4章23話 ルークの帰るところ
カルミアさんは病室のベッドに寝たまま、心底嬉しそうにニコニコした。
「そっかあ。よかったなあ。死にかけた甲斐があったよ」
死にかけたという言葉に、俺はまた謝りたくなった。でも、脳内のログマに鬱陶しいと言われて、やめた。
「槍のおじさんにお礼を言ってってさ。本当は、カルミアさんにあの場面を見て欲しかったな」
カルミアさんは笑った後、顔を顰めて、腹部を押さえた。
「槍のおじさんって呼び方、ちょっと好き! ――いってて」
そして、ほんのり苦い顔をした。
「俺は、見なくてよかったかも。俺のメンタルだと胸焼けしそう。人づてに話を聞くくらいが、酒の肴には適量だ」
呆れた。
「また酒の話してる。治るまでちゃんと我慢できるの?」
「ルーク青年はまだ青いね。これもまたお酒を美味しくするためなんだ。過程から楽しむのが、大人なのさ……」
「俺もいい大人だけどそんなのは知らなくていいな……」
カルミアさんの退院はまだ先になりそうだが、予後は良いとのことだった。
出撃後、三日が経った。
俺は代表者として聴取やら手続きやらでバタバタしたけど、その甲斐はあった。
ご両親の謝礼の上乗せや、危険度修正による依頼所ボーナスの再計算、防衛機関からの謝礼を含め、合計報酬は百五十万ネイとなった。
俺達はもちろん喜んだけど、誰よりもレイジさんが、紙に何やら沢山数字を書きながらウキウキしてたのを覚えてる。
「いいねえ。会社の発展、地域貢献、知名度上昇、社員の余裕! これぞいい仕事ってやつだ! 昂るわあ」
ウィルルは、あの夜解散してからまだ姿を見れていない。ミロナさんのカウンセリングの提案も断ったと聞いている。
ログマは何も変わらない。ただ、あれから少し眠りやすくなったらしく、社内業務が捗っているのを見ると、良かったと思う。
ケインはあれから裏庭にいる事が増えた。
毎日真剣な表情で稽古を続ける姿を心配して声をかけると、彼女は笑った。
「私、今は頑張りたいの。皆のためにも、自分のためにも。調子を崩さない程度にセーブはしてるから、もどかしいけどね。ちょっと楽しいんだ」
彼女が向き合う的に刺さった五本の矢は、全てがほぼ中心を射抜いていた。
当の俺はというと、病状がちょっと悪化した。
原因は仕事でしかないだろうが、単純な疲れではない事も分かっている。しかし何がどう辛いのか、いくら考えても分からない。
ずっと頭がぼーっとして気力がなく、ベッドに伏している時間が長くなった。幸いにも沢山稼げていたので、少しゆっくりする事にしている。
もう夜だ。カルミアさんの見舞いに行った以外、今日は何もしていない。
ため息をつきながら食堂へと上がる。今夜はカレーと聞いている。辛くないといいな。
ケインとログマと共に席についた所で、ダンカムさんが鍋を運んできた。彼は、大仕事を終えた俺達のために、夕飯を一週間担当したいと言ってくれた。
――昨日カルミアさんの意識が戻った連絡を受けた時、彼が男泣きした姿が、今も忘れられない。
「召し上がれ! 今晩は自信作。じゃ、僕、今日はこれから夜間の副業だから。お疲れ様でした!」
バタバタと上着を羽織る彼に、ケインが尋ねる。
「今日はどっち?」
「ボディーガードの方だよ」
「そっか、立ち仕事大変だね。お疲れ様です」
ダンカムさんの退勤と入れ違いで、少年の姿のウィルルが食堂に現れた。彼女――彼は、まっすぐにこちらへ向かってきた。
そして、三日ぶりの姿を見て立ち上がった俺の鳩尾を、力一杯殴った。
「うぅぐっ!」
「お前が甘いせいでウィルルが危なかったじゃないか。見てたぞ」
不意打ちは酷い。よろめいて鳩尾をさする。
ログマが楽しそうに笑った。
「また油断してら、懲りねえな」
ケインが慌てて諌める。
「ルルちゃ――エスタ君か。暴力はダメって言ったでしょ!」
エスタは俺に向かって続けた。
「ウィルルがさぁ、出撃時にできる事を増やすって言い始めたんだ。こんなこと初めてだよ。今までは植物や会話の勉強をしてたのにさ」
拗ねたように口を尖らせている。
「……でもウィルルが頑張るって言うなら、僕は応援するしかないじゃないか。あとは皆の前に出る勇気がないだけって悩んでるから、少しだけ手助けした」
彼は一つに結んだ髪を解いた。
「じゃ、代わるよ。――ルーク、ウィルルがまた危険な目にあったら、次は股間だからな」
反射的に腰を引いた。俺、入社してから食らった攻撃が全部仲間からだ。悲しいよ。
しゃがんで目を閉じたエスタが少しして立ち上がった時には、もうウィルルだった。
彼女は目を泳がせた後、頭を下げた。
「……ごめんなさい。迷惑かけた後、引きこもっちゃって。エスタが言ってくれたけど、私、もっと皆のために頑張りたいから、嫌わな――仲良く、してください」
嬉しくなった。
ケインが席を立ち、俺よりもっと嬉しそうにウィルルに抱きつく。
「ルルちゃーん! 私も仲良くしたい。一緒に頑張ろ!」
「えへへ……ありがとケインちゃん」
久々に四人で席に着く。……早く、五人に戻るといいな。
カレーを食べ進めていると、ログマがニヤニヤしてこちらを見た。机の下から一枚の紙を取り出し、手渡してくる。
「なんだよ」
「今日、病院の帰りにいいもん見つけた。見ろ」
「えぇ、なんか嫌だな……」
見ると、ゼフキに来て初めて見る報道紙だった。北区の報道局のものらしい。
見出しと写真に目を通し、動揺した。
「えっ何こっ――ゲッホゲホ!」
思わず声を上げた時に気管に米が入り、激しくむせる。すっごい笑ってるログマに腹が立つ。
なになにと顔を寄せるケインとウィルルから紙を奪われた。
二人は歓声を上げた。
「かっこいいじゃん! いい写真。私達有名になっちゃうかも!」
「うふふ。ルーク、怖い顔してる。こんな目立つ所で戦ってたんだね」
広場で三人を相手にした時の俺の写真が二枚載っていた。
一枚は茶髪パーマの脇腹へ剣を横に振り切っている写真、二枚目は逃げる二人に剣を構えたズームの写真。
全く気づかなかった。夜なのに、明るい場所と光らせた剣のせいでよく撮れてしまっていた。
心底恥ずかしくて、むせながら涙が出そうだった。
「ふざけんなよ、勝手に。何も聞いてないぞ」
ケインがあっと声を上げる。
「事件の聞き取りを受けまくってた日があったじゃない。私、北区報道局の人を応対したよ。写真の話、されなかったの?」
「え、ほんと? 疲れてて、色んな人から何回も同じ事を聞かれた事しか覚えてないよ……」
ログマが満足そうに微笑み、追加で七枚の報道紙を見せてくる。
「それはお前の分。これは俺達の分。レイジとダンカムの分も買った。あとミロナさんの会社にも貼ってもらおうと思ってな」
立ち上がって、斜向かいの銀髪野郎に火球を放った。ひらりと躱しやがった。
「お前! 面白がってんじゃねえ! 俺が必死に働いたのを馬鹿にしやがって!」
「ギャハハハ! 顔赤いぜ。だっせえ」
「ルークちょっと、屋内で火術はやめて!」
「私も欲しいよう」
報道紙の記事の見出しはこうだった。
『民間企業の大手柄 放火計画を阻止 広場で交戦 株式会社イルネスカドル』
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第一部 完
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【御礼とお願い】
このweb小説の大海から拙作を見つけ出し、第1部・4章23話までお読み頂いた読者様に、心より御礼申し上げます。
無理のない範囲で、今後も拙作にお付き合い頂ければ幸いです。
この機に拙作への評価とブックマークを頂けませんでしょうか。是非ご検討頂きたく、お願いを申し上げます。
【第2部予告】
大仕事を終えたルーク達は宴会へ。会社の仲間達の理解と寄り添いに、全てを失ったルークの孤独と傷は慰められる。
不格好に手を取り合った、新しい仲間達。彼らと共に、明日の自分すら見えない闘病生活は続く。金は幾らあっても余らない。痛む心身を引き摺って戦闘に挑む日々。
見えてくるのは、メンバーの各々の生きづらさ。おそるおそる触れてみたり、語り合ってみたり、時にはぶつかったり。彼らは徐々にチームとしてまとまっていく。
その中で、ルークが得るものは……?
仲間を知り、自分を知る。絆を育む、第2部。
生きづらさに焦点を当てた第1部と比較し、仲間と分かり合っていく穏やか(?)な話が少々続きます。クセの強いメンバー達の一端が見えてくるかと思います。
重ねて申し上げますが、読者の方々には頭が下がります。一生足を向けて眠れません。今後も何卒宜しくお願い申し上げます!




