11章58話 俺なんていなければ
構造物に向かう道中のモンスターは多かった。手分けして対応しながら進む。
ちょうど曲がり角に差し掛かった時、複数体のブリーズボイドとバロウワイト、中型のオーク二体に、待ち構えていたように前後を挟まれた。
ブリーズボイドには精霊術しか効かない。バロウワイトは屍の姿で人間のように巧みに攻撃してくる。オークは知能の代わりに攻撃力が高く、重い怪我を負わされやすい。――正直、組み合わせは最悪だ。
カルミアさんがいち早く指示を飛ばしてくれた。
「ウィルル、俺達の真ん中へ! どうやら前の方の数が多い。ログマは俺と一緒に前。ルークとケインは後ろを頼む!」
皆がそれぞれの言葉で応じ、武器を構えた。
倒しても倒しても、次々増援が来た。通路横に繋がる小部屋から、通路の奥から、天井や壁を越えて。奥の構造物からも向かってきているように見える。
最早前衛さながらの立ち回りをするログマの衣服に、少しずつ血の色が目立ち始めていた。オークの棍棒を間一髪で躱し、吐き捨てる。
「チッ、次から次へと。なにで寄って来てるんだ? 風属性だから音か?」
カルミアさんは鎧のおかげで大きな傷は無さそうだが、汗は頬を伝っていた。
「そうだねえ。おっと――でもこれ全部倒したら、きっと全体数がかなり減るよ」
ウィルルには前衛のサポートと回復をメインにするようお願いした。全体を見て臨機応変、というのはウィルルの苦手分野だからだ。そして後方の俺達は、物理攻撃を担うケインを、俺が光術力を込めた霊剣でサポートしている。
――だが俺は、霊力の消耗で既に頭が重い。霊力回復薬を飲んで誤魔化すが、そもそも俺の頭が疲れているようで、徐々に攻撃力は落ちていった。
ケインは、自らの短弓に次々と矢をつがえる。今回の遠征で用いる矢には、細長くて返しのついた金属製の矢尻が付いている。単価は高いけど、深く突き刺さる上に抜けなくなると言っていた。
「ふぅっ――」
どんな状況でも深く息を吸って落ち着き、冷静に狙いを定めている。軽やかな移動で位置取りして、敵に距離を詰めさせない。風術で相手の自由を奪って体勢を崩し、急所を射抜く。常に綺麗な姿勢を保つケインは、凛として勇ましかった。
しかし、流石のケインも三体同時には捌けない。後退りした彼女の前に出る。
「オークを任せる! 俺はワイト二体に対処するから!」
剣に白銀の光を纏わせて二体を斜に斬った所で、身体の左後ろ側に激痛と衝撃を感じて息が詰まった。
痛みの方向を振り返ると、死角だった位置で、ボイドが風の爪を振り回していた。
防具の隙間の上腕と脇腹の肉を持っていかれたらしい。片膝をつく。
「うう……!」
すかさずウィルルが治癒と防御に回り、ログマの地属性光弾がボイドを射抜いてくれた。
ウィルルが声を震わせて、呼びかけてくる。
「ごめんね、ごめんね。気づけなくて、守るの、遅れちゃった」
「謝らなくていい……俺こそ油断してた……」
激痛に脈打つ視界で、オークの重い攻撃とワイトの妨害を一人で捌くカルミアさんと、ログマが鼻の汗を拭って体力回復薬を飲む姿を見た。
「ごめん、ごめん……本当に、ごめんなさい……」
口から小さな謝罪が溢れる。浅く呼吸をして、自分の血で足元を濡らしながら、頭だけが無駄に動いていた。
何してんだろ。完全に足手まといだ。いっそ来ない方が良かったんじゃないか。でも、それだと組織としてマズイじゃん。どうすればよかったんだろう。
そうだ、最初からいなければよかったんだ。未練がましく再就職なんてするから、迷惑かけてんだよ。役立たずな俺なんて消えてしまえ。かと言って今更消えても、皆に精神的負荷をかけるんだよな。
もう二進も三進もいかねえじゃねえか――。
とか考えてる場合じゃ、ねえだろうが! ウィルルを手で制して立ち上がる。
「うぉらあああ!」
憂鬱と痛みを振り切るように雄叫びを上げ、ワイトとボイドを次々と四体切り刻んだ。
カルミアさんが吼える。
「うおおおお!」
長期戦の疲労を感じさせない、弛まぬ一撃。ハルバードは五体目のオークの胸部を貫いた。
オークの断末魔を最後に、辺りが静かになった。無数のブリーズボイドとバロウワイトの核が散らばり、オークの棍棒と上等な腰布、僅かな装飾品が転がっている。その中で俺達は肩で息をして、大きな怪我こそないものの、疲労困憊と言った状態だった。
足がふらついて尻餅をついた。ウィルルが駆けつけて、さっきの深手を改めて癒してくれた。少しずつ皮膚が元に戻っていく。
「私、回復霊術の効果、ちょっと鍛えたの。でもまだ遅くて、ごめんね」
「いや、充分。負担かけてごめん。ホント、ありがとう」
カルミアさんは、汗で濡れた眼鏡を布で拭きながら苦笑いをした。
「はは……皆お疲れ。今日はこれ以上働けないね。出撃時は定時とか関係ないし、帰ろうよ。建物の中にはリーダー格もいるだろう」
ケインが大きく伸びをしながら言った。
「そうするしかないよね。こんなんじゃ昼ご飯も落ち着いて食べられないもん」
そして翡翠のブレスレットに手を翳す。
「帰り道の索敵しちゃうからちょっと待ってね――」
その表情が、突然強張った。
「竜が動いた!」




