4章22話 少年ランツォの帰るところ
ほどなくして落ち着いたランツォ君と共に、綺麗で大きな木造住宅の前に着く。閑静な住宅街で、人通りは一切なかった。
彼は一軒隣の家の陰に戻り固まってしまった。強張った顔で、浅い呼吸を繰り返している。
その様子を見て、少し考えた。
「最初は俺だけで訪問して、適当に話してみるよ。隠れて聞いていて。姿を見せるかどうかは任せる。ある程度話して君が出て来なかったら、また適当に去るから」
「あ、ありがとうございます……あの、ルークさん」
「うん?」
彼は俺を、怪訝そうに見つめた。
「盗賊団に手を貸した俺を、怒らないんですか」
腕を組み、少し上を見て考えてみせた。
「うーん。でも頭領が、君は仲間じゃないって言ったからね」
ランツォ君は目を揺らした後、俯いた。
「俺、庇ってもらったんすね」
そして、縋るような頼りない声で、俺に尋ねてくる。
「……親には、なんて言えばいいと思います? 俺まだ何にもしてないけど、色々と見逃した。ちゃんと怒られるべきじゃないかって」
彼は、親に叱られて許されないと終われないんだろう。そうなってしまった過程を思うと同情した。
だが、カルミアさんの白い顔を思い出すと、歯が軋む。そんな事で許された気になるなんて、俺が許さない。
「連れ去られて、助け出されたって適当に言えばいいんじゃないか」
背を向け、なるべく丁寧に、吐き捨てた。
「罪悪感は、自分で抱えてな。怒ってもらえないし許されもしない。その苦しさが罰だ」
玄関先の門を通ってドアへ向かう。鐘を鳴らすと、しばらく待った後に、気弱そうな壮年女性が出てきた。美人だろうに、赤毛は無造作に束ねられ、頬はこけている。
彼女は迷惑そうな、怪訝そうな顔をした。
「どうされました――きゃあ!」
俺の腰元を見た女性が悲鳴を上げる。剣を拭った血濡れの布をずっと腰に巻いたままだった。
慌てて布を解き、ポーチに押し込む。
「わああ! すいません、色々あって! あの、俺、息子さんの件で伺ったんです!」
女性の顔色が変わる。
「ランツォ? か、帰ってくるんですか!」
「あ、いや……。少しここでお話する時間を下さい」
ランツォ君の気配は、門の影にあった。
真剣な顔をして、適当に話し出す。
「改めて、夜分遅くにすみません。ランツォ君の捜索依頼を請け負った者です。ランツォ君が帰ってくる目処が立ちまして、ご相談に来ました」
女性の目にみるみる涙が溜まる。
「ああ……ありがとうございます。本当に、嬉しいです……」
この人はどこまで知っているのだろう。依頼所のおばさまは急かされていると言っていたけど、確認したかった。
「ランツォ君の状況は、前任がお伝えしておりましたか」
女性は溜まった涙を拭い、丁寧に答えた。
「――ええ。盗賊団に同行しているらしいと言う事だけですが」
頷く。知った上で喜んでいるなら良かった。後は、素直な気持ちを上手く引き出せば良いだけだ。
「これから調べますが、息子さんがもし罪を犯していた場合、帝都防衛統括機関にて逮捕となります。そうなればしばらく面会できず、報道で悪い噂も広がってしまう」
えっと。なので。
「俺のお節介ですが、その場合は、引き渡し前にご両親にお顔を見せる機会を設けようかと思ったんです。いかがでしょうか」
「そっそれはもう! 願ってもない話で――」
「おい。どうした」
デマカセに女性が食いついたタイミングで、少し離れた後ろに、茶髪の壮年男性の姿が現れた。
年をとったレイジさんみたいな見た目だが、レイジさんと違って、表情や動きに柔らかさがない。張り詰めた神経質な雰囲気が、俺にもプレッシャーを与える。
彼の冷たく無機質な声に、女性の顔が曇った。
「ランツォの話……もうすぐ帰って来れそうって」
「本当か!」
ズンズンと俺に近づく男性。女性の表情から、嫌な言葉を想像して身構えた。
がっと両手で肩を掴まれる。
「あいつは無事なんですか」
「は、はい。目立った怪我はなく、健康です」
男性が俯く。身体の微かな震えが、肩から伝わった。
その口から出たのは冷たい声ではなく、酷く人間臭い声だった。
「よかった……」
驚いたのは俺だけではなかった。母親の顔は驚きを浮かべて停止し、やがて歪み、大粒の涙をこぼした。
父親は、確かな口調で言った。
「あいつがいなくなってから、気づいた事が沢山あります。もう、元気でいてくれれば、それでいいんです。本当に、ありがとうございます」
俺まで目頭が熱くなる。
ランツォ君はまだ出て来ない。もう少しだけ、話を聞こう。それでダメなら、そこまでだ。
「――今お母様にお話ししていたところです。もしも息子さんが罪を犯していた場合も、会いたいですか」
父親は顔を上げ、俺の肩を離す。ふんと鼻を鳴らして腕を組み、神経質な顔に戻った。
「あの出来損ないの事ですから、何か程度の低い事をしていてもおかしくないですね。全くもって恥ずかしい、愚息ですよ」
うーん、これはやっぱりダメかもしれない。俺の目頭は冷えた。ランツォ君の苦痛が少し分かる気がした。
しかし、再びその表情に人間臭さが戻る。
「どんな気持ちで、どんな事をしたのか、沢山話を聞きます。今まで私は、あいつの話をロクに聞いてなかったんです」
父親の声は、強く優しかった。
「ぜひ会わせて下さい。元気な顔を見て、話をしなければ、私は生きた心地がしない」
背後から音がした。嬉しくなって、身体を半身に避けて見せる。
赤毛の少年は、色んな液体でびしょびしょになった顔で、一歩一歩踏みしめながらゆっくりと家へ向かった。
「ランツォ!」
「馬鹿野郎が!」
母親と父親がほぼ同時に飛び出し、少年を抱き締めた。
少年は、幼い子供のように泣きじゃくっていた。
「ごめんなさっい、ごめん。怒んないで。ダメな、息子でごめん。沢山、謝るから、許して」
「いい。もういい。なんでもいいから。すまない、すまない……」
「謝らなくていいの。戻ってきてくれて、ありがとうね――」
今度こそ目頭が熱くなった。このシーン、頑張った皆にも見せたかったな。独り占めして、申し訳ない。
家族に、少し近づいた。
「あの、水を差して申し訳ないんですが、一つ謝らせて下さい。実際は、彼は何も犯罪をしていないんです。――詳細は、彼から沢山聞いてあげて下さい」
両親は何度も頷いたが、口からは嗚咽しか出てこないようだった。
ランツォくんは両側から抱き締められたまま、俺の顔を見て言った。
「ルークさん、ありがとう。ご迷惑をかけました。槍のおじさんにも、他の方々にも、伝えてほしいっす」
「うん。伝えるよ。――頑張れよ」
揃って頭を深く下げる三人に背を向けて、俺も帰路についた。
雲一つない綺麗な夜空へ背伸びして、大きなため息をつく。
心は、軽いけど、なぜか酷く痛かった。




