5章24話 乾杯
5章 飲もうぜ
大仕事を終えて気持ちが上向いた俺達だけど、生活に余裕が無いことには変わりなかった。
当然だが、俺達が生きるための出費は施設利用料だけではない。通院、被服、個人の食事や日用品、趣味や交際費、病気の悪化に備えた貯金など、金はいくらあっても余らない。
それに、病状は相変わらずだ。各々倒れては立ち上がり、調子がいい時に働く、という生活を繰り返す。
調子も病状の変化も読めない俺達にとって、仕事の時間と量が調整できる環境は大変ありがたいものなんだと実感した。
あれから一月程経って、カルミアさんが退院して会社に帰ってきた。彼の表情は元気そのもので、心底安心した。
その日のうちに、作業室でたまたま二人になったタイミングでウキウキと話しかけられた。
「いやあ、お待たせ。いつ飲む?」
「おいおい、病み上がりのくせに……」
「地域貢献したら美味い酒飲めるって言ったのはルークでしょう。それに、酒は好きだって言ってたの、俺覚えてるもんねー」
お茶目におどける槍のおじさんに、ふっと笑いが漏れた。書類作成を中断し、横に立つ彼と目線を合わせる。
「まあ、想定以上に地域貢献したし、飲んじゃおうか」
「そう来なくちゃ!」
だが、俺は気にかかることがあった。
「そういえばさ、たしか薬と酒は相性悪いよな。カルミアさん、どうしてるんだ?」
「……まあまあ」
「え……怖いんだけど……」
カルミアさんは口を尖らせて頭を搔いた。
「うー。真面目に答えると、本当は精神薬を常用する人は飲酒しちゃ駄目なんだよ……。でも、飲酒と薬の服用の時間を大きくずらせばセーフだと、思い込んでるかな……」
俺も地元の主治医に、お酒は望ましくないと言われていた。だから発病してから殆ど飲んでいない。
でも、そんなこと聞いたらさ――。
「俺も、そう思い込んでいいかなあ。普段かなり我慢してるからさ……たまにはさ……」
カルミアさんは悪い顔で笑った。
「へへへ。でも俺、知らないからね! 自己責任で宜しくね!」
「ふへへ。分かってるよ」
カルミアさんは上を見て考えながら、手に持つ書類を弄った。
「折角だからさ、戦勝会と、ルークの歓迎会を一気にやろうと思ってるんだ。どっちも今更だけどね。たまには社外で宴会しない? 俺が皆の日程と都合を調整するから」
驚いた。
「俺の歓迎会、してくれるのか?」
「当たり前でしょ! 本当はすぐやりたかったんだけど、皆の財布の都合がね。でもこの前の仕事で潤ったし、今がチャンスだ」
恐縮はするが、正直、気分が高揚した。
「やった、嬉しいよ。楽しそうだね!」
酒の力を借りれば、皆ともっと仲良くなれるだろうか。
七人がそれぞれのジョッキを差し上げる。
「かんぱーい!」
終業後、会社から近い、大きな大衆酒場に来た。
暖かい色の照明に照らされた広い空間に、大小の四角いテーブルが並び、老若男女がそれぞれ歓談している。キッチンに面したカウンター席では常連であろう客が緩んだ顔で笑っていた。
酒の席特有の賑やかな雰囲気に包まれて、それだけで少し楽しくなった。
聴覚過敏が心配だったが、適度な賑わいでほっとした。北区をくまなく飲み歩いたカルミアさんの事だ、ストレス面も考慮して店を選定してくれたのだと思う。
男性五人はビール。ウィルルは飲みやすいオレンジのカクテル。ケインは白ワインだ。――結局、全員飲酒しているじゃないか。
ビールを一口飲んだ後で、素直な疑問を口にした。
「ウィルルって、もう飲める年齢なの?」
ここでもフードを外さない彼女は、むうと膨れた。
「飲めるよお。……三十四歳だもん」
「ええ? 嘘だろ!」
仰天する俺を見て、ログマがケラケラと笑う。
「ウィルルはエルフのクォーターだ。知能と経験は実年齢通りだが、心身は人間の二・五分の一で成長する。今は十四歳弱のガキって事だな」
この儚げな美貌と卓越した精霊術力はエルフの要素か! 納得ではあるが……。
「ガキじゃないもん! レイジさんと四つしか違わない立派な大人!」
レイジさんは忙しい中、俺達に合わせて予定を調整してくれたらしい。ログマを見てニヤリと笑う。
「そうだよなー。年長者を敬え。ログマはウィルルより十個も下なんだからな」
舌打ちをしてビールを勢い良く飲んだログマに、ケインがおどけた。
「今日は眠剤はダメよ、最年少のログマちゃん?」
「当然だ。記憶を飛ばしたくねえからな。つーか、お前だって一個しか変わらねえだろ。俺より、酒浸しのおっさん達を咎めたらどうだ」
カルミアさんとダンカムさんは同時にビールを呷って、二杯目を注文していた。
レイジさんがそれを見てヘラヘラと笑った。
「もう身体にガタが来てる年長者共が一番飲んでてどうするんだよ」
ダンカムさんの笑い声は賑わいの中でもよく通る。
「いいんだよ! 酒で誤魔化したい事は、年齢と共に増えるんだから!」
顔色が変わらないカルミアさんは、今まで見た中で一番幸せそうに緩んだ顔をしていた。
「いやー、最高。この為に生きてる。一人酒もいいけど、やっぱり皆と飲むのが一番楽しいよ」
この『皆』に俺が参加出来た事が、嬉しい。
「……カルミアさん、本当に無事で良かった。快気祝いだね」
それを聞いて、ダンカムさんがハッとしてジョッキを置いた。
「そうだよ、今日はルークの歓迎会じゃないか! 何かしようよ」
他意はなかったのに、俺の歓迎をおねだりしたみたいになったじゃないか。恥ずかしいな。
カルミアさんが閃いたように指を立てた。
「それならさ。ルーク、俺達の事、色々気になってるんじゃない?」
「うん。物凄く気になってる」
「ははは。じゃあルークからの質問タイムにしよう。一人一問、好きな事を聞いていいよ。答えられなかったら別の質問にしてあげてね。――てことで、どう? 皆」
口々に賛成の声が上がった。
皆の事を知れるいい機会が巡ってきた。カルミアさんに感謝だ。
「へへ、楽しみ。皆、ちゃんと答えろよな」




