1章1話 青年ルークの憂鬱
1章 憂鬱の青年達
今日も今日とて、心身がポンコツだ。
歩き疲れて痛む足。
理由もなく痛む胸のせいで、息が上がる。
財布の中身と薬の残数も、日常的に不安を煽る。
頭にずっとモヤがかかっているくせに思考は止まる事を知らなくて、無意味で後ろ向きな事ばかり延々と考えている。
苦しいのは全部、弱くて嫌いな自分がここにいる事が元凶だ。
分かってるのに、終わらせる勇気もない。
全てが、しんどい。
「ああ、しんど……まだ着かないのか……」
大通りの端を、胸を押さえて息を整えながら進む。
都会の喧騒の中で、ちっぽけな俺を気に留める人は居ない。俺自身も、誰かに気づいて欲しくはないから、丁度いいが。
とぼとぼと歩く俺の横を通り過ぎていくのは、伝統と流行の同居する帝都ゼフキの風景だ。
石造りの街並み、華やかで多種多様な人々、よく手入れされた街路樹に咲く春の白い花、その合間を流れる美しい水路。どれもが新鮮で、面白い。
――でもそれだけ。気分は晴れなかった。
「情報量、多すぎるだろ……」
人生史上最高密度の人混みの中で、知らない物と、音と、香りに囲まれる。見上げても、高い建物が視界を狭める。
逃げ場がなくて、噛み締めた歯が軋んだ。
やむなくポーチから小瓶の液体頓服薬を出して、歩きながら飲む。
地元の病院でありったけ処方して貰ったが、こっちで通える病院も、早く探さなくては。
薬が効くのを待たず、足が止まってしまった。
「もう、歩きたくねえ。疲れた……」
思わず小声で呟いて、苦笑いを浮かべた。俺、愚痴が止まらないなあ。言ったってどうにもならないし、歩き続けないと時間に遅れてしまう。
それでも、大きな引越し荷物がますます重くて動かし難く、建物の壁際の陰に寄って座り込む。
尻を地面につけると背中に負った剣の長さが邪魔になり、肩から下ろした。
斜めに剣を立てかけた瞬間、目の前で幼い子供が転んだ。俺の剣先に躓いたらしい。
持っていた飲み物をぶちまけて、痛い目にも遭った女の子は泣き出してしまった。
「びえええぇ!」
「わっわっ、ごめ、大丈――」
おろおろする間もなく、後から男女が追いかけてきた。
母親らしき女性が狼狽える。
「だから走っちゃだめって! ――本当にすみません、ああ、お足元にかかって……弁償します! 申し訳ございません!」
言われて気づいた、少しだけブーツが濡れている。でもその程度だ。
「全然、全然大丈夫です! 弁償とか要らないので。俺の置き方が悪くて、申し訳ない。――ごめんな、大丈夫?」
膝をつき目線を合わせる。
父母がそばに来たことと、痛みが治まってきたことが幸いしたか、女の子は泣き止みながら頷いてくれた。
ほっと息をついて父母を見上げると、俺と同じ表情をしていた。父親が頭を搔く。
「よかったあ。剣士様の剣を蹴るなんて、俺達はもうどうなることかと……」
「貴方が目を離すからご迷惑をかけたんでしょう! 本当にすみません、寛大なお許しをありがとうございます」
口ぶりから推察するに、俺を帝国防衛戦士団の剣士だと思っているようだ。
確かに、もしそうであれば、強い権力の元何をされるか分からない。故郷でも黒い噂はあったけど、ゼフキでここまで恐れられる存在だとは思っていなかった。
父母が女の子を優しく立たせ砂塵を払う。
俺も立ち上がり、今度は父母と目線を合わせた。
「俺、防衛団員じゃないですよ。ただの田舎者です。ご心配かけて申し訳ない。――飲み物、買い直します。君、どこで買ったのか教えて?」
「あっち。すぐそこ!」
遠慮する父母をまあまあと制しながら剣を背負い直し、すぐそばにある屋台で同じジュースと、おまけで可愛い棒付きの飴を買った。
女の子の機嫌はすっかり直った。
「おにいさん、どうもありがとう!」
「どういたしまして。お父さんお母さんと一緒に、ゆっくり歩いて食べるんだよ」
頭を下げる父母と飴を振る子供に礼をして、踵を返した。ちゃんとまだおにいさんに見えるらしい、よかった。
人と会話できた事で気が紛れた。もしくは、この間にさっきの頓服が効いたのかもしれない。
体調はやはり悪いままだが、心さえ持ち直せば歩けないほどではない。進もう。
しかし、ここで嫌なことに気づいてしまい、つい額を打った。
「今金欠だったな……」
ジュースと飴で千ネイ。微々たる額かもしれないが、今の俺の財布には、少し痛手だった。だって、千ネイあれば一回外食できるよ。他人の事になると財布の紐が緩むのは、俺の良くない所だ。
――まあ、これからまた働き始めるし。なんとかなるかな。




