34章279話 友愛の狂人(仮)
その後間も無くランチ会が終わった。午後一番の議題は、バヤト北部六市のうちゼフキ寄り、南側三市の状況報告。直接関わる者達は中央議事堂に集められ、他は任意参加という形になる。
ロハ市は北から二番目。その子爵であるカッツェム・タオ卿は、この場をロハ伯爵に任せてご子息と共に退席。北端のノブル市の貴族の控え室を訪れて密談に入ったようだ。朱の鉄槌はこれも予想の範囲内と、担当を立てて盗聴へ動いた。
そして自分達の控え室に残され一息ついているのが、子爵令息で俺達の標的、ウッズ・タオ卿だ。
彼は会議場の案内人から、指名での来客を伝えられる。勿論この案内人の女性も、朱の鉄槌の協力者だ。
俺はバデリーさんとガノン、他数名と共に待機し、音声だけ聴く。
『僕をご指名の来客? お父様じゃなく?』
『はい』
『……面倒だなぁ。せっかく先週末から帝都にいたのに今? 空気読めないの? ……ふん。どちらから何の用件でしょうか。誰かは一旦いいや』
仇敵の声はやはり不快で緊張する。けれど、俺が待っているとは露知らず、性格の悪さが丸見えな口調を小手先で取り繕っているのは、ちょっと笑えてしまった。
『防衛戦士団、帝都北区支部の所属を確認しております。かねてより伺っていた件について、ぜひ内密なご相談をさせて頂きたいとの事です』
『あぁー北区支部か。領地出身者の心配事をちょーっと共有してたから、それだろな……。今になって何事かな? ひひ。じゃあ一応、名前も聞こうかな』
『兵長のガノン、と』
『ガノン? かなり前に……どうでもいいか。副長はいないですね?』
『はい』
『よしよし。副長はお父様に変なこと聞いてくるらしいから嫌なんだよ』
『……ですが、手練れの戦士を紹介で同行させたいようです。『友愛の狂人』の名で知られているとお伝え下さいとの事。如何いたしましょう?』
『やれやれ……帝都の戦士は、一周回って野暮ですよねえ。こういう場でも二つ名? 現役戦士で心の広い僕だから許すんだ、感謝してもらわなきゃ。……まとめて相手してあげますよ』
『かしこまりました。準備を整えてご案内致します。少々お待ち下さいませ』
我慢して聞き終え、大声を上げた。
「ガノン! なんでお前の身元が!」
隣の彼は、俺を真っ直ぐ見て微笑む。
「必要だっただけ。言ったっしょ? 俺は組織に守られるから心配すんな。つーか仕事だし」
そして立ち、周りへと指示を出す。
「作戦開始! 副長への伝令も頼んます。準備が完了次第、俺に報告を入れて下さい」
短く迫力のある返事、きびきびとした足音が去って、部屋には俺とガノン、バデリーさんだけになった。
俺達も移動しなくては。分かってるけど……。ガノンは俺の気掛かりを見透かしたかのように説明した。
「架空の団員名は使えねーよ。ウッズらは引き続き会議に参加するんだ。団員証は偽装か、案内人もグルか、こいつらの正体は? 侵入経路は? 会議の安全は? ……なーんて、要らん不安を広げられちゃ困る。関係図もまだよく見えてないんだし、会議中の調査に支障が出るような嘘はダメだ」
「他にもやり方があったろ!」
「かもな。でもこれ、都合いいんだよ。小隊長から上だと責任がなぁ。内情をよく知りつつ、組織を動かすには今一歩な、下っ端のトップ。そんな『ガノン兵長』が、友人と国を心配するあまり、目一杯の公私混同をしたって話。丁度いいと思わん?」
「そんな……」
「俺は善意で『戦士を紹介する』だけだし! 部外者をこっそり招いてのきな臭い話なんて、どこでも多少はやってんだ。侵入のために防衛団の装備を貸した事と、結果的に貴族を怒らせるって事は叱られポイントかな」
「……お前だけ、損じゃないか……」
「ううん。上の人らがタオ家に謝罪して、表向きの処罰で茶を濁すだけ。実際は作戦行動だからお咎めなし! そんなもんよ。こうやって内々に誤魔化すから、腐敗した組織とか言われるんだけどな。この際、利用してなんぼだ」
整った理屈、異様な冷静さ。事前に決まっていた作戦である事が窺える。
だがまだ、俺が負けを認めウッズの言いなりとなった要因に触れられてない。
「……でも! ガノンにはまだ、ロハ市に大事な人達がいるだろ? ウッズの報復がそっちに向かう可能性だってある、分かってるよな? どうするんだよ……!」
この友人はほんの三ヶ月前、親孝行と言って長距離を帰省し、情報収集と称して地元の人々と会っていた。俺と同じ道を辿らせたくない。
それでもガノンは、優しく笑った。
「……イイ奴だよなぁ。大丈夫だっての。まだ賭けの部分もあるけど」
「賭けって……」
「売国行為がはっきりすればいい。すぐに勾留とはいかないだろうけど、タオ家はもう人間関係を人質に取れなくなる。土地の権利書を振り翳すにも、一応は手続きが必要だかんな。国賊疑惑の出てる嫌われ者のために不正を働く奴、もう相当限られるっしょ」
「言ってる事は分かる、けどさ――」
徒党を組むのが異様に上手い相手だぞ、どこで計算が狂うか分からない。それでも組織はお前とその周りを守ると言えるのか?
「あのな」
言葉を選んでいる間に、ガノンが続けた。
「俺も去年の秋から、色々と考えてたんよ。何のために苦労して防衛戦士団にしがみついてきたんだっけ? なんてな」
ガノンの目線がどこか遠くへと逸れる。そして、表情が消えた。凍るような無へと変わってしまった。
「あの時ルーク達を救ったのは、信念を持ったジャンネだ。俺も、他人事とは思えないとか言って右往左往してた割に、結局は日和見のまま流れを利用しただけになった。野次馬と変わんねー」
朗らかな彼が突然見せた慙愧の念。つい息を呑んでしまい、そんな事はないと返し損ねた。
「久々にちゃんと悩んだんだ。そんで、再認識した。例え腐ってても、この国の正義に味方する自分でいたいから、防衛団に拘ってきたんだってな」
ガノンの目線が柔らかさを取り戻す。
「つっても、この外患誘致捜査の中でやっと見えてきたばっかりだ。……担当挨拶の時は、まだオタオタしててごめん」
穏やかな表情と声色の中に、揺るがせまいと言わんばかりの芯があるように感じた。
「仮にジャンネの信念が光だとするなら、光を遮る奴を日陰にどける事が俺の信念だ。結局は野放しの理不尽が大嫌いなだけ、でも無いよりはいいっしょ。……ルーク。お前はちょっと、俺の周りで理不尽に損しすぎだ」
「…………なんだよ……。そんな風に言われたらさ……」
「見過ごせねーの。俺にも、お前の平和に協力させてくれん? 逆に人助けだと思ってさ! な?」
彼は肚を括っている。状況も今更変えられない。負い目を感じるのはエゴだし、責任からの逃げだ。――この後の戦いで最善を尽くすしかない。
立ち上がり、深く息を吐く。腹の底に力を入れると、いつも通りに気合いが研ぎ澄まされた。
「……成功させればいいんだろ。分かったよ……。感情移入だか何だか知らないけど、そこまで投資してくれるだけの背景は、後で話せよな」
「うん、今度メシでも食いながらな。…………それよりさ。バデリーさんが勝手につけた二つ名はいいんか?」
「絶対ダメに決まってんだろォ!」
すぐ傍らにあったテーブルをバァンと引っ叩いた。バデリーさんはそれを見たかったとばかりにゲラゲラ笑う。
「名付け親アンタか! なんなんだよ友愛の狂人て!」
「ダハハハハ! いつまでも『紺』を旗印にされてるとボクが迷惑なんですよね!」
「目立つ特徴がないからって周りが勝手に言ってんですよ! それに俺は病気なだけで狂ってない!」
「あ、由来はそこではないですよ。何でも病のせいにするのは宜しくないのでは?」
「うぐ……!」偏見があるのは俺の方かよ。
「いいじゃないですかァ。一時期は狂戦士として名を轟かしておられましたし。何より――友人や仲間なんて希薄なモノを建前にすれば国の暗部にでも突っ込んでいける! 病人も戦士も、貴族も防衛団も、反社すら友達! なんて、常人には理解が追いつきませんもの!」
もう言葉がない。この事案に参加する理由が既にイカレていると判定されていたらしい。
「いやー、我ながらピッタリの名が閃いた。今後広めて参りますね」
「マジでやめて下さい! 畜生……せめてもっと格好いいのにしろよ……。今回だけの仮名ですからね!」
三人全員が立ち上がった。雰囲気任せに怒鳴って、再び兜を被る。
「さっさとぶっ潰してやりますよ!」
同じ色の瞳を持つ二人が、俺の鬱憤に各々の戦意で呼応した。
次話が「対談情報」となります。連載期間が間延びした事もあり、一度整理させて頂こうかと。
敵味方・立場と役割・把握済み情報、互いの勝利(?)条件などを一覧にしてみました。心理戦っぽいようなそうでないような。
あれこれ絡まりまくった因縁の再会を前に、ご確認頂ければ幸いです。
読み飛ばしても影響はないようにはしておりますので、お気軽にご覧下さいませ。




