10章51話 リーダーVSリーダー
油断していた。突然懐にナイフを突きつけられたような気分だ。真ん中に向かい合う俺達二人の会話に、他の十人が耳をそばだてているのを感じる。
「あー。そうですか? ハハ……」
気まずい顔をして見せた工夫も虚しく、彼は容赦ない発言を繰り出した。
「そうですよ。社会不適合者には見えない」
場が静まる。
俺は再度愛想笑いを整えて、言葉を返さなかった。彼が素直すぎるのか意地悪なのかは、まだ分からないと思ったからだ。
レヴォリオさんのニコニコした笑顔からは、まだ悪意は感じない。
「ああ、もういいか。不便だから、俺は敬語を抜く」
身内以外に馴れ馴れしい口をきく人は苦手だなあ。
ふんと鼻で笑う彼の人差し指が、俺に向く。
「――お前ら、病人が集まって暮らしてるんだろ。その上戦闘までするって。普通に考えたら無理だろ。どうやってるんだ?」
最早、初対面の好印象の全てが、彼の不遜な性格を表す要素に思えてきた。でも、まだ様子見だ。普通に応対しよう。仕方ないから、対等に話すために敬語はやめる。
「どうって……。うちのメンバーは全員、元々かなり戦える人なんだ。だから、そこに無理はないんだよ」
「ふーん。でも病気なんだろ?」
「……それはそうだね。でも皆、自分で生活できる人だし、共同生活も成り立ってる。薬は飲むし、病院に通うし、調子が悪い日は休むけど、それ以外はそこまで特殊な事はない。意外と普通かも」
「へえ。それを普通って言うのか」
素直にせよ意地悪にせよ、彼は失礼だ。うちのメンバーのためにも、弁明することにした。
「俺と会話して、普通じゃないと思った?」
「いいや、それは思ってない」
「そうか。それはうちのメンバー全員に言える事だ。俺達は生活も戦闘も自分達で協力してやってきた。君達の足を引っ張らないようにするから、安心してほしい」
彼は口の片端を上げた。その表情には、もう、爽やかさなど微塵もなかった。
「それはどうかな。健康な人達の税金や手助け頼りで生きているくせに、大層な自信があるんだな」
この瞬間、彼の敵対を確信した。うちのメンバーの各々の感情が、俺に集まってくるのを感じる。怒り、落胆、殺意、悲しみ。……どれも、分かる。
俺が黙っていることは意に介さず、彼は相変わらずハキハキと喋った。
「感謝しろよ、仕事を分けてやったんだぞ。上長が最低十人は必要だって言うから、仕方なく業務提携を呑んだんだ」
愛想笑いのまま返す。
「それは悪いね」
でも、うちの会社が馬鹿にされるのは黙っていられない。正面から戦うのは不毛だと分かっていたけど、ここでへらへらと躱してしまえば、うちの自慢のメンバーは舐められたままだ。
この際だ、俺の性格の悪さを存分に食らえ。
「因みにさあ、そんなに嫌な俺達の手を借りなきゃいけないのは何故だ? 他にも取引先はあるだろ。君のそのクソみたいな態度のせいで断られたの?」
レヴォリオは分かりやすく睨んできた。
軽い調子で煽ってやる。
「あれ、もしかして図星? まあ、そりゃあそうだよね。俺だって仕事じゃなきゃ、傲慢な姿勢と無礼な言葉遣いしかできない愚鈍な奴と関わりたくないもんな」
「てめえ……!」
「おいおい、人の話くらい最後まで落ち着いて聞けよ。そんな事もできないくらいの低能なのか?」
彼の髪と同じ、燃えるような色の瞳に殺意が灯る。ああ面白い。もっと怒れ。俺以上に怒っちまえばいいんだよ。
目の端で、スパークルの社員達が各々狼狽えている。身内が止めねえからこうなってんだぞ、ざまぁみろ。
――絶対に愛想笑いを崩さない。崩したら負けだ。こんなこと、闘病に比べたらカスみたいな難易度だ。
「でもさ、俺達は今ビジネスパートナーだ。会社同士で、金銭が絡む協力関係を結んで、お互いに責任が生じてる。あまり、波風を立てないでくれ。随分自信満々みたいだし、分かるよな? あ? 軍事統括リーダーさん」
彼は俺を鬼の形相で睨み、机の上の拳を強く握った。今にも殴りかかってきそうだったが、言い返してくる事はなかった。ふうん、頭は悪くないらしい。公共の場で取引先に暴力を振るえば、お前の立場が危ういもんな。やはり語彙力は貧相で、言い返すこともできないらしいけど。
その後、俺とレヴォリオが話す事はなかった。美味しそうな鶏肉のトマト煮が運ばれて来ても、各々が親交を深める雰囲気でもなくなって、最悪の昼食時間だった。
食べ終わって会計を済ませ、外に出た。スパークルメンバー全体を愛想笑いで見回す。
「じゃあ、俺達は今日からニーモ遺跡に向かいますね。中小モンスターを討伐します。適宜、携帯連絡機に状況を共有しましょう。それでは」
踵を返した俺に他の四人も続いたが、レヴォリオの声が追ってきた。
「待て」
好戦的な声色に、うんざりした。肩越しに振り返って苦笑する。
「何? 俺は、もう話す事ねえけど」
彼は俺を睨んで言った。
「北区の報道紙に載ってたのはルークだろ。イルネスカドルのメンバーで紺色の髪なのはお前だけ、人違いじゃないはずだ」
その話、嫌なんだけどな。深くため息をついた。
「そうだよ。だからなんだ」
彼の言葉に力が込もる。
「俺と試合しろ。お前、ムカつくんだよ」
こいつ、本当に苦手だ。俺だって最高にムカついてるけど、自分から食ってかかろうとは思わない。極力関わらない方向でいきたいのだ。ましてや、自尊心が高くて感情的な奴との試合なんてごめんだ。勝敗に関わらず面倒な関係になるから。
顔を前に戻して冷ややかに笑ってやった。
「嫌だよ。君の機嫌を取るために疲れたくない。波風立てんなって言ったよな? お互い、仕事に集中しよう」
彼の返事を待たずに歩き出す。背に殺気を感じたけど、無視だ。
メンバーの反応は、想像してた通りだった。
「凄く嫌味で悪意あったよね。本当に失礼!」
「いやあ、強烈な人だ……がっかりしたなぁ」
「ルークが言わなきゃ俺が黙らせてた」
「はぁ……つらい……もうやだ……」
全体的に後ろ向きになってしまった皆を励ましたくて必死だった。
「ま、まあ。今日は適当にやって、夜は宿で酒でも飲もう。あいつとの連絡は俺がやるしさ」




