5章26話 優しくしないで下さいよ
顔を顰めたが、皆は乗り気で歓声を上げた。
ケインが、名案でしょう! と笑って続けた。
「じゃあ私から! 愛想笑いしながら凄く怯えてるなって思った!」
飲みかけていたビールを吹いた。恥ずかしすぎる。
「見破るのやめろよ……」
「ごめんね! 私、思った事結構言っちゃうタイプ!」
ケインに促され、ウィルルがくすっと笑った。
「強そうなのに弱そうだと思ったー」
「ど、どういう事?」
「剣とかは凄く強そうなのに、自信なくて弱々しいの」
ぐう、やはりウィルルはよく見ている……。
ウィルルの隣のログマは意地の悪い笑みを浮かべた。
「俺は最初に言った通りだよ。今も気に食わん。嫌いだ」
「ねえもしかして、今俺、精神的にリンチされてる?」
ダンカムさんが豪快に笑って続いた。
「僕はねえ、凄く優しそうって思った。皆の為に頑張れる人だなって。……それで苦労してきたんだろうなって」
驚いた。そこまで深く観察されていたことに。
だが、優しいと言われた事が照れくさく、おどけて見せた。
「流石ダンカムさん。こういうのだよ、こういうの! 俺の好印象、もっとくれよ!」
なのに、無情にもカルミアさんが俺の急所を打った。
「恋愛下手そうだなーって思った」
「うあああ! そんな事言うなああ!」
ログマが心底可笑しそうに笑った。
「アッハハ、同感。つまらないとか言われて飽きられそうだ」
つい頭を抱える。図星すぎて取り繕えなかった。
「本当にキツいんだぞ! あんなの人格全否定だから!」
皆から爆笑を頂いた。こんな形で笑いを取っても嬉しくない。
……皆、俺の地雷を踏むことを恐れないんだな。配慮して質問を選んだ俺が馬鹿みたいじゃないか。
まあ実際、病気に理解のない発言をされること以外に地雷はないのだが。それに関して傷つけられる事はないだろうと、彼らを信頼している。
しかし、もう完全に不貞腐れた。皆して俺を虐める。泣きたいくらいだ。
……最後は、俺の正面に座るレイジさん。お酒に弱いのだろう、ビールのジョッキ半分で顔が赤い。
彼は砕けた笑顔を向けた。
「可哀想だから、俺くらいは真面目に答えるかあ」
皆がレイジさんに注目する。彼は俺を真っ直ぐに見て言った。
「――洗練された強がりだなあと思ったよ」
「え……」
他の皆の言葉も当たっていたけど、この表現は俺の芯を突いたような気がした。
「愛想笑いも社交辞令もすっかり慣れてるもんな。嫌な事も受け止めて、我慢して、笑顔で隠し通すだろ。――それで身を守りながら傷ついている、不器用な奴だ」
入社初日に、試された時。愛想笑いで建前を喋った。あの短いやり取りだけで、そこまで見抜いたと言うのか。
苦笑するしかなかった。
「……よく、見てますね。流石は取締役だ」
確かに俺は、自分を隠す笑顔が得意だ。感情や性格を知られたくないから。知られた事で嫌な思いをさせたり、迷惑をかけたり、気を遣わせたりするのが死ぬほど嫌だ。
……でもレイジさんの言う通り、笑っているのをいい事に軽んじられたり、嫌だと言えなかったりと、傷付くことも多かったかもしれない。
レイジさんはニカッと笑った。
「でも分かるぞ。お前、自分を守る為じゃなくて、他人を傷つけない為に笑っているだろ。ダンカムの言った通りだ、お前は優しい。それで苦労しているな」
胸が熱くなった。他人に傷ついて欲しくない、それが俺の一番の願いだ。その本心を分かった上で、褒めるなんて。俺を根元から認めて貰えたような、そんな気がした。
尚も、温かい言葉が続く。
「皆を頼れ。素直でいろ。この会社は、人の表情や感情に敏感な奴しかいないから、お前の強がりは気付かれる。さっき皆に言われていた通りだ。早く諦めろ! ははは」
同意と言った様子で皆が頷き、微笑む。
――俺の弱さを見透かした上で、歓迎してくれているということなのかよ。
俺は役立たずだ。小心者だ。いつも後ろ向きでうじうじしてる情けない奴だ。闘病すら覚束ないクセに強がる見栄っ張りだ。
なのに、そんな風に俺を受け入れてくれるのか。俺が受け入れてもらえるなんて、思っていいのか。さっきとは違う意味で泣きたくなってくる。
つい、ジョッキを握る手に力が入って震えた。皆、注目してる。俺の反応を見ている。何か言わなくては――。
「そ、そんな、優しくしないで下さいよ! 素直になったら泣いちゃいますよ? はは……」
俺の生きづらい所だ。素直になるのが恥ずかしくて、笑いを取らないと気が済まないのだ。本心を見せた末に微妙な顔をされるよりは、多少無理してでも笑って貰った方がいい。
でもそんな捨て身の冗談を、皆は笑ってくれなかった。俺に集まる穏やかな視線に、凝り固まった心が勝手に緩んでいってしまう。
ああ、そんな目で俺を見ないでくれ。優しくしないでくれよ。やばい、限界が近い。甘えてしまう。泣いてしまう。
ウィルルがくすくす笑ってトドメを刺しに来た。
「ルーク。今まで沢山辛くて、沢山悲しくて、沢山苦労してきたんでしょ。皆、分かってるよ。皆、同じだよ」
うっ……。
「――泣いて、いいよ?」
俯いて誤魔化したが、目に溜まった涙が雫となって膝に落ちた。
当然の如く、ログマはゲラゲラ嗤った。
「本当に泣いてやんの! いい気味だ」
ケインも笑っていた。優しい笑い声だ。
「ふふ、やっと素直になった。バレバレなのにずっと隠してるんだもん、ホントかわいーよね!」
ああもう、馬鹿にして! やけくそでビールを一気飲みし、頭がぐらついている隙に吐き捨てた。
「皆、知らないよ! 俺は面倒臭い奴なんですからね? 凄く迷惑かけますよ? 優しくされればされるほど、皆への愛も重くなりますからね!」
カルミアさんが茶化す。
「あらら、面倒臭くて重い男かー。だから振られちゃうんだよ」
「ああぁ! やめろー!」
また爆笑を貰った。屈辱だ。
――でも皆が笑っていると、なんだか嬉しかった。
レイジさん以外は皆、酒に強かった。
結局かなり飲み食いをして、結構高くついた。大仕事の収入のお陰で全然払える額だったが、多めに出してくれたレイジさんには深く深くお辞儀して笑われた。
強いと言っても、あんなに酒を飲んだら薬が飲めないだろう。俺の心配をよそに皆は幸せそうだった。……皆、俺より病歴が長くて、付き合い方も心得ているんだろうな。
結局、皆の病気や生い立ちなど、芯の部分には触れられなかったな。ビビっていたのもあるが、なんとなくまだ立ち入ってはいけない部分な気がした。
皆で帰社して、レイジさんとダンカムさんは手を振って帰宅して行った。二人とも家はそんなに遠くないらしいので、きっと無事に帰れるだろう。
俺達は応接間に入り、各々の部屋に戻る。
――と見せかけ、先頭のカルミアさんが振り返ってにやりと笑った。
「下っ端メンツで二次会しよう?」




