機会かと思ったんだ」
「へえ……」
レヴォリオなりの美学があるんだな。嫌な奴だと思っていたが、その根と芯が見えてきて印象が変わった。考えてみれば、剣技の腕も高いプロ意識も、強い信念に基づくものだろう。
――気まずそうな彼に、少し本音を開示してみようかな。
「正直、俺、あの時お前と試合ができて良かったと思ってるんだ。ありがとな。本気で試合したのは本当に久々だった。色々悔しかったけど、それも含めて楽しかったよ」
レヴォリオは嬉しそうだった。
「それならよかった」
そして、不満げに言われる。
「――お前さあ、その性格だし、会社の試合でも忖度して本気を出せないんだろ」
図星すぎて笑うしかなかった。
「あっははは! ロハでは散々やってたよ。なんだ? 見てたのか?」
彼はいたずらっぽくニヤッとした。
「余裕で想像できるっての。理解はできねえけどな。やっぱりお前は変な奴だよ」
三杯目のレヴォリオに付き合って、俺も二杯目はビールにした。
レヴォリオは、まだ俺に聞きたいことがあるらしい。
「今日見た限り、イルネスのメンバーはかなり強そうだ。ルークがペコペコしてるのは、それが理由か?」
「まあ、確かに皆強いよ。でも、ペコペコしてたつもりはないな。そんなだったか?」
「ずーっとだ。ありがとうとか、お疲れとか、ごめんとか。ビビってんのか、自信がないせいかって気になった」
腕を組んで悩む。ビビってるし自信もないけど、それだけじゃない筈。
「――皆には出来るだけストレスなく、伸び伸びと戦って欲しいんだ。それだけで存分に力を発揮してくれる、頼もしくて尊敬できるメンバー達だから」
「伸び伸びと?」
「正しい表現か分かんないけどな。戦闘に集中できるように、彼らの考えや気持ちを尊重して、丁寧に接したいと意識してはいる。それが下手で、ペコペコして見えるのかもなあ」
「ふうん。俺には分からん考え方だな」
彼は顎に手を当てて目を伏せた。
そのまま考え事をしながら唐揚げを口に運ぶレヴォリオ。色白の割には、顔色に酔いを感じない。
何か話しかけた方がいいのかなぁ、でも面倒臭いなぁ。ぼーっとビールを飲んでいると、彼のまっすぐな視線がこちらに向いた。
「今朝の会議について、ルークの意見を聞かせてほしい」
驚いた。ジョッキを置く。
「俺の意見?」
「うちのメンバーは俺の方針に従わなかっただろ。あの件、どうすべきだった? お前にはある程度分かってるんだろ」
難しい話題に、言い淀んだ。




