12章66話 興味津々?
今日は快晴。日差しに照らされた遺跡を、六人で歩く。眩しくて俯くと、道に残された血痕が傷ついた二人を思い出させて、気持ちが重くなった。
レヴォリオは警戒を張り巡らせると同時に、平常心を保っていた。メンバーと雑談をしながらも、物音や気配にはすぐ反応している。俺は、どちらかに振れてしまう。素直に彼を凄いと思った。
道中、何度か小型モンスターと交戦した。レヴォリオは手を出さずに俺達の戦いを見ていた。小さく短い戦闘だったからか竜の襲撃を受けることはなく、無事に十字路に着くことができた。
ここで改めてケインに索敵してもらう。彼女はいつもより長く集中した後、額を拭って腕を組んだ。
「風竜は変わらず奥の広場にいるけど、起きて周りを見回してる。いつ動いてもおかしくない感じ」
俺たちの間に緊張が走る。
ケインは少し考えて、怪訝そうに続けた。
「あとさ……中小モンスターの反応が減りすぎなんだよね。建物の中も、もぬけの殻だよ。もしかしたら合体してるかな。もう少し探ってみるね」
頷いた。不浄エリアに湧いたモンスター達は、特定条件下において増加、強化、合体、分裂を起こす。俺達が一度に沢山のモンスターを葬った事で風竜が警戒を強め、取り巻きに何かの力を加え合体させたのだと考えられた。
彼女は再度集中し終わった後、肩で息をして言った。
「やっぱり、大型化した個体が一体いる。風竜のいる広場から少し奥で、彷徨いてる。周囲の中小モンスターはこれに統合されたんだ……」
息を呑んだ。だが、これはむしろ好都合かもしれない。考えをそのまま口に出した。
「強敵が二体に増えた形だけど、ちょっとずつ風竜戦に乱入されるよりはやりやすいかも。的が大きくて、戦略もシンプルになる。その後の掃討も楽そうだし」
カルミアさんが頷き、ケインに尋ねる。
「色んなタイプを複合させたモンスターだとは思うんだけど、予想できる特徴や弱点はあるかな?」
「風属性な事はまず間違いないから、地属性が弱点にはなるかな。物理、霊術の得意不得意はないと思う」
「じゃあ全員の攻撃が通るわけだ」
「そうだね。――あと、これは複合型にありがちなんだけど、核が複数あるみたいだから全部壊さなきゃ倒せない」
「あぁ、やっぱそうなんだ。手間だねー」
皆を見回した。
「ケイン、ありがとう。かなり有用な情報を掴むことができたね。今日は帰ろうか。明日、会議で共有して作戦を立てよう」
ケインが言いづらそうに口を開いた。
「ごめん……今のでちょっとしんどくなっちゃった。ログマ、帰りの索敵任せられる?」
ログマは珍しく、難しい顔をした。
「……眠れてないから、保たないと思う」
ハッとして彼の顔を見ると、確かに顔色が悪く隈が深い。
「すまん! 戦闘に参加させちゃったな」
ぷいと顔を背けたログマに代わり、ウィルルが勢いよく手を挙げた。
「私、やれる! 元気!」
「おお、ほんと? 助かるなあ。頼むよ!」
「うん! 頑張るね」
帰路でモンスターに遭遇することはなかった。ウィルルの索敵に引っかかった奴らも、俺達を避けるように離れていったそうだ。無事で帰れるに越した事はないが、複合型モンスターの肥大化を想像すると気味が悪かった。
階段を降りて平原に着いた頃には、ケインはフラフラだった。
「あぁ疲れた! 帰ろ帰ろ」
「ケイン、お疲れ様。情報収集、本当に助かったよ」
後列のウィルルを振り返る。
「ウィルル、守ってくれてありがとな」
「えへへ。役に立てて嬉しい」
目を真っ赤に充血させ、焦点も合わなくなってきたログマが気にかかる。
「ログマはキツかったよな。気づかなくてごめん。大丈夫か?」
「あー。大丈夫じゃないが、眠気は来てる。今夜はよく眠れそうだ」
「それは良かった。早めに寝ろよ」
いつぞやの一件を思い出す。今日の夕飯は汁物じゃありませんように。
そして、先頭のカルミアさんの肩を叩く。
「カルミアさんは平気? 俺、昨日から調子悪かったから助けられっぱなしだけど……」
「ふふっ。俺、この遠征中は今の所安定してるんだ。じゃんじゃん頼ってよ」
「頼もしいなあ。俺の精神安定剤だね」
先頭のレヴォリオに追いついて、少し高い位置にある顔を見上げる。
「同行ありがとな。あんまり大きな戦闘はなかったけど、俺達のこと少しは分かったか?」
「……ああ」
「そっか、よかった。付いてきてもらった甲斐があった。昨日のこともあるし、あとはしっかり休めよな」
レヴォリオは返事をせず、行く先を見つめたまま真顔で呟いた。
「ルーク」
「うん? どした?」
「……飲むぞ」
「え?」
「気になってる酒場がある。付き合えよ」
「え!」
嫌だよとも言えないが気は進まない。それに、昨日の状態を見ているから素直に心配だ。
「いやいや、休めって言ってんだろ? あんなボロボロだったんだから、酒でまた身体を虐めない方がいい」
「軟弱な奴らと一緒にするな。俺の体調は既に万全だ。酒で鬱憤を晴らせば更に調子が上がる。俺は常にベストを尽くして行動するんだ、心配には及ばない」
「あ……ああ、そう……」
その自信はどこから来るのか心底不思議だよ。
唸って悩んでいると、すぐ後ろのカルミアさんが笑った。
「行っておいでよ。いつもとは違う人と話すのは息抜きになる。それに、親交を深めるなら酒は一番だ。リーダー同士の交流って事で」
「……リーダーの交流ってセリフ、ついこの前も聞いたけど。カルミアさん、結構適当に喋ってるよね?」
「うはは、バレた」
「おい……」
カルミアさんがねぇねぇと俺の肩を引いて後列に移り、耳打ちした。
「多分彼、懐に入ってしまえばかなり頼もしい味方になるよ。どうやらルークのこと嫌いじゃなさそうだから、飲めるのはチャンスだ」
「えぇ? 相当嫌われてると思うし、別に俺もそれでいいんだけど……」
「いやいや、今日の態度はルークに興味津々って感じに見えた。ルークもレヴォリオさんも、仲がいい相手と一緒の方が頑張れるタイプな気がするし、距離を縮めるのは利点しかないよ」
「俺は確かにそうだけど、あいつは俺に関係なくあんな感じだろ……」
「そんなことないと思うよ。案外あのタイプは孤独が悩みだったりするんだ。一匹狼にしては周りへの関心が高いでしょ。強くてリーダーをやってるルークなら仲良くなれるんじゃないかって期待してると思う」
カルミアさんはたまに適当なことを言うが、観察眼が鋭い。彼がそう言うならそうなんだろうけど……。初日の態度を思うと、呑み込みにくい話だ。
俺の思考を見透かしたように続けられる。
「初対面の時、妙にルークに絡んできたのも、好奇心だったのかなと思ってる」
「ええ? そんなことある?」
「考えてみて。レヴォリオさんは最初から、俺達に偏見があったでしょう。プロ意識が高い彼からすれば、見下してる俺達にかまける時間も、対立する意味もないはず。敢えて食ってかかってきたのはなんでだろうね?」
「……性格が悪いから」
「あははっ。俺は違うと思うのよ。――あれだよ、小さい子が、気になる子への絡み方が分からなくていじわるしちゃうやつ」
「はあ?」
「仲良くなりたいのに、ルークは鉄壁の愛想笑いで身を守ってるから、どうしたらいいか分からなかったんだよ、きっと。……ほら、そう思うと可愛いでしょ。酒の一杯くらい付き合ってあげたら? 仕事のためでもあるしさ」
不本意ながらも納得し始めてしまった。そんな俺の表情に気づかれたのだろうか? 背を押し前へと促された。
渋々レヴォリオに追いつき、言った。
「……行こうか。俺はそんなに飲まないつもりだけど」
こちらに向けられた彼の微笑みは思ったより嬉しそうだった。
「よし。決まりだな」




