4章21話 逃げたい。でも……。
盗賊団員とカルミアさんが、救命士と防衛統括機関員にそれぞれ運ばれて行く。
俺達は身分と連絡先を提示した。病院からはカルミアさんの入院先の連絡を貰うこと、防衛統括には後日協力者として経緯の詳細報告をすることを、それぞれ約束した。
ランツォ君は巻き込まれた一般人で、捜索依頼が出ていると説明した。彼は簡単な聴取だけを受けて、俺達に身柄を託された。後日、盗賊団に同行していた間の事を防衛機関員が聞きに来るとの事。
――これで、彼を家に帰せば、俺達の仕事はひと段落だ。
広場には俺達四人とランツォ君が残された。
アルコールの缶が防衛機関員によって荷馬車に積み込まれる様子を見ながら、幾分回復してきたらしいログマが背伸びをした。
「久々にガツンと働いたな。スッキリした」
ケインは少しむくれた。
「私は今回手応えないかも。最初の一発、当てたかったなあ」
あの石壁を砕くほどの全力の矢が人に当たったらと思うと怖いんだが。
ウィルルはフードの陰から涙をぼろぼろ零した。
「私が狙われたせいで、皆に迷惑かけちゃった。カルミアさんの手当ても、私が馬鹿なせいで遅れちゃった。もうやだ。いっつも足手まといで、もうやだ……」
思わず、すぐに否定してしまった。
「それは違うだろ。そもそも、ウィルルが情報を掴んでくれなければ、ラタメノ広場は今頃大火事だったと思う。出撃中だって、索敵から治療まで、本当に助かったよ」
ケインが俺に続く。
「そうだよ! サポーターやヒーラーは狙われやすいの、ルルちゃんが悪いわけじゃない。あの人数を捌けたのはルルちゃんのおかげ!」
彼女の涙は止まらなかったが、ありがとう、という細い声が聞こえた。
皆を見回して言う。
「難しい仕事だったけど、ランツォ君も無事だし、仕事の山場は越えられたと思う。――全員がいたからこそやり遂げられた。本当にありがとう」
そして、胸元の苦しさに俯く。
「……カルミアさんの事は、俺の責任だ。人員配置や、俺の単騎行動が失敗だった。リーダーとして不甲斐ない。本当に、ごめん……」
皆も俯いた。カルミアさんが心配なのは、皆同じだ。
暗い雰囲気に呑まれなかったのは、ログマだけだった。
「お得意の謝罪芸も大概にしておけ、鬱陶しい」
いつもの毒舌も今の俺にはよく効く。だが、続きがあった。
「お粗末な相手だったが、五対十四――そこのガキを抜いて十三だろう。お前が処理したのは八人。六割だ。仕事した方だと思うが」
ログマの言葉は慰めではなく、事実を述べただけと言った淡々とした響きだった。それが、逆に心地よくて、ありがたかった。
「ログマ……ありがとう」
「チッ、それも鬱陶しいんだよ。慰めてねえし。お前らも葬式みたいな雰囲気やめろ。依頼は成功、おっさんもまだ死んでねえ」
ログマは踵を返した。
「さっさとガキを届けて俺達も帰るぞ。俺は早く横にならないと眠れないんだ」
「あ……待ってくれ」
側で黙りこくるランツォ君を見る。
「カルミアさんと約束した事があるんだ。三人は先に帰社してくれないか。ログマ、会社への報告を頼む。俺もこの子を送り届けたら連絡入れるし、すぐ帰るよ」
ケインが心配そうにこちらを見た。
「約束?」
苦笑を返した。
「一緒に美味しく酒を飲むための約束。……今は、内緒にさせて」
三人を手を振って見送り、人混みの中で、俺とランツォ君は二人になった。
俺より少し低い場所にある彼の顔を見る。
「なあ――」
びくっとして見られる。怯えられていた。なんでだろう?
「えっと、なんかごめん。ただ、俺の仲間が君を心配しててさ。少し話を聞きたいんだ。……聞かせて、くれる?」
無言で頷かれる。困った、これじゃ尋問だ。聞いてみることにしよう。
「俺、怖いか? 少し落ち込んじゃうよ」
ランツォ君は目を泳がせた後、恐る恐る口を開いた。
「怒らせたら怖い人の代表って感じっす。剣も凄いし、言葉も強いし。今優しいのが逆に怖いって言うか……」
率直な感想になんだか笑ってしまった。
「あっははは――ごめん、口悪かったよな、俺。大丈夫、君には怒ってないから。君を家に帰す仕事だし、最後までやるさ」
彼も釣られて笑顔になってくれた。
「はは。――俺の家、東に三十分くらいです。その間、話しましょう」
帝都とは言え夜道は暗い。灯りが多く広い河沿いの通りを選んで、ゆっくり歩く。
離れていく繁華街の賑わいを背に感じながら、大きな河に揺れる月明かりを見ていた。春の夜風は少し冷たく、頬を冷やす。
住宅街を目指し方向を同じくする人々は、俺達の他にも沢山いた。
あの優しいカルミアさんなら、なんて話すだろうか。言葉を選んで、話し出した。
「カルミアさん――あの槍のおじさんがさ、言ってたんだ。何か家で辛い事があるから家を出たんじゃないかって」
ランツォ君は言葉に詰まった。話したいような、話したくないような、そんな顔。その気持ちは、俺にも少し分かる気がした。
――まずは俺から、懐を開こうか。
「実は、俺もつい最近家出して、ここに来たばっかりなんだよね」
ランツォ君が意外そうに俺の顔を見上げる。
「それまでの人生で一番辛い時に、家族の事で余計に辛い思いをしてさ。他の居場所を探そうって、賭けに出たんだ」
やっぱり、過去を口に出すのは苦しい。苦しみに耐えながら行く先を見つめ、なるべく平気そうに、続けた。
「今の会社が居場所になるか、正直まだ分からないんだけどさ、仲間の事は好きになってきたところ。少しここで頑張ってみようと思ってる。――君は、彼らと一緒にいて、どうだった?」
彼は目を伏せた。
「正直、合わなかったっす。最初は新鮮で悪くなかったんですけど。話題も、楽しいと思う事の感覚も違った。最近は、俺達の被害者の事が気になって眠れてません」
そっか。とだけ返して、続きを待った。
「だから、今はほっとしてます。来てくれて、ありがとうございます。……でも、家に戻りたくないのも本当っす。正直ビビってます。――俺は、賭け、負けました」
「しんどいな」
「……はい」
「家にビビる理由、聞かせてよ。否定されるって言ってたな。それのこと?」
「覚えてたんすね……そうです。俺の頭が悪いのが悪いんですけど。テストの点数が、俺の点数らしいです。八十点の俺は、親に意見を言うなって言うんすよ」
「マジかよ。それは……きついな」
「きついっすよ!」
彼は大きなため息をついた。
「それでも、頑張ってたんですけどね。結局ダメな俺はいらねーのかなって思った途端に、怒られるのが無理になって。それで家出したんす」
彼の続ける言葉の響きは、忌々《いまいま》しげで、悲しげだった。
「親が俺なんかを探してるのは、親父の会社を継がせたいからでしょうね。跡継ぎにする為の否定がまた続くと思うと……俺、もう、狂うかも」
追い詰められたランツォ君を見て、やけ酒コースを提案してみることにした。
「もう一回逃げるか?」
驚いてこちらを見る彼に、にっと笑って見せた。
「内緒で見逃してやるよ。俺が怒られればいいだけだ。そしたら槍のおじさんが慰めてくれる予定になってる」
ランツォ君の歩みが止まった。俯いたまま、身体を微かに震わせている。
やがて、石畳に雫が跳ねた。
「逃げたい。――でも、家族三人でいて、楽しかった事も、あるんす。一応、百点取ると、褒めてくれるんですよ」
彼の声は、何に震えているのだろうか。
「親が俺を探す依頼を出してたのも、正直、嬉しいっす。お、親父もお袋も、俺を認めてくれんなら、家に――」
項垂れたまま嗚咽を漏らす少年の背中をさする。
「分かった。分かったよ。辛い事を聞いてしまった。話してくれてありがとう」
立ち止まる俺達を次々と追い越して行く色々な組み合わせの人々。その中には、楽しそうな三人家族もいた。
河沿いの夜風がいっそう強く吹いて、舞い上がった砂埃から逃れるために目を閉じた。
――俺が小さかった頃の春、花祭りに家族で遠出した夜も、こんな風が吹いていたな。
皆で夜更かしする事なんて殆どないから、凄く楽しかった。少し、妹と喧嘩したけど。
薄紫色の花を咲かせた木々が沢山の灯りに照らされているのが綺麗すぎて、ちょっと故郷が好きになったんだ。
二十六年間の家族の思い出は、沢山、鮮明に思い出せるのに、心が全く動かないのは何故だろう。
もし、父さんと母さんが俺を理解して認めてくれたら、俺も、家に帰りたくなるんだろうか。――考えても想像しても、よく分からなかった。
辛い場所へと戻るランツォ君に、逃げ道を用意してあげたいと思った。彼の嗚咽が小さくなった頃、目一杯優しい声で言った。
「また家を出たくなったら、北区の端のイルネスカドルって会社に来いよ。ルークって言えば俺が出てくる。今度は俺と一緒に、逃げる作戦を立てよう」
彼は唇を噛みながら、首を縦に揺らした。




