10章53話 剣で白黒つけてやる!
微妙な距離感のまま佇む。俺達の立つ石畳の横には、鮮やかさを失い始めた草木がさわさわと揺れて、夕日に照らされている。
それをぼーっと見ていると、レヴォリオが口を開いた。
「……お前は、なんで病人の集まりにいるんだ」
平静を保つのに苦慮した。こいつは、俺の心の痛い部分に土足で踏み込んでくる。
「……そりゃ、病気だからに決まってる」
彼は納得してくれない。
「別の、もっと大きい会社でもいいだろう」
世間知らずめ。
「精神疾患者が武技で稼げるところなんて、滅多にない。拾ってくれたのは今の会社だけだ」
レヴォリオの顔は、相変わらず不満げだ。そして、塔にもたれていた背を正して言う。
「お前、ロハ市のルークだろ」
度肝を抜かれた。
「えっ、なんで知ってるんだ?」
「十年前の、バヤト帝国剣技大会。後期学園生の部に出てたろ。俺の同期と後輩が合わせて三人もお前に負けたから覚えてる」
……自分の順位以外は全然覚えていない。十年前だぞ。
レヴォリオは憮然として続けた。
「その大会で、俺はお前と同じ十六強に入った。要はお互い、剣技プラチナ級認定を貰ったって事だ。俺と同等のはずのお前が、些末な会社にへらへらと収まってるのが、ムカつくんだ」
俺に、彼の殺気が届く。
「俺と戦え。プラチナ級同士、剣で白黒つけようぜ? お前は俺より下だとはっきりさせてやるよ」
身勝手な奴。また、大きなため息が漏れた。
「さっきも言ったろ。断るよ。ムカつくとかそういうのは自分の中で消化しろ。――もう帰っていい?」
レヴォリオは嘲笑うように言った。
「負けるのが怖いのか」
分かりやすい挑発だが、今の俺の精神には負担だった。その表情に気付かれたかは定かでないが、彼はなおも続けた。
「所詮は心が弱い奴らのリーダーか、逃げ癖があるんだな」
握った拳の中で、爪が掌を痛めつける。睨んで言い返した。
「病気と心の強さは関係ない。無知で無礼な奴に、仲間を馬鹿にされたくねえな」
レヴォリオは背からロングソードを抜いた。
彼の髪と瞳の色と同じ赤をベースに、洒落た装飾を施された剣は、彼に良く似合っていた。奇しくも、俺のそれと同等のリーチだ。
「馬鹿にされたくないなら、抜けよ」
彼は腰のポーチから大きな懐中時計を取り出し、俺に向けた。
「五分、三本勝負だ。頭部、頚部、体幹への有効剣撃をお互いの申告で決定。精霊術禁止。物理防御は俺が張っておいてやる」
審判がいないこと以外は、バヤト帝国剣技大会、成人の部の公式ルールと同じだ。向けられた彼の手が黄金に光り、お互いの全身に透明のシールドが張られる。
結局、試合するのかよ……。渋々剣を抜いた。気分は乗らないが、仲間の為にも負けられない。
気をつけ、礼。間合いの外で互いに構える。
構えたまま睨み合い、じりじりと駆け引きを続ける。
先に距離を詰めてきたのはレヴォリオ。
「ぜぇあっ!」
「ふっ!」
彼の動きと呼吸を読んで迎撃する。斬撃は互いの右肩を打ち、剣の鍔元が激しくぶつかった。
しばらく鍔でギリギリと競り合う。長身のレヴォリオとはやや身長差があり、筋力も彼の方が強いようだ。この状況は不利だ。
身体をずらし、斜め後ろに彼の力を逃がす。鍔が離れた時に肩で突き飛ばし、彼へ斬り下ろしたが、難なく剣で防がれた。その剣がくるりと回って俺の頭へと落ちてくる。
だがそれは読んでいた。
「せいっ!」
体を深く落として彼の剣を避け、踏み込みと共に斬り上げる。後ろへ身を引く彼の胸元を掠めたが、一歩遠かった。
ああ、また来る――激しい攻防を続けながらも、俺の視界は曇っていた。健康だった頃の試合の経験が、嘘だったみたいだ。集中力が保たない。剣が重い。息が上がると吐き気もする。レヴォリオという強敵を相手にしながら、自分とも戦っているようだ。
俊敏かつ滑らかな刺突を去なしたが少し間に合わず、足がもつれた。
「くっ――」
体勢が崩れたまま退がる。その隙を見逃してもらえる筈もなく、胸部に追撃を貰った。
「がっ――は、くそ……」
シールドと防具のお陰で傷は無い。だが衝撃は相当なもので、片膝をついた。
お互い正面に構え直す。レヴォリオが楽しそうに笑った。
「俺が先制点だな。そんなもんか、ロハ――いや、イルネスカドルのルークさんよ!」
「……口が減らねえな。公式戦なら失格だよ。まだ終わってない!」
――今までの攻防で分かったことがある。筋力はあちらが上。だが速度は俺の方が上だ。互いの体型から事前に想像できたことではあった。観察眼が鈍っていた。
しかし、速度で上回れることに気づいたのであれば、それで反撃しない手はない。先手を取り続けることが俺の勝機を作る筈だ。
今度は俺から距離を詰めた。俺の全速力を乗せた刺突、それへの対応がやや遅れたように見える。その隙を逃しはしない。
崩れた箇所を次々に狙い、手数で攻め立てる。こうなれば俺のペースだ。
俺の頭が余計な事を考える間がないように、怒涛の勢いで攻撃する。剣撃をかわし、去なし、受け止め続ける彼の表情に余裕がなくなっていく。
間合いの内で、一瞬身体を前傾に崩して見せる。その隙を見たレヴォリオは上に振りかぶった。簡単な騙し討ちに引っかかるほど余裕を削れているということ。俺の目線では、胴体が空いていた。
彼の剣撃を頭上で受けてから手首を返し――。
「おおおぉ!」
横に一閃、咆哮と共に思い切り振り切った。鈍い手応えがあり、彼が後ろへ吹き飛ぶ。
「ごっほげほ――やるじゃねえの……」
「はぁ、はぁ。ラスト一本、勝負だ!」
ジリリリ――!
俺達が再び距離を詰めた瞬間、懐中時計の音が鳴り響いた。




