12章64話 孤独なリーダー
「ロ、ログマ。言葉を選んでくれ……」
レヴォリオの顔が凄く怖くなっただろうが。
「おいルーク。立派な口をきく部下がいるな。――そもそも鞭を打たざるを得ないのはお前らが腑抜けているせいだ。そんなんじゃ計画が立たない」
ログマはいつもの不敵な笑顔で睨み返した。
「ボロボロになって腑抜けたメンバーに合わせて、計画を組み直すための会議だろうが」
「それはお前の認識違いだ。気力のない方に合わせてどうする? さっきも言ったが、調子は各自が管理して調整すべきだ。今は客観的事実を確認して、仕事を完遂するための最善策を考える場なんだよ」
「お前から見た『客観的事実』には、メンバーの怪我と士気の低さは入ってないのか?」
「入っているから叱咤してるんだ」
「あー。根性論しか思いつかないってことか。お前がやる気を出せって言えば、メンバーは元気になって、竜だって倒せちゃうと。随分と残念な頭をお持ちなんだな」
「なんだと……!」
そういう言い方は身内だけにしてくれよ。ハラハラして肩を掴む俺を無視して、彼は続ける。
「対応はせず、対策もなく、全員がベストを尽くせるって理想にしがみついてんのはお前だけ。今、お前は全員の時間を浪費してる。それが分かんねえなら黙って座ってろよ。こいつが仕切るから」
顎で指し示したのは俺。
「うえぇ?」
散々波風立てた後で俺に振るな。そして反対の端のカルミアさん、笑い堪えてんじゃねえ。
ついにレヴォリオが怒鳴った。
「お前らが俺の時間を無駄にしてんだろうが! 腑抜けのくせに開き直って、できない言い訳ばかりしやがって!」
不意に流れ弾を食らって動悸がした。できない言い訳。……俺の悪癖。
ログマはなんだか楽しそうに、芝居がかった仕草で手を広げた。
「悪いねえ。こちとらお前の仰ってた通り、社会不適合者ですから。俺より、ご自慢のお仲間に聞いてみろよ。俺の理想について来れるかって」
だから他の人に振るなって! 掴んだ肩に思い切り爪を立てると、ログマはレヴォリオからようやく目を逸らした。そしてむしり取られた俺の手は、指を思い切り反らされた。痛え。そっち利き手なんだぞ……。
レヴォリオは前列の四人へ圧をかけた。
「お前ら、できるよな。昨日は調子が悪かったらしいが、いつものお前らなら余裕だろ」
ヤーナさんを始め、誰も頷かなかった。
少しして、ターゲッターらしき男性が、頭の包帯を指差して言った。
「リーダー。自分、離脱したいって言ったらどうします」
レヴォリオは彼を睨んだ。
「お前ならまだ動ける筈だからやれよ。スパークルはそうやって実績を積んできた。ベテランのお前なら分かるだろ」
彼は太い腕を上げて、ダークグリーンの頭を掻く。
「それはそうっすね。でも、今の自分は万全には程遠いんすよ。それで配慮もなければ、死にに行くようなもん。養う家族もいるもんで、自分だけの問題じゃないんすわ」
飄々とした口調だが、固い意志と怒りが伺えた。
黒髪ショートの若い女性が続く。
「私もトラクさんと同意見です。やる気はあります。でも、完全な仕事ができる自信がありません。少し慎重にやらせて下さいませんか……」
初々《ういうい》しい新人らしき男性は、レヴォリオから目を逸らしたまま黙って固まっていた。
ログマがふんと鼻を鳴らす。レヴォリオはわなわなと震えて、俺を指差した。
「ルーク、仕切れ。俺は風に当たる。予約しておくから、十二時に、初日のレストランで昼食ミーティングだ。その時に結論だけ伝えろ」
「あ、うん、了解……」
彼は怒りを全身から撒き散らしながら会議室を出ていった。
各々がため息をついて脱力した。
ヤーナさんが俺を振り返る。
「ごめんなさい、難しいリーダーで」
「いえ。こちらも挑発した奴がいますし……。そちらも大変ですね」
言いながらログマを一瞥したが、我関せずという顔をしていた。お前だよ、お前。
彼女は苦笑した。
「私は慣れてはきましたが、まだ上手く分かり合えません。強くて頼りにはなるのですが、頑固すぎるところがあって……。ご面倒をおかけしてて、申し訳ありません」
「そ、そんな。協力関係ですし、困った時はお互い様でいきましょう」
トラクと呼ばれたゴツい男性がログマを振り返ってニカッと笑う。
「自分の言いたい事、全部言ってくれてスカッとしましたよ。ありがとね」
「イライラしただけ」
「いや、君みたいにハッキリ言える人がうちにも必要だなと思った。転職して来ない?」
「はん、あいつがエースとしてのさばるゴミ会社なんて願い下げだ」
俺はもう、気を揉みすぎてヘトヘトだった。
「ロ、ログマ。頼むから、もうちょっと優しく話して……俺の心臓が保たないよ……」
トラクさんとヤーナさんが吹き出したのに続いて、皆笑った。ログマがムードメーカーになったって言うのか。珍しい事もあるもんだな。
少し空気がよくなったところで、前に出た。――話に入る前に、あの孤独なリーダーをフォローしたい。
「会議に戻る前に、少し聞いて下さい。俺、レヴォリオとは意見が対立したけど、一理あるとは思ってます。プロとしては、どんな仕事でも最善を尽くさなきゃいけない」
八人の視線がまっすぐ俺に注がれていて少しむず痒い。
「……彼自身、今まで努力と工夫で乗り越えて来た経験があるんだと思います。だから周りに求める基準も高くなる。それだけの事でしょう」
スパークルの四人を順に見る。
「それに彼はずっと、皆さんを信じてました。できるよな、分かるだろって。俺、その気持ちは汲みたい」
ヤーナさん以外の各々が、少し目線を揺らした。
「無理がなく、かつ彼を納得させる案を練りましょう。皆さんの力と知恵を貸してください」
ウィルルが何か小声で呟いて、ケインとカルミアさんがひそひそと笑って返している。怪訝に思って目を向けると、ケインが言った。
「苦手な司会に挑戦してるねって笑ってたの。社内で仕切る時も緊張してるのにね。ふふ、愛想笑い引き攣ってるぞー! 頑張れ平和主義者!」
「ほぼ悪口じゃねえかよ! せめてちゃんと応援してよ!」
また皆が笑った。俺、レヴォリオの威厳を少し見習った方がいいかもな。




