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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第6部 自由に沈まず選び取れ

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33章269話 顔を合わせれば……?

33章 愛おしき支配よ






 家族の泊まる宿は、会社から見て東にあるマイゼン大通りを超え、更に東区側にある。近頃の睡眠の不安定さと朝早くの集合時間を考慮して、渋々馬車を予約した。


 予定通り乗り込めば、あとは、揺られながら外を眺めるだけで戦場に着く。



 軽いため息をついて河に煌めく朝日を見ながら、昨年の夏を思い出した。


『迷った時、辛い方を選ぶのはどうして?』


 仕事終わり、ケインが俺を気遣って馬車を手配してくれた時の問い。答えられなかった。


 病への意地と抵抗、強迫的な自罰だと、今なら答えられる。しかしあの頃の俺も、まだ内に居る。戦士のクセに体力温存に金を使って……と正しそうな事を言う。


「……俺って余裕がないと周りに迷惑かけるだろ。あの頃よりは金もある。有意義な使い方の筈だ。……いいんだよ、少しくらい。自分で稼いだんだし……」


 未だ恐る恐るの自己肯定は、馬車の軋みに隠して貰った。






 宿の近辺で降ろして貰い、少し歩く。石造りの古く立派な建物が目立つ地域のようだ。


 すぐに辿り着き、大きくて綺麗なホテルを見上げる。チリッとした違和感を覚えて足が止まった。


「特別ボーナスでも入ったかな? うちの会社みたいに」


 何の気なく呟いて流し、手元へ目を移す。懐中時計は約束の八時近くを示していた。



 いよいよか……。大きなため息をついて、縮み上がる心をなだめた。





 エントランスから入ると、奥のソファ席に、紺髪の三人が座っているのが見えた。何よりも背格好で、父母と妹だと分かった。


 湧き上がる強い懐かしさ、様々な記憶。そのどれもに良し悪しが付けられず、静かに激しく心が揺れる。



 近づいていくと、いち早く気付いた父さんが片手を上げた。無難な服装が俺に似ている。


「おう。なんだ、元気そうだな」


「……久しぶり。そこそこ」


 元気な時はねえんだよ。でも笑顔が柔らかかったから、否定せずに苦笑を返した。父さんとまっすぐ顔を合わせたのはいつ以来か。こんなに白髪が目立ってたっけ。



 その隣には母さん。歳の割に若い服装は相変わらずだ。彼女は立ち上がって駆け寄り、抱きしめてきた。細く柔らかな母の愛情が身体に押し付けられる。


「会いたかった! 心配してたんだよ」


 親愛と嫌悪のうずが心臓を締め上げている。小さな肩をそっと掴んで引き離した。


「心配ありがとう。でもそういうのはやめてくれ」


「なぁに、照れなくたっていいでしょ! 一年ぶりの再会なのに。連絡も寄越さないし、ほんと冷たい息子!」


 多めの文句と共に笑う顔は、こんなだったな。これにもはにかみで返したが、不快感が残った。一方的な接触は昔から苦手だ。……考えてみれば、母さんに伝えた事はないか。



「とりあえず座って? 今日の予定を聞かせてもらわなきゃ」


「ああ、うん」


 母さんに促されて妹の隣に腰掛けた。流れで軽く頭を下げる。


「久々、エアリア。長旅お疲れ」


「ん。馬車ダルかった。――お、筋肉戻ってんね」


「あ……まぁ全盛期には及ばないけどな」


「生活できてんならいいじゃん」


 長髪を胸元でいじり無愛想な態度だが、会話は自然だった。随分と大人びたな。俺が療養に入った時は既に結婚で家を出ていて、帰省で顔を合わせる度にギスギスしていたのだから、新鮮に感じるのも当然か。



 家族を見回して、ただ『揃った』と思った。刻み込まれた親和性。ここが実家のリビングでなくても、落ち着くべきところに落ち着いた感がある。


 思ってなかった筈の言葉が滑り出た。


「遠くから来てくれてありがとう」


 頭を下げると、父母からは嬉しそうな返事、エアリアからはあくびが返ってきた。





 今日の予定に異論は出なかったので、早速ホテルを出発する。



 まずは宿から近いキノート公園へ。北区と東区に跨る広大な都立公園で、大きな池が有名。路上演奏や軽食の屋台も楽しめるらしい。


 芽吹き始めの新緑と春の花、広がる池とそこに浮かぶボートを見て、妹と母が歓声を上げた。


「おー、都会の公園ってやっぱ違うね」


「田舎よりお金あるからよぉ。あら、遠くのあれ宮殿? 皇帝陛下のお膝元に来た感じ!」


 明るく口数を増やした二人を見て、気付けば微笑んでいた。俺はいつも会社前の河向こうに中央区と宮殿を見ているけど、気に留めないまま日常の背景になっていたな。



 歩きながら、父さんが尋ねてくる。


「あのボート、乗れるのか?」


「あ、うん。有料だけど」


「せっかくだし、家族で乗ろうか」


 息が詰まる。その『家族』に俺は入ってる? 別にこんなボートどうでもいいけどさ。


 母と妹の賛同を受け、三人は乗り場へ動く。黙って遅れて付いて行き、父さんが「四人で」と係員に告げたところで肩から力を抜いた。




 漕ぎ手がいて、池を一周してくれるらしい。どこかで奏でられる楽器と春先の景色をお共に、久々の家族での会話時間が生まれる。



 真っ先に話しかけてきたのは母さんだ。


「帝都の生活はどう?」


「……まあそれなりかな」


「それなりって何よ」


「えーと、たまに忙しいけどその分稼ぎもあるし、充実してて悪くない」


「仕事仲間は大丈夫? 友達はできた?」


「職場には凄く恵まれてる。友達は剣術関連で少しでき始めたところ……かな。順調だよ」


「良かったね」


 言葉に反し、母さんの笑顔は固かった。つい目を逸らす。この反応は予想していたが、外れて欲しかったな。


 ――母さんに対しては『ロハの暮らしと家族が恋しい』が模範解答だった。何となく、分かってんだ。



 父さんが話を繋げた。


「仕事が好調そうで何より。年末の報道には本当に驚いた! 立派なもんだよ」


 俺にすっかり失望していた父さんが、見直してくれたのか。泣きそうだ。


「あ、ありがとう……。あれは本当に大変だったよ」


「リーダーのルークが防衛団と連携して、潜入から制圧まで先導したって書いてたぞ。兵団の頃より凄い仕事じゃないか?」


「はは……随分凄そうに書かれてるね。少人数な分、一人の役割が多くなるだけだ。皆が色々頑張ったんだよ」



 自慢の仲間達との話を聞いてもらいたいと思ったが、踏み止まった。心の病に厳しかったこの人達は、まだ俺の闘病にほぼ触れていない。危険だ。……俺が逆の立場なら真っ先に心配したくなるけどなぁ?



 母さんがにこにこと話に戻る。


「同僚のために犯人を縛り上げたって聞くと大層だけど、ルークは昔からそういう子だったね。正義感が強くて優しい頑張り屋さん」


「…………どうかな……」


「ママ友もご近所さんも、みんな言ってたよ。いつも誰かのために戦う人だ、ロハの誇りだって」



 誇らしげな母の明るさとは対照的に、さっと心の影が濃くなった。お世辞を真に受けて浮かれてる場合じゃねえんだよ。そうやって皆が適当に持ち上げるから、ウッズが――。



 影が囁いた心配事を尋ねる。

「タオ家、あれから何もしてきてない?」


 忌々しげに笑い飛ばしたのは父。


「あー、ルークの名声に大層ご立腹らしいけど、俺達には何も。そもそもあいつらの蒔いた種だしな。それでうちがどれだけ苦労したか。もうほっとけ」


 実はあっち側がほっといてくれず、なんて想像もしてなさそうだ。……それでいい。


 強く頷いた母が、意地悪な笑みを見せる。


「タオ家、最近は貴族同士で上手くいってないらしいよ。ふふん、私達家族に構ってる場合じゃないんでしょ。自業自得!」


「……うちが平和でよかったよ」


 曖昧に笑って目を伏せた。俺が聞きたいのは父母の無事だけだったのにな。



 タオ父子は確かに厄介だ。でも俺は、相手の苦境を喜ぶ気にはなれない。味方してくれるのはありがたいが、この話しぶりは醜いとさえ感じた。……この嫌な感覚に馴染みがある事にも辟易へきえきする。



 もう一つの気掛かりを妹へ投げた。


「エアリア。俺の病気、報道で夫さんにバレなかったか?」


「大丈夫。ルークなんて名前よくいるし、私も話してない。私らの市ではロハで騒がれてるほど取り上げられてないよ」


「そっか」


 ホッとした。同時に、やはり今も俺は隠すべき恥だと認識した。聞かなきゃ良かったんだが、心配だったから仕方ない。


 妹はニヤッと笑って続けた。


「でも、ロハの報道紙は母さんに見せてもらった。兄さん、さも最強みたいに書かれてるのに、写真見たら男性陣の中で一番チビだったね。笑った」


「そう! うちの会社、皆身長があんだよ! 俺も平均よりは高いのに見劣りするよなぁ」


 家族皆で笑う。すると結局は心が緩み、堪らなく安心してしまった。




 この冬ロハは大雪だった、ゼフキでは夏が辛かった、母さんが庭に花壇を作った、父さんがデカい蜂に刺された、エアリアが姑さんにブチギレた――。


 ボートの上でかつての団欒だんらんが再現されていく。俺の病が治らない限り二度と味わえないと思っていたのに。



 なんだ。俺も結構変わったと思うが、家族も俺と離れて色々整理できたのかもな。こうして顔を合わせれば大したことないじゃないか。



 ……でも、何度か死にかけた事や、病に向き合う努力の日々については、話さなかった。



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