5章28話 請けたい仕事がある
「ああ?」
「ないなら良いんだけど。そんな気がして」
ログマについて俺が知っていることなんてたかが知れているが、今日の様子は明らかにいつもと違う。
まず、酒を飲みすぎて赤くなるようなタイプではない筈だ。彼は普段から、人一倍自分の体調管理に気をつけている。実際、睡眠関連以外で体調が崩れているのを殆ど見ない。
その彼が酒の適量を読み違えるとは考えにくい。それに、見ていた限りジョッキ三杯は飲んでいた。酒に弱いから顔が赤いということでもない。となると、酔った勢いでやりたい事があったのではないか。
それに、この場にわざわざ酒抜きで参加することがどうしても腑に落ちなかった。
無駄なことはしない奴だ。最初は、素直じゃないだけで皆を好いているのかと思ったが、きっとそれだけではない。黒手袋の指が、組まれたまま忙しなく動いていたから。
ログマは少し目を伏せて黙ったが、舌打ちしてソファに背を預けた。
「……そうだよ。少し、時間を貸せ」
皆が顔を上げて頷き、ログマの言葉を待った。
「請けたい仕事がある。だが一人じゃ無理だ。お前らの力を借りたい」
ウィルルの笑顔がぱっと咲いた。
「わあ、ログマにお願いされるなんて嬉しい。私、頑張りたいな。でも、ログマは依頼所に行きたがらないでしょ? どこのお仕事?」
ログマは口を半開きにして目を泳がせた。らしくない表情だ。
「……教会から、相談された仕事だ」
「教会……?」
思わず口に出すと、思い切り睨まれた。ごめんって。
「チッ――教会にくっついてる孤児院にいたんだよ、十八の学園卒業までな。久々に手紙が来て、何かと思えば仕事の依頼だった」
吐き捨てるような言葉を、カルミアさんは優しく受け止めた。
「へえ。それは是非聞いてあげたいね。内容は?」
この後に及んで話しづらそうなログマは、遠慮がちに目を伏せた。
「遺失物回収。ゼフキよりかなり北に遠出する必要がある。シュリタクっていう危険な森にあるというところまでは見当がついているらしい」
ふむ。顎に手を添えた。俺はこのバヤト帝国の北端に近いロハから一人旅をするくらいの体力と気力があるが、皆はどうだろう。慣れない環境や気が抜けない状況が、病状に悪影響を及ぼすのではないか。ウィルルに至っては、外出すらあまり好まないのに。
しかし、ケインの目は輝いた。
「えー! 旅行みたい! この季節の森はまだ暑すぎないし、花と若葉が綺麗なんじゃない? 行きたぁい!」
ログマは少し驚いたように顔を上げた。
「請けて、いいのか」
「え? もう行くものだと思ってた。――あっ、皆の意見も聞かなくちゃね」
カルミアさんが酒を呷り、微笑む。
「やろうよ。でも移動は、俺のペースに合わせてよね。最近体力がないからさー」
俺が心配していたウィルルは、案外乗り気だった。
「植物、沢山あるだろうなあ。持って帰って色々したいなあ。お薬とか、リースとか、押し花とか……えへへ……」
一応聞いてみた。
「ウィルル、外出は苦手なんじゃなかった?」
「え、えと。人目が少なければ平気だよ」
「そっか、ならよかった」
もちろん俺も――。と思ったらログマに先を越された。
「助かる。じゃ、四人で行くか」
「えぇ、ちょっと! 除け者にすんなよ!」
冗談でも傷つく。悲しい顔でログマを睨んだら、珍しく微笑みを返された。
「ははっ。――お前も来るのか?」
「当たり前だろ! 一応リーダーだぞ!」
「ははは! 仕方ねえから連れてってやるよ!」
「まったく、本当に酷いよな……もう少し優しくしてくれよ……」
ケインがくすっと笑った。
「ログマなりの愛情表現なの。許してあげて」
当然ログマが噛み付く。
「あ? 勝手な事言うな。俺はルークが大嫌いだよ」
また嫌いって言われた……。
「嫌いで良いけど、嫌いって言うな! 悲しくて不眠になっちゃうだろうが!」
また皆の笑いを取ってしまった。畜生……。今日は笑われてばっかりだ。
でも、なんだかおかしくなってきて、俺も笑った。今夜は、よく眠れそうだ。




