1章3話 自己紹介で嫌われる
レイジさんが席を立つ。
「荷物はここに置いておいて。皆の所へ行こう」
彼は出てきた時と同じ、右手の関係者ドアを開けて進んで行った。その後をついて行く。
開けてすぐ左に階段があり、正面は長くて広い廊下となっていた。廊下の両側にいくつかドアがあり宿屋のような見た目をしている。横目に見ながら、階段を上る。二階も同じ構造のようだったが、会議室や倉庫などと札が付いていた。
階段を登った先、位置的に応接間の真上へ繋がるドアをレイジさんが三回ノックし、呼びかけた。
「来ましたー。開けるぞ」
ドアの向こうから少しガタガタと聞こえたあと、どうぞと返事があった。
レイジさんがドアを開けると、明るくて広い空間。窓寄りに長テーブルがあり、男女五人が席に着いていた。皆が一様にこちらに注目しているが、向ける感情は様々なようで、俺が特に強く感じ取ったのは不安感だった。
レイジさんは何も気にしていない様子でテーブルの前に立つ。
「今日からお前たちと一緒に過ごしてもらうルークだ。色々と助け合って仲良くやってくれ」
言葉も勢いもまばらな返事。
「ルーク、自己紹介。直近の仕事、戦闘時のロール、地雷、その他を手短によろしく」
怪訝に思って問う。
「地雷って、なんです?」
「お前がされたら嫌なこと、辛いことを事前に皆に知ってもらう。ストレスは病状に直結するから、お互い開示し合って、回避しようってこと」
なるほどと返し、とりあえず話し始める。まずは愛想笑いだ。
「ルークと言います。北方のロハ市から来ました。前職は地元の軍事系企業です。長剣と簡単な精霊術を使うショートレンジアタッカーです。あとは――」
言い淀む。俺の嫌なことって、なんだろう。聞かれると出てこない。人にこれが嫌ですなんて言ったこともなかった。
「えっと……騒がしい音と蛇が苦手です。あと、辛いもの……」
端に座る銀髪の青年が吹き出す。他の人もさわさわと笑ってくれた。多分ちょっと違ったんだろうけど、場は和んだからいいことにする。
「離職期間があるので、至らない部分はあるかと思いますが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」
拍手をもらい、安堵のため息をついた。気の利いた事は言えなかったけど、俺への不安、少しは解消できただろうか。
「じゃあ次、ケインからにするか。ルークと同じ感じで。あ、社歴は教えてやって。そっからは右回りで」
差されたのは栗毛のふわふわショートが可愛らしい、オシャレな若い女性。
集まる目線に促されて話し始めた。
「ケインです。社歴は三年。支援系精霊術と弓を使うサポーターで、風属性を使えます。地雷は、陰口とイジメ、非常識。よろしくお願いします」
目礼を返す。よく通る、清々《すがすが》しい声をしている。はっきりした目鼻立ちで、表情も明るい人だ。なんだか少し、安心した。
ケインさんの右に座っている、白い長髪の美しい女性――少女? が目を泳がせながら口を開いた。言葉を一生懸命選んでいるような、そんな気がした。
「えと……ウィルルです。入社して二年です。ヒーラーをやります。大きな音と、外出が苦手です。――よろしくお願いします」
受付してくれた声はこの人だった。ウィルルさんは、不安げにケインさんの袖を摘んだ。ケインさんに微笑みを向けられて表情を緩める。かなり繊細な感じがした。まあ、俺も人の事は言えないんだろうが。
隣に座る眼鏡の壮年男性が、じゃあ次俺ね、と続いた。
「カルミアって言います。社歴は最長の五年だけど、四十代なんでお手柔らかに。ターゲッターで、槍が好きです」
そして、薄い顎髭を触りながら少し悩む様子を見せた。
「地雷は――うん、まあ、嫌だなと思ったら都度言うから、あんまり気にしないで。よろしくお願いします」
長めの茶髪を束ね、優しい目をしている。風貌は若々しいが、肝が据わった人に見えた。
一身に攻撃を集め受け止めるターゲッターとしては身体が細い。だが、右上の額から頬骨まで続く大きな傷跡は、歴戦を窺わせる。
礼を返しながら、左手の薬指に光る指輪に気づいた。そしてその時、彼の左腕にある、無数の躊躇い傷の痕が視界を掠めた。すぐ目を逸らし、何でもない風を装った。
――直感だけど、次の人が一番厄介な感じがしている。端に座った銀髪の男性。中性的な容姿、長身も相まってモテそうだ。目を細め、こちらを面白そうに観察しているのはずっと感じていた。
彼は目線を斜め下に向けて話し出す。
「ログマ。社歴四年。ロングレンジアタッカー。全属性、攻撃防御回復、大体いける」
感心していたら、彼は意地の悪い笑みを浮かべ、真っ直ぐ俺を見て言った。
「図々しい奴と身の程知らずが嫌い」
苦笑いするしかない。周りが慌てて咎めるけど、本人は楽しそうだ。
「あと俺は『苦いもの』かな! アハハハ!」
馬鹿にされている。純粋な悪意と攻撃。恐らく彼が狙った通りなんだろうが、傷ついてしまった。俺、この短い間に、図々しい所とか身の程知らずな所があったんだな。
変な空気を打ち消すように、隣の壮年男性が声を上げる。
「まあまあ――最後は僕ね!」
ガッチリとした体格、短い金髪と太い首。こういう人は前職でよく見た。
「チーム担当マネージャーのダンカムです! カルミアの同期だ。新メンバーが来てくれて嬉しいよ。一応会社役員だけど、何でもぶつけて下さい!」
本当に良くも悪くも普通のおじさんのように見えるが、素直で明るく、良い人そうだ。あと、嘘が下手なように見える。偏見だけど。
レイジさんが俺に目を向ける。
「ダンカムは健常者だ。不在が多い俺の代わりに、基本的に本部に常駐してもらう。都度相談するように」
「わかりました」
「――これで全員かな。ヘルパーのミロナさんの他に出入りするのは、俺とダンカム以外の役員と、それぞれの訪問看護師くらいか」
あ、と思い出したように、レイジさんは皆の方向へ向き直った。
「ルークはチームリーダーの役職付きで入ってもらった。早く打ち解けるようになー」
「えっ、ちょ――」
分かりやすく恐縮してしまった。なんで今言うんだ。俺は知ってたが、ダンカムさん以外の皆はびっくりしている。この視線が耐えられない。そういうのは少し後でか、事前にやっておいて欲しかった。
レイジさんは鈍いのか強いのか、何も気にしていない風だった。
「以上。移動しよう。説明と案内をするから」
言うなり、レイジさんは来た方向のドアへ向かって踵を返してしまった。俺を置いていかないでくれ。
「改めてよろしくお願いします! また後ほどっ」
逃げるように去り、ドアを閉めた。




