32章267話 矛盾の中で落ち着くところ
腕を組んで首を捻る。ログマは社外の人間関係が希薄な筈。周りとは会社の事だろうし、だとすれば、やはり……。
カレフさんが苦い顔で話を続ける。
「あまり想像で悪く言うべきではないですが……。先程のルークさんのお話を考えると、これはセイナスさんの事を言っていたと思ってしまいます」
「カレフさんもですか」
「……ログマは友人となったセイナスさんを『嘘くせぇ笑顔が得意な、人懐っこい寂しがり屋』と書いておりましたので。その笑顔はやはり嘘で、表した本性がログマと仲間達を傷付けたのであろうか、とね」
俺の印象はそれに一致したって事か、と勝手に傷付いたのは置いておこうな。
彼は深いため息をついた。
「その後で仲間を二名失ったのですから酷ですね。キャスネルの件の傷が痛むに違いありません。――ログマはもう、優しさに惑わされるなんてさぞ懲り懲りでしょう」
「惑わされるって……少なくともキャスネルさんは、そんなつもりじゃ」
「一時の癒しに油断してかえって傷が深くなるという点で、ログマにとっては同じですよ。人を信用すると痛い目に遭う、寂しくても一人でいるべきか、と考えたに違いない」
不意にカレフさんが苦笑を向けた。
「ルークさんへの反発もそれかと」
「えっ」
「申し上げにくいですが……貴方は少しキャスネルに似ていて心配です。影を隠して優しさを見せようとしているように感じる」
「う……!」鋭いな。
「その『優しさを見せる』様子が、キャスネルのものかセイナスさんのものか。いずれにせよログマにとっては警戒したい対象だったと思いますよ。嫌われていたというのは、きっとそれが大きい」
癖で、落胆を笑いにしてしまう。
「はは……納得しましたよ。俺、仲良くやるために嘘をつく人間だと、ログマに見破られてるんで。そりゃ嫌ですよね……」
しかし片眉を上げるカレフさん。
「ふぅむ。根本は、ログマが優しさを恐れているという簡単な話だと思います。あの子が腹を立てているのはいつもの事ですし」
いや、俺の優しさが作り物だと知ってるから……という水掛け論になりそうな憂鬱を呑み込む間に、彼は言う。
「それでも、今日こうして共にいる。今のログマは、ルークさんを味方と認めていますよ。セイナスさんとは別人として、です」
「……そうですか。俺が好かれる理由も、あいつにしてやれた事も、思い当たりませんがね」
隠さなかった不服を、彼は穏やかに笑って受け止めてくれた。
「言葉や感情には捻りがありますが、根は正直で、現実をよく見る子です。悩む様子を面倒に感じ行動したのは、目の前で生きているルークさんを見ているからこそと思いませんか」
「あはは……そう思えるように頑張ります。すみません、後ろ向きなんです」
元の相談に立ち返った。
「ログマは、どうしたいんでしょうか。今も苦しい筈でしょ……。俺はどうしてやったらいいと思います?」
カレフさんは困ったように笑う。
「あの子はイルネスカドルに留まることを選んでいるのです。素直に矛盾だらけで居させてやって下さい。自分で選択したならば、痛快にやり遂げる子ですから……あの子の迷いを、信じてやって欲しい」
「易しい言葉で、難しいことを仰るなあ。いやきっと、あいつが難しいんですね。……心に留めます」
つられて苦笑しながら、頭を下げた。
「突然、込み入った話をさせてすみません。凄く助かりました」
相談を終わろうとする雰囲気が伝わったらしく、カレフさんは戸惑う。
「おや? 本題はルークさんのご家族の悩みでは? 話し込み過ぎましたかな」
「ああ、もう大丈夫なんです。ログマが良い見本になってくれそうだから」
心配そうに首を傾げる優しい司祭。誰かへ明言したかったから、彼に聞いてもらう事にした。
「家族に対して色んな感情がある事に、悩んでいたんです。でも正解なんて無いでしょ。自分なりの落とし所を選び取るしかない。……ログマの強さを見習って、覚悟を決めますよ。それだけの話だと思えてスッキリしました」
カレフさんは顔を綻ばせてくれた。
「……あの子の話が助けになったようで、私も嬉しいですよ。ありがとう」
それならこの情報が、この父への報酬になるかな? どれだけこの人の察しが良くても、きっと全ては伝わっていないから。
「今後も助けて貰いそうです。ログマはチームのために、武器と盾を新調すると言ってくれました。さっき注文したところでして」
「……そうですか……! 貴方達と作るチームが、ログマの救いなのでしょう。ここの代わりに、可能な限り、一緒にいてやって下さい」
「代わりってのは違いますよ」
嬉しそうに細められたカレフさんの目がきょとんと見開かれる。俺も少しは察せるんだぞ。貴方がログマに対して負い目を感じていることくらい、分かる。
「昨年来た時、ログマは俺達に『ありがとう』と言いました。後にも先にもその時だけです。この場所は、それだけ彼の心を和らげるんでしょうね」
「そ、そうですか……?」
「きっと、苦しい矛盾の中の道標が、ここでの思い出なんです。――信じてよかった居場所がここにあるから、傷付けられて苛立ちながらも、俺達を信じてみようと思ってくれている。それが今のあいつだと思います」
首を竦める。
「どっちも救い、でいいんじゃないですか? それがログマなんでしょ」
カレフさんは目を潤ませ、胸元に下げた神のシンボルを握り締めた。
「……あの子は良い友人を持ちましたね」
「いや、友人じゃないんで。いつか友と呼ばれたいですね。ダメ元で頑張ります」
「ふふ、応援しております。もし何かあれば、また遊びにでも相談にでもおいでなさい。そんなに遠くないのだから」
「ありがたいですけど……子供同士でさえ、親が間に入るなんて結構な一大事ですよ?」
「なに、あの子の諍いは昔から盛大です。どうぞお気になさらず、思い切り」
「あっははは! 公認なら、遠慮なく。――ありがとうございます。ログマの父さん」
この後は水入らずでと言って、合流するまで一人で散歩する事にした。
昼下がりの良い天気。日光を浴びながら、静かな農地の広がる郊外を歩く。
――家族との対峙は、その時を待つだけでいい。今考えたいのは、セイナスの事。チームに残った傷の事。
「……俺は、ウィルルとカルミアさんを信じよう」
彼らはセイナスの良し悪しを両方分かった上で、大嫌い、容認できないとした。過去の事としてまとめ、自分の口で語ってくれた事も無視できない。
それに……人を正しく評価するには、ある程度の距離感が必要な気がする。家族を盲信していた俺が、心身共に離れた今、そうでないように。
カルミアさん曰く、ケインとセイナスの別れ際の揉め事は、ほぼセイナスが悪いと皆分かっているらしい。なのに、ケインのケアができていないとも。
皆が、ただ放っておいたとは思えない。酷く傷付き、仲間への罪悪感を感じたケインが、自ら心を閉ざしてしまったからではないか? 今も尚、隙を見せないのが証拠に思える。
加えて今日のログマの話。傷付き果てて人を警戒していた彼に、セイナスは近づいて、搾取したらしい。あのログマが、疎遠だった父代わりに『してやられた』なんて書いて送ったんだぞ、余程の事だろう。
セイナスが自分達に与えた悪影響を知っているからこそ、ログマは初対面の俺へ暴力を振るったのではないか。繰り返すまいとした防衛だったんだ。あれだけはっきり拒絶したくせに、仲間だと本気で叫んだら、少しだけ分かってくれたから。
悪感情に敏感なウィルルが、怖かった、大嫌いだと言った事。互いに快適な距離感を保つのが上手いカルミアさんが、振る舞いに問題があったと言った事。――おそらくぐちゃぐちゃだったチームを煽り、危険なダンジョンへ引き連れて行った事実。
「他人を利用する嘘で自分が良い思いをする奴だったんじゃないのか? ……ダメだ。会った事もない、もう死んでる奴が、許せなくなってきた。全部ただの想像なのに」
俺はどうするべきか。これ以上知らなくたって、今が平和ならいいのかな。でも、ケインやログマは今も苦しく抱えているようだぞ。そのまま人知れず弱っていったら……? 何かの拍子に傷が開いたら……?
……分からない。どこまでが思い遣りで、どこからが我欲なのか。いやそもそも、仲間を大事にしたがること自体、俺の欲望だったか――。
どうにも俺は、水場に惹かれるらしい。疲れて脚が止まったのは、小川のほとり。
勝手に他人の事を知り、勝手に怒って悩んでいる、自分勝手な自分の暗い表情が、水面に揺れる。
「ああ畜生。俺は本当に、セイナスに似てんのかな。……自分のことばっかりでさ……」
忘れておこう。きっと皆、忘れようとしているから、話に出さないんだ。今と未来に目を向けた方がいい。
――自分にそう言い聞かせるためだけのことに、ログマと合流するまでの全ての時間をかけてしまった。
夕陽の差し込む馬車の中で、ログマは静かな顔をしてぼーっと座っていた。良い帰省になったのではないかと感じた。
何となく話しかけてみる。
「ログマは、いつかデコイス市に戻る気はあるの?」
「ない」
「なんで? この街嫌いじゃないだろ」
「チッ」
「……それに、戻ったら喜ぶ人達がいる」
「はん、良い部分だけ見やがって。嫌がる奴はその何倍もいるぞ。昔、散々暴れたからなァ」
なんでちょっと得意げなんだろうな……。いつかのガノンとの話を、彼にも振ってみた。
「まあ都会って気楽だよな。話題も人間関係もすぐ流れるから」
「へえ、お前もそう思うか。田舎は退屈なせいで関係が濃い。丁寧に穏やかに波風立てないで末永く暮らしましょーなんて、俺が穏やかじゃなくなるってんだ」
「ははは! 納得しちゃったよ! ――じゃあ、たまに帰って来るのがちょうど良いか?」
「…………気が向いた時だけな」
ふふ、と笑うのは心の中だけにした。
なのに、ログマは容赦なくニヤついて喧嘩を売ってきた。
「そんな事より見たか。俺もやめたぞ」
「うん?」
「生存戦略を見直したんだ。本心の疑わしい借りを正面から返してやった」
「あー、ね」
「お前なんかに遅れは取らねえってこと。せいぜい見習え」
「素直に感謝させてくれよ……。カレフさんと話せてよかったよって言おうと思ってたのに」
「……チッ。こんだけ言われて、悔しくならねえの? 気持ち悪ィ奴」
――あ。分かったかも知れない。気持ち悪いって、嘘臭いってこと? 居心地悪いってこと?
心を手探りすると、無意識に隠していた部分が見つかったので、曝け出してみた。
「……ちょっとは悔しいよ。ムカつく」
「ハハ! なんだ、強がってただけかよ。キモい嘘つきやがって」
「うるさいな。俺だって、ログマなんか追いつけないくらいに強くなるから。敵に施すような真似したの、後悔させてやる」
「あ? あんまり調子に乗んなよ」
「こ、怖……」
やっぱ分からないかも。それでも俺は、より親しくなろうとする事をやめられない。
「でもさ。やっぱ、ありがとう。……お陰で家族と、何とか闘えそうな気がしてきた」
ログマの怖い顔が、呆れたように力を抜き、少しだけ笑った気がした。
「なーにが闘うだよ。自分の未練のためって言ってなかったか? 避けられたのに挑むんだから自傷だろ」
「お、お前、礼を言ってるのに! これは努力と前進! 成長するため!」
「闘いじゃねえって認めたな。お前の負け」
「この……口が達者な……! 敵がいない闘いだって、生きてりゃあるだろ! 全く……」
「それはそうかもな」
会話を終わらされた小声は、いつもと違って自然な返事のように聞こえた。
雑談するでもないし、色々聞いて疲れたな。かと言って眠れなそうだし、暇だな……。などとぼんやり時間を潰し、ふと目を泳がせたら、向かいのログマの様子に気づいた。
腕と脚を組み、俯いた頭を馬車の揺れに任せている。
「ね、寝た……? 寝てる……!」
静かに心底驚いた。こいつがうたた寝するのは不眠に限界が来た時だけだと思ってた。
――思ったよりも、気負ってたのか? そんで今、気が抜けた?
失笑し、ため息をついた。
「はいはい。ログマには今の微妙な関係性が心地良いって事なんだな。分かんねー。……でもまあ、ならいいや」
気に入らないけど、味方。
彼にとっての俺はそういう立ち位置に落ち着けているのだと、やっと理解した。俺の思う味方とは違うけれど、悪い関係ではないのだろうから、この中途半端さも我慢しよう。
強かに迷い続ける彼に、負けたくないし。




