6章29話 ログマの故郷へ
6章 愛
レイジさん達の許可はあっけなく降りた。
ダンカムさん以外に、支部チームを見ている健常者の役員があと五人いるらしい。彼らの力も借りれば、会社運営に支障はないそうだ。
武装した俺達を乗せた幌馬車がガタガタと揺れる。
まだ春の終わりだが、幌の中はちょっと暑かった。鎧が蒸れて鬱陶しい。それは皆同じようで、手で扇いだり防具を浮かせて通気したりしていた。
前衛の俺とカルミアさんは、装備が比較的厚い。
「カルミアさん、暑くない? 今日も森に行くのに、体力持っていかれる……」
「本当だねえ。でも、割と耐えられるかも」
「え、俺が着込み過ぎなのかな?」
「そうは見えないけど。――ああ、ルークのいたロハに比べたらよっぽど暑いと思うよ」
「そう言うことか……真夏が怖いよ」
目的地のデコイス市までは、馬車で二時間ほど。街道はそれなりに整備されているため、距離から考えるより早く着く。
ログマは大層遠いような言い方をしたが、引越しの時十日歩いた俺にとっては全然近い。……俺の場合、馬車を金銭面の事情で使わなかったせいもあるが。
この揺れの中で、ウィルルは横になって眠っている。荷物を枕にしているものの、大きな段差があると頭が振られていて心配だ。メンタルが強いのか弱いのか、ちょっと分からない。人目がないから安心してるのかな……。
ケインは少し汗を浮かべているけど楽しそうだ。
「幌馬車乗るの久しぶりだよー! 旅行できてお金貰えるなんて最高な話持ってきたね!」
話しかけられたログマがため息で応じる。
「仕事だっての……ちゃんとやれよな……」
「分かってるよお」
教会から提示された報酬は、五十万ネイ。
モンスター生息エリアでの探索、二泊三日、五人稼動で考えれば相場の額だ。その報酬から宿や馬車などの必要経費を工面するので懐に入る額は減るが、一ヶ月分の施設利用料に少し足りないくらいにはなる。
やがて市の出入口となる門に辿り着き、馬車の御者に料金を支払う。礼を言って見送り、門を見上げた。
ゼフキのそれよりは一回り低い石の防壁。充分立派だが、ゼフキと違って水堀もなく、年季が入った雰囲気があった。
勿論ロハと比べたら断然大きいが、ゼフキ近郊では少し田舎の位置付けになるのだろう。
皆を振り返って呼びかけようとして、ログマの顔色が気になった。
俺以上に汗をかいて、それでいて顔は白い。隈もいつもより深く見える。
「ログマ、体調悪そうだけど大丈夫か」
「いや……大した事じゃない。気にするな」
その無表情と小さな声で、大体察した。
彼はおそらく、長い時間をこの市で過ごしたのだろう。そして今は病を抱えてゼフキにいる。
それはもう語り尽くせないほど、背負うものがある筈だ。その姿は、家に戻ることを恐れていたランツォ君と少し重なる部分があった。
しかし彼はきっと、無闇にそれをつつかれることを望まない。俺にできるのは、見守る事だけだ。
「そっか。何かあったらすぐ言ってくれよ」
デコイス市は、二階建て程度の木造住宅が立ち並ぶ穏やかな街だった。家々は少し丸みのあるアイボリーの屋根が多くて可愛らしく、街路樹や庭の花、小さな畑などの緑がそれらを彩る。派手ではないものの、街全体が華やかに見えた。
ログマの案内に従い、門からさほど離れていない所の宿に着く。これまた木造の、横に広い建物だ。
中に入ると、狭めではあるものの、ロビーがあった。正面が受付になっていて、おじさんが報道紙を読んでいた。
俺達に気づいたおじさんに頭を下げる。
「先日、お手紙で二泊予約しました、ルークです」
「ああ、お待ちしておりました。――こちら二部屋の鍵となります」
受付を済ませ、部屋に宿泊荷物を置く。男女に分けて部屋を借りたので、カルミアさんとログマと同室だ。
小綺麗で暖かみのある部屋で、ベッドが大きい。しんどそうなログマが、しっかり寝られると良いな。
ロビーに揃った皆を見回す。
「行こうか。シュリタクの森までは三十分くらい歩くよ。――ログマ、案内をよろしくな」
「ああ」
新緑の茂る草原を歩き、木々の塊のように見える森に着いた。
この森は人が立ち入る他、モンスターも数多く動き回るため、ほどほどに道が開けているとのこと。遺失物も見つかりやすいのではないかと期待している。
森に入ってすぐ、ログマを振り返った。
「遺失物の情報を再確認しても良いか?」
ログマは木漏れ日の中で手紙を開いた。
「物は、シルバーのペンダントだ。大きなアメジストが付いている。場所は絞れていないが、ここの入り口から、奥地の古い精霊殿までの間にあるだろうって事だ」
ふと思い、尋ねた。
「その精霊殿の属性は? きっと周囲のモンスターにも影響があるんだろ?」
「古いから影響なし。モンスターは無属性だ。ただ、このシュリタクにいるのは強い個体が多くて、死者も度々出ている。油断するなよ」
「了解。情報ありがとう」
道に沿って、地面を探り、草の根を掻き分けていく。五人で手分けしているのになかなか見つからなかった。
小型のモンスターとたまに遭遇した。確かに帝都周りのモンスターよりは強かったが、怪我を負うほどの戦闘はなかった。やはり、この会社の皆は実力があるのだと思う。
定期的に草や実を見つけて歓声を上げるウィルルに、カルミアさんが苦笑した。
「ウィルルー、ちゃんと探してるー?」
「えっ、あっ! ごめんなさい! ――でもね、今見つけたこれで、やってみたい事があるの」
彼女は拾った桃色の花びらを片手の掌に乗せて目を閉じ、杖の水晶を紫色に光らせた。
花びらは紫に輝き、宙に浮く。そして、ふわふわと森の奥へと消えた。
目新しい術にわくわくした。
「なあ、何したの?」
ウィルルは、心做しか楽しそうに話した。
「索敵の応用、みたいな。この前マイゼン大通りでログマがやった広範囲の索敵だと、私は疲れちゃうから、森に生きてる植物の声を借りるの」
身振り手振りを交えて懸命に話す彼女。
「それでね。ペンダントに付いてるアメジストは闇属性と強く引き合うから、大きめで飛びやすい花びらに闇属性を付与してみたの。多分、飛んで行った方向のもう少し奥にあるよ」
いたく感心した。
「ウィルルは凄いね。知識が豊富で、自由な発想もある。頼りになるなあ」
彼女は少し尖った耳を赤らめてもじもじと照れた。
「えへ、えへへ。役に立てて嬉しい」
花びらの飛んだ方向へと進むと、道の真ん中に大きな存在感を持つ塊が現れた。
赤と黒のマーブル模様は血肉を思わせる。大きさは俺の二倍くらい。
スプーキーベアだ。俺は知識として知ってただけで、実際に遭遇するのは初めてだ。
後ろに立つログマの声に、強い警戒が滲む。
「チッ……厄介なのがいるな。何人も殺してる奴だ、気をつけろ」




