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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第3部 負った傷と負わせる傷

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11章56話 俺、大丈夫じゃないのかも



 誰かに横から激しく揺さぶられている。鬱陶しいな、今それどころじゃないんだけど――。



 渋々目を開けると、ログマが顔をしかめていた。べちんとひたいを引っ叩かれる。


「いたっ」


「お前、うるせえんだよ」


「……うなされてた? ごめん……」


 不眠がちなログマの睡眠を妨害してしまった。


 寝巻きの彼はすぐに背を向けて、自分のバッグから着替えを取り出し始めた。



 確かにうなされていたようだ、顎と手が固まって、喉もカラカラだ。強張った拳を開きながら身体を起こそうとしたら――。


「う……!」


 絶望的な気持ちになった。身体が全然動かない。動こうと思う事自体、耐え難くつらい。このタイミングで、滅多にないレベルの絶不調だった。


 ベッドの上で呻いてもぞもぞとうごめいていると、洗面所から出てきたカルミアさんが声をかけてくれた。


「ルーク、調子悪い? 朝食持ってこようか」


「……ごめん、助かる。パンがあればそれだけで……」


 胃が痛いが、働く為には少しでも食べなくてはいけない。




 宿のレストランに向かった二人を手だけで見送り、また布団にめりこむ。見慣れない天井の明かりが眩しくて、目元を腕で覆った。


「ああ……しんどいな……」


 心臓に岩がぶら下がっているような感覚がある。その重みに耐えるために、俺が持つ全ての力が使われてしまったのだろうか。身体が、起きて動く事を強く拒否していた。


 空きっ腹だが、言ってられない。枕元のポーチを探り、朝の薬と頓服薬を喉へ流し込む。


「どうしよう……ああ、どうしよう……」


 薬が効くまではまだ時間がかかるだろう。いや、効いても動けない可能性すらある。今日も働かなきゃいけないのに。どうしたら起き上がれるんだ。


 皆に相談すれば、休みなさいって言ってくれると思う。でも、あの全容の分からない広い遺跡で一人欠けるのは心配すぎる。



 それに、二日目にしてリーダーが体調不良だなんて、レヴォリオに皆が馬鹿にされてしまう。そうでなくても、大きな仕事で現場責任者が不在って、会社として駄目だろ。


 イルネスカドル本部チームの内定を貰った時、思ったじゃないか。こんな自分に仕事を与えてもらえるんだから、精一杯頑張りたいと。病気を抱えていても、期待に応えられる剣士でありたいと。


 休めない。休みたくない。寝てなんかいられない――!


「うおらぁ!」


 気合いを入れる声と共に勢いを付けて身体を起こす。宿で用意してくれたタオルを持って、洗面所へ向かった。



 洗面台の鏡に映った自分の顔は、酷いものだった。


「うわ……」


 生気がないとはこの事だ、顔色が死人のように青白い。目元が暗く見えるのは、くまのせいだけじゃない気がした。


 でも、気にしてられない。洗顔して、髭を剃り、髪を整える。頭頂部の目立つ寝癖がなかなか直らなくて、イライラする。妥協して洗面所を出て、ばばっと着替えを終えた。これで、一応身だしなみは整ったはず。


 ベッドの縁に腰掛けると、また動き難くなった。だが、あとは朝食を済ませて、歯を磨いて、装備を整えれば働ける。



 簡単な事だ。やれるさ。



 ――そう思った瞬間、涙が勝手に頬を伝った。


「え? なんだ……」


 涙は次から次へと止まらなくなった。喉が痙攣して嗚咽が漏れる。混乱し、痺れる頭を垂れて理由を探した。



 辛かった事や悲しかった事は沢山あるが、今このタイミングでとなると――俺、本当は大丈夫じゃないのかな。そう思うと、なんだか腑に落ちた。


 別に大した事があったわけじゃない、仕事だってまだ忙しくない。なのにどうして大丈夫じゃないんだ?


 ――まあ、病気だからだよな。知ってるよ。でも、病気を理由に立ち上がれないなんて、甘えなんだろ。腰掛けた足の間に、ぼたぼたと雫が垂れた。



 鍵が開く音がして、カルミアさんがパンの乗ったトレイを持って一人で戻ってきた。


 取りつくろうのが遅れた俺を見て、当然ながら戸惑っていた。


「あらルーク、どうした。やっぱ、昨日の事か? それとも、何かあったの?」


 ああ、レヴォリオの件。あれは確かに辛かった。でも、理解されないのも、知ったようなことを言われるのも、慣れっこの筈なんだよな。


 俺は涙を拭い、前へ垂れた髪を再度整えながら返した。


「大丈夫、何もない。――パン、ありがと。貰ってもいい?」


 カルミアさんに差し出して貰ったパンを受け取って、一気に頬張る。ほんのり甘く、柔らかいパンだった。彼の手助けがありがたくて、それに甘える自分が情けなくて、食べ終えた時また涙があふれた。


 それでもまだ、心臓の岩は軽くならない。止まらない涙が恥ずかしくて、カルミアさんの顔を見られなかった。


「ああー……ごめん。ちょっと俺、さっきからおかしいんだよ。疲れが溜まってるのかな。……大丈夫。すぐ落ち着くからさ、あんま気にしないで」


 なんで俺は大丈夫って言っちゃうんだろうな。また涙が湧いてきたじゃないか。



 カルミアさんは隣に椅子を持ってきて腰掛けた。そして、俺の背中をぽんぽんと叩く。


「いいんだよ、ルーク。そのままでいいんだ。落ち着かなくたって、大丈夫だからね」



 こんな状態の俺に、そのままでいいだなんて、言って貰えたことはあっただろうか? 俺が泣くと、ほとんどの人は困った顔や迷惑な顔になる。カルミアさんの優しい言葉が心に滲みて、痛いけど、ありがたかった。


 イルネスカドルの皆は、弱い俺を受け入れてくれる。分かっていた筈だけど、こうして寄り添って貰えて、改めて実感した。……ありがたくて、申し訳ない話だ。



 腕を目元に当てて、しばらく、声を出さずに泣いた。




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