33章271話 落とし所が、今ここの灰色に
その後は、観光地として有名な精霊殿にお参りに行き、流行りのカフェでお茶をした。
俺はその間じゅう、三人を肯定して機嫌を窺い、話題を選んで取り繕い、疲労し続けていた。
いつかありのままを愛してくれるかも、なんてよく空想できたものだ。そもそも俺が、相変わらずの大嘘吐きじゃねえか。
けれど、明確に変わった部分もある。――今の自分の思考と立ち回りを『おかしい』と思っていることだ。
どうやら家族は変わってない。俺の行動も変わってない。だが、俺の心は変わった。そう淡々と捉えた自分が意外だった。
母さんの思いつきで写真屋に寄った。四人で家族写真を撮って、俺も一枚貰った。どうでもいい――筈なのに、こうして家族が揃った証拠が手に入ると、やはり嬉しくなってしまった。また安くない金を惜しげもなく使ったな、とは思いつつも。
やっと夕方。小高い丘にあるコノケタ見晴し台へ。ケインに夕陽が綺麗だと教えてもらった時は俺も楽しみだったのに、眩しいなとしか感じられなかった。乾いた風の寒さだけが変に気になる。
「はは、改めて建物だらけだなぁ。凄い」
「河があちこちでキラキラしてて素敵!」
「お。宮殿と夕焼け、絵になるじゃん」
家族が喜んでいる。良かった、とだけ思った。いつしか俺は少し距離を取り、三対一の立ち位置を維持するようになっていた。たまに話は振られるので、愛想笑いで無難に返した。
家族に背を向けて鞄を探り、頓服薬を飲んだ。既に心身ともにつらいし、それを無視しても後から自分に返って来るもんな。
……でも、体調が悪いから帰るね、とは言い出せない。両親の機嫌を損ねたくないのとは別で、まだ帰ってはいけない気がして。
夕焼け空を見て、カルミアさんを思い出した。稽古終わりに彼と語り合うのは夕方が多いからだろう。
『会えば、ルークは楽になるのかな』
『自分の中で決着をつけるつもりなんだね?』
一度は会わなきゃいいと片付け、自らも親子関係に悩んでいるのに、俺に寄り添って真剣に悩んでくれた先輩。彼の問いは本質を掴んでいたな。
「……楽にはならなかったよ。でも、決着がまだつけられない……。どうしたもんかな……」
見晴し台は人々の共有する楽しさでいっぱいで、俺一人が漏らした憂鬱を怪しまれる事はなかった。ロハじゃこうはいかないよな。
ケインは、家族との過去を沢山憎んで泣いて、納得しないことに決めたと言っていたな。あの前向きな表情を見せられるまでの過程は、どれほど辛かったことだろう。
ログマは、孤児院を一人で離れると決めた時、どんな気持ちだったのかな。父には生存報告を送るべきだと思い立ち行動するまでの葛藤に、どうケリをつけていった?
ウィルルは、大好きな母に続いてエスタを失い、寂しいと繰り返して泣いていたな。自分を売った父への恨み言は聞いた事がない。今を見つめ、確かに前進している。
皆、凄いよ。……本当に、尊敬する。
何とか最後の予定。カルミアさんが勧めてくれた、程よい賑わいの洒落た酒場。
これが終われば解散だ。かつての幸せにも理解されない悲しみにも浸れなくなった自分に、ここで落とし所を見つけなければ。また結論を先延ばしにすれば、それきり目を逸らしたまま未練に削られ続けてしまう。
「家族でお酒飲めるなんて本当に久しぶり! 楽しいねえ」
「どれもこれも美味いな。良い店知ってるじゃないか」
それぞれの酒を手に、幸せそうな母と上機嫌な父。意を決して、避けていた話題に触れた。
「職場の先輩が教えてくれたんだよ」
父は表情を変えず「ふぅん」と返事をしたが、母はぐっと顔を曇らせた。隣の妹が鼻で笑う音もした。……やっぱりか。
軽くため息をついた母さんが口を開く。
「で、いつ頃その会社を出れそうなの?」
流石に予想できなかった。
「ええっ? 何の話?」
「病気が治ればそんなとこ居なくて済むでしょ?」
「治っ……そんなとこ……ってさぁ……!」
「順調に稼げてるみたいだし、実際にしゃきっとして顔色もいいし。ねえ?」
水を向けられた父さんも頷く。
「うん。剣士として働けてる事は知ってたが、今日の調子を見て安心した。元に戻るさ」
「そうよね! 母さん、前の元気をきっと取り戻せるって信じてたよ!」
どこから反論すれば良いんだ、と思ってる間に、父さんが話を進めた。
「エアリアも家庭を作ったし、父さんも母さんもあと数年で定年退職だ。どうだ? ロハ以外の街で、また家族三人で暮らさないか」
いよいよ絶句した。
「タオ家だって、ロハ以外の土地の権利は持ってないもんね。私達がついて行くのは無しって言ってたけど、法的な書面はないし……今から準備したら、ほとぼりも冷めた頃になりそうよねぇ」
「うんうん。ちょうどタオ家も余裕無さそうだし、ルークがロハから出ろって命令に従っただけで充分だ。家は手放すことになるけど、仕事さえ終わってしまえば、老後を新天地でってのも悪くないよなー」
両親の様子は、元々考えていて今切り出したように見える。その割には楽観的かつ抽象的だし、何より、そこに俺の意思が入ってない。
マズい。何か言い返さなきゃ。
「か……考えてもみなかったよ。ほら、朝方話したろ? 今の暮らしも悪くないから……」
父母のペースの会話が続く。
「でも帝都は物価が高くて大変だろう」
「ま、まあそれは実感してる……けどそれは今関係な」
「報道で思ったけど、治安も随分と悪そうじゃない? 人身売買だなんて……」
「うぅん、あの件は特殊で……。普通に暮らす分にはそこまで気にならないよ……つーかさ」
遅れた苛立ちがやっと前に出る。
「実家で療養してた頃は、すげー冷たかったじゃんか。忘れられないよ。一緒に暮らそうって気があったなら、どうしてあんな態度だったんだ……? 理解できない」
でも母さんと父さんの返事はこれ。
「家族だからこそよ。間違った時は厳しく叱って正してあげなくちゃならないでしょ?」
「愛するのと甘やかすのは違うからな!」
「は……?」
俺の病を、叱って正せる間違いや甘えって言ったのか? 背景も症状もあれだけ説明したのに、まだそこ? 致命的に頭が悪いのか、感情に任せて理解を拒み続けているのか。どっちも?
追い詰められた俺に拠り所がなかったのも、愛されていたからだと? 親なりの愛があるとは理解していたが、甚だ押し付けがましい。本当にそれが、あなた達の愛なのか――?
「父さんも母さんも、調子良すぎじゃない? まだ元には戻ってないでしょ。他にも考えた方がいいことありそうだしさあ」
妹が雑に横槍を入れ、父母の会話の矛先が一旦そちらへズレてくれた。
……さっきから引っ掛かる。元に戻ったって……? そういえば俺も、早く元に戻りたいと泣いていたか。夢見たはずの言葉だけど、いざ聞いたらまるっきり他人事だ。
俺は元に戻ってなんかいない。失ったものも壊れた心も、もう一生、元の形には戻らない。自分に向き合い他人に教わり、闘いの日々を重ねて、学べば学ぶほどに実感する。
それでも、新しい形を目指して前進し、良いも悪いも再発見して、新たに獲得してきたのだ。それが、ヒビとツギハギだらけの今の俺だ。不恰好だけど、元に戻すくらいならこれで良いと思う。
……いや、でもさ? 今だって毎日苦しいのは事実じゃないか。ゼフキでの教訓を馴染んだ家庭に持ち帰れるならば、理想なんじゃ? 時間をかければ、新しい俺を理解し愛してもらえることだって全然有り得るぞ。結果を出せば認めてくれるって事、今日分かったじゃん──。
内側に押し留めた俺が騒ぎ始める。
『都合の良いルークに戻そうっていうお前らの動きこそ枷だって、言ってやろうぜ。それでおさらばだ。もう干渉されなくて済む』
いやいや。親は応援してるんだよ。話半分に聞いて、気持ちだけ受け取れば共存できる。昔の生き生きとした俺を知っているからこその助言だって役立つんじゃないか?
『それ、作った俺だろ? 家族に怯えて媚びて、無理やり用意した偽物。苦労してやっと自覚したのに、コロッと絆されてんじゃねえ。そんなんだから好き放題されるんだ』
俺が勝手に怯えて媚びてたんだ。それを相手にぶつけてどうする? そもそも昔の話だろ。未来は違うかも知れない。それこそ苦労して得た教訓だぞ!
いつぶりか、親への感情を同時に処理できなくて裂けそうだ。呼吸が不自由になるくらい苦しい。嫌な懐かしさだが、これに近い感覚には、ずっと悩んでいたような……。
あ。これ、白黒思考だ。
尽きない苦しみに知っている名前が付いた瞬間、さあっと余計な力が抜けた。剣を構えている時のような、臨戦態勢かつ自然体。知識を武器にしてやると決心したその成果が、今この手の中にある。
全部まとめて灰色の妥協点を見つけようか。今までも何回か試した事だ。そういう、折衷案で平和にまとめるみたいなの、俺は得意だよな? まして今回、対立してるのはどっちも俺なんだ。意地張らなければ、できるはず。
――病気になる前の俺なんかに、戻りたくない。それは迷っていても揺るがなかった。譲りたくない俺の芯だ。ならば――。
当の俺を差し置いて話す家族に対して、ようやく口を開くことができた。
「俺のこと色々考えてくれて、ありがとうな。今何とかやれてるのも、これまで沢山支えてくれたお陰だよ。改めて、感謝してる」
深く頭を下げた後、まっすぐ前を向く。
「でも俺、このまま一人で頑張ってみたい」




