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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第2部 不器用で温かい仲間達

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8章42話 その花畑はゲル状で



 翌日の朝食。今日はカルミアさんが料理業務担当。彼の作る食事は、見た目も味も洒落ている。自前の製麺機を持っていたりと、り性らしい。奥が深いハルバードの使い手になるのも納得だ。



 ピラフの皿を並べ、皆でケインを囲むように席に着いた。ログマが正面のケインを見て顔をしかめる。


「おいケイン。目の周りが青いが?」


「えへへ、化粧で隠せなかったか! 昨晩は眠れなかったから色々やってたんだー。少しは寝たし、体調も悪くないよ! 心配ありがとう。――ていうか、ログマの方が目元ヤバくない? 心配」


 ケインはそう言って身を乗り出し、ログマの頭を撫でようとする。ログマは顰め面でその手を掴み、彼女へと押し戻した。


「やめろ」


「えー。素直じゃないんだからぁ」


 確かにログマの顔色は悪く、目も少し充血している気がする。おそらくほとんど眠れていない。俺も心配になった。



 ログマが横目で隣のカルミアさんを見る。俺も彼が適任だと思う。この状態を見た事のある、物腰が最も柔らかい人だ。


 俺達の目線を読んだカルミアさんは、頼もしく微笑んで話し出した。


「ケイン、昨日から元気だね」


「ふふ、実は三日前の休みから調子が良くて! 用事がはかどるよ」


「そっかぁ、何よりだ」


「うん、嬉しい!」


「――ちょっと心配なくらいだなぁ。倒れちゃいそうだよ」



 隣のケインが眉尻を少し下げたのが分かった。


「昨日、ログマにも似たような事言われた」


 カルミアさんは俺の向かい。眼鏡の奥のブラウンの瞳は、ただただ優しい光を湛えていた。


「ケインは自分に厳しい努力家だからね。お節介だけど、少し休んで欲しいな。ケインが元気を使い果たすんじゃないかと心配なんだ」



 人格者カルミアさんを以ってしても、ケインの機嫌が怪しくなってくる。


「……気をつけるけど。て言うか、いつも気をつけてる。せっかく調子がいいんだよ? 病気になる前の私に戻れそうなのに、今頑張らなかったらいつ頑張るの」



 不穏な口調に怯えて目線が泳ぐ俺とウィルル。


 全く動揺の見えないカルミアさんは、笑顔で続けた。


「勿論応援してる。普段から懸命に闘病してるのも知ってるよ。だから、良い調子が長く続くようにペースを調整して欲しいんだ。協力するからさ」


 ケインは不満そうだったが、やがてため息をついた。


「分かったよお……」



 心の中で拳を突き上げた。カルミアさんの落ち着きと、ケインの元来の飲み込みの早さが噛み合ったように思えた。



 ケインの言葉には続きがあった。


「でもね、お願いがあるんだあ。皆、聞いてくれる?」


 隣から前のめりで問う。


「なに? ケインのお願いなら聞きたいよ!」


 ケインの口元がねたように少し尖る。


「昨日ルークには言ったけど、大きな仕事がしたいの。お金なくて」


 確かに言ってた。やはり金銭的な話になるか。



 一番仲の良いウィルルに掘り下げてほしい。向かい端に座る彼女が俺のすがる目線に気づいて、あわあわと話しかけた。


「えと……。ケインちゃん。おかね、今月の施設利用料は出せる? 給料日はもうすぐだけど、その後支払い日だよ」


 ケインは他人事のようにけらけらと笑った。


「無理! 買い物のツケも精算しなきゃいけないし、まかないきれないんだよね。貯金も無いしさ。あはは!」


 ツケ払いだと……! 金額によってはぞっとする話だ。


 ケインには、ウィルルの心配がいまいち響いていないようだ。怪訝そうに首を傾げる。


「でも猶予は三ヶ月あるよね。今月支払えなくても、来月二倍払えばいいんでしょ。大丈夫だよ!」


 その思考はまずい。俺達は元々病人で、明日をも知れぬ身。まして今この状態のケインが来月どうなっているかなんて、分かる筈がない。



 だが病気に理解がない俺には適切な言葉が浮かばない。情けないけど、頼む、ログマ。


 俺の視線を受けた彼がため息をつく。


「……来月二倍払える見込みはあるのか。約十万ネイだぞ」


「まあ何とかするよ! でも今、病院代すらないんだよねー。流石に困っちゃってさ。皆、助けてくんない? えへへ」


 彼女は苦笑した後、また機嫌を損ね始めた。


「ていうか、さっきから皆で私が不安になるような事ばかり言うのはなんで? 意地悪だよ」



 これは詰みだ、第二案しかない。彼女自身で収める気が薄く、財布事情も逼迫ひっぱくしている。



 皆と目で会話して、言った。


「じゃあ俺、今から依頼所に行ってくるよ。早速今日やろう。皆、準備して待ってて」


 ケインの機嫌が持ち直した。


「やったー! 今日も働きたいと思ってたんだぁ! 私に任せて、絶対成功させるからね!」


「さっ、さすがケイン! 頼りにしてるよ」




 盛夏せいかの日差しが照りつける中、汗を流しながら都民軍事依頼所へと急いだ。



「とにかく高額報酬が得られる依頼。危険度は応相談、五人稼働、場所は近郊でお願いします」


 息が上がったまま早口で条件を並べた俺に、窓口の女性は笑った。


「ふふふ。そんな必死な表情をなさらなくても」


「う……すみません」


「いえいえ。優良事業者のイルネスカドルさんですから、お願いできる依頼はあると思いますよ」



 請け負った依頼は、ベリースライムから得られるドットベリー獲得。


 これは高額な薬になるが、自然界に自生している数が少ない上に、モンスターから得られる戦利品の中でも珍しい。とは言え、膨大な数のベリースライムを倒す事が出来れば、手に入らない事はないとの事。


 報酬は美味しいが、退屈さと手間、実績としての地味さと達成感の希薄きはくさから人気がないそうだ。だからこそ、二つ返事で即日請け負わせて貰えた。



 要は、目的の物が得られるまで延々と討伐を続ける仕事だ。――精神の調子が不安定な俺達が、精神頼りの根気勝負をするということ。


 その上、今日はケインの異常に加えログマが本調子ではなさそうだ。



 正直凄く怖い。だが、他の高額依頼は、これ以上に運要素が強いもの、長期で取り掛かるもの、出張が必要な遠方のものしかなかったそうだ。ここは踏ん張りどころだ。



 帰りは馬車を使った。時間が勝負!


 出勤していたレイジさんに、事情を話す。突然の不在となるが、笑顔で送り出してくれた。


「ダンカムには俺が伝えておく。ああ、武器庫も開けなくちゃな。ケインの事、頼むぞ」




 目指すはゼフキ北東部にあるヨイ山。登山道は整備されているが、そこから外れるとスライムだらけだそうだ。


 広めの登山道は深緑に囲まれた木陰。木々の枝葉の隙間から漏れる太陽の光が美しい。傾斜けいしゃも急過ぎず、地面も固められていて歩きやすい。近郊で人気の登山スポットになるのも頷ける。



 ……だがそんな景色を楽しめたのは一瞬。夏に武装して登山。かなり軽装備にしたが、それでも俺には暑すぎる。



 胸元と息遣いが苦しくなる俺の後ろで、同じく息が上がっているウィルルとログマが話していた。


「はぁ、ふう。頑張ろうねログマ。今日は私もエスタを頼って短剣で戦うから」


「助かる。今日は攻撃部隊が多い方がいいからな。――クソ、ダルい」


 遅れ始めた俺達に、先頭を駆け上がるケインが大きな声で呼びかけている。睡眠不足は一切感じない。


「頑張ってー! 日が暮れちゃうよー!」


 ウィルルの珍しい苦笑いと、ログマのため息をが聞こえた。


「はあ……活気が鼻につく」




 中腹あたりで、ウィルルに精霊術の目印をつけてもらいながら登山道を外れる。



 しばらく歩いた小川沿いに、大量のベリースライムがうごめいていた。小川の周りは広く赤に染まって、花畑のようだ。それが木漏れ日に照らされて、きらきらうぞうぞとする様は正直気持ち悪い。



 皆を振り返った。


「これだけいれば効率は良いね。一度に相手するのは手間だから、少しずつおびき寄せて――」


 言い切る前に、ケインの矢がヒュンと空気を裂いた。


 矢は群れのど真ん中のスライムを射抜く。見事に核にヒットしたらしく、スライムは黒い霧になってブラックベリーを残した。


 ……そして予想通り、他の個体が俺達へと一斉に動き出した。



 渋々覚悟を決めて武器を構える俺達。ケインの自信とやる気に満ち溢れた声が後衛から聞こえた。


「皆、頑張るよ!」




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