27章215話 皆の助言、透ける人生
俺はアピラに共感し過ぎた。何も浮かばない。皆からどんな助言が出てくるか、俺も気になっているくらいだ。
先陣を切ったのは、涙を拭ったウィルル。
「私はねぇ……他人の事は分からないし、変えられないって思ってるんだあ。家族でも誰でも。分かってると思い込んだり、無理に変えようと思うと、お互いに辛くなっちゃう。だから、お願いや喧嘩はするけど、ダメだったら、自分に集中するよ」
「自分に、集中……ですか。ウィルルさんは、どのようにしているんですの?」
「えっとお。私は泣き虫で気まぐれだからね、素直に泣いて、気が向いた事をして、気持ちが逸れて楽しくなるのを待つの。他人の事に悩んでる時は、落ち着くんだよ」
「なるほど……。皆様に舞踊を観て頂き、素直に話せて、ホッとしているのも、そういう事でしょうか」
「えへ、良かった。アピラちゃんは、パンジーとして頑張ったのを誰かに知って欲しくて、苦しかったのかもだね」
不安そうなアピラの顔を覗き込み、ウィルルはにーっと笑ってみせた。
「アピラちゃんね、とっても可愛くて賢くて優しくて、素敵な人だよ。自分を大事にして欲しいなあ。……あっ、あとね、他の人の意見は大事だけどっ、悪口言う人は多分、アピラちゃんを大事に思ってないよ!」
アピラが目を微かに見開き、ケインが笑う。
「ルルちゃん良い事言う! イヤミは他人の自己満だから、聞かなくていいよね」
「……えっあっ? 聞いてなかった……。ケインちゃん、もっかい言って?」
「えぇ! 気持ち逸れるの流石に早すぎ!」
「ごめんなさあい……」
今度はアピラが笑った。礼を口にしたその目元から、少し力が抜けている気がする。
今の話は俺にも響く。自分を理解し認め、素直に表現する事で、落ち着く。思い通りにならない他人について思い悩む事から、逃れられる。そういう話。先日ミロナさんに言われた内容が、心の一段深い所へ沁みた。
人一倍傷付きやすいウィルルが何度でも立ち上がれるのは、自分を大事にする事を知っているからか。彼女の強さの一端を見た気がした。
アピラが悲しげに口にした疑問は、俺も気になるところだった。
「……事実、自分の気持ちに従い、ここに逃げて来たのですわ。家族に無理やり理解を求めては、互いに辛いのも分かります。……やはり、家族には理解されない事を前提に接するべきなのでしょうか……」
これに返したのはケインだ。
「時間と共に理解してくれる事もあるだろうし、もっと悪くなる事もあると思うよ。他人の事は、今後も含めて分かんないんじゃない? なるようになるって言うか……」
「そう、ですわね。うん……」
ケインは腕を組んでむうぅと唸り、意を決したように言った。
「アピラの喜ぶ答えじゃないと思うけど……。ルルちゃんの話の補足って感じで、一応言ってみていい?」
「是非。聞かせて下さいまし」
「……アピラってさ、自他境界をしっかり分かってるじゃん?」
「自他境界?」
「あれっ、専門用語だっけ? バウンダリーとも言うんだけど――聞いた事ないか。アピラは、自分は自分、他人は他人って線引きがしっかりしてて、両方大事に出来る人だと思うの」
「あら、嬉しいお言葉ですわ」
「ん……だからこそ言えるんだけど。……相手にも限界があると割り切って諦めるって事も、選択肢に入れといて欲しいんだよね」
アピラは目を伏せる。俺も寂しい話だとは感じつつ、ケインの話の続きを待った。
「好き勝手言われるとムカつくけど、想像力や思い遣りも、踏み込む勇気も、触れない賢さもない奴だって割り切るの。……家族も同じ。限界がある。アピラのご家族には『パンジー』を受け入れる力がないって諦めた方がいい場合もあるかもなって」
「う……理解、出来ますが……」
「でもね? アピラのご家族は、アピラの為を思ってるみたいでしょ。信頼出来る味方だってことは変わらないと思うんだ」
「……ええ。私もそう思いますわ」
「大好きな味方だけど、その中で一歩引くの。距離を調整して、相手にできる範囲で分かってもらうの。……寂しいけど、期待し続けるよりは、少し楽になる。アピラなら、そういう関わり方も出来るよ」
アピラは俯いて辛そうにしていた。ケインはこの反応を予想して言い淀んでいたのだろう。しかしアピラは、悲しみをため息で吐き出し、柔らかく苦笑して見せた。
「……理想に囚われていたのかも知れません。肩から力が抜けた気が致します。全てを理解して貰えなければ家族として共に暮らせないと、意固地になっていた部分があると気付きました。私らしくなかったですわ」
ケインはホッとした表情を見せたが、同時に少し悲しそうにも見えた。家族に期待しない、その大事さと寂しさを分かっているからだろう。
この流れにログマが乗った。いや、乗り方が乱暴過ぎて、結果的にぶった切ってたかも知れない。
「理想、ねえ。順風満帆な暮らしをなさってきたみたいだもんな、お前も家族も。『普通』から一度外れたってだけで、軟禁だ家出だと、騒ぎすぎなんだ」
「……ですわね。そう思えてきましたわ」
アピラは素直に受け入れようとしたのに、ログマは逆接で言い捨てた。
「――だが。その平衡感覚こそ、お前の救いになる。今回の事件は上手く糧にしたようだし、諦めるのも一つの選択肢だが、不快感に慣れるなよ。適当な事言われて悔しいなら、抗え、逃げろ。それは恥じゃねえからな」
皆揃って、少し驚いた顔をログマに向ける。彼は睨みつけて視線を追い払うが、アピラは果敢に掘り下げた。
「平衡感覚……?」
「チッ。あのなァ、お前は俺達から学ぶつもりで来てんだろうが。反面教師にしなくてどうする? 以上、俺に言える事はそれくらいだ」
今のログマはいつも以上に不親切だ。首を傾げるアピラを無視して、彼は手元のリモンチェッロのソーダ割りを呷った。
それでも理解出来たらしいケインが、苦笑いで補足する。
「自分にとって今の状態が快適かどうかって感覚の話だね。人って、過剰に我慢すると、どこかで帳尻合わせようとして壊れるの。心身共にね。その例が私達」
アピラは、ケインが濁った白ワインを揺らしながら話を続ける様子を、悲しげに見つめた。
「嫌だなって感覚を無視し続けると、麻痺するの。傷や歪みを背負って初めて気付く事になるけど、取り返しが付かないの。だから、誰が何と言おうと、嫌な事には抵抗していいし、逃げていい。ログマが言ってるのはそういう事」
アピラと共に息を呑んでしまった。皆の人生を思うと、痛いほど腑に落ちる。俺の生きづらさですら、家庭環境への不快感を無視し続けた結果だと知ったばかりだから、特に。
それを語ったのがログマだという事にも考えさせられる。彼の強い攻撃性は、これまでの理不尽に必死で抵抗するための手段だったのだろう。それでも彼は、眠れない夜に延々と苦しめられている。彼もまた自分を守り切れなかったという事に他ならない……。
アピラの深いため息は、感銘を受けたと言っているようだった。
「……皆様からそれを聞けた事、凄く貴重だと思いますわ。痛みを感じるからこそ、身を守れるという事でして?」
「ふふ、そうそう。仮に私だったら、大好きな家族にやっと会えたって時に居心地の悪さを感じても、まあいいやって自分を納得させて、見ないふりしちゃうと思う。愛情に飢えてるし、感覚もかなり麻痺してるもん」
「……そうなってしまうのですね……」
「カルさんも似たような事言ってたけど、アピラは嫌な状況を脱する為にウチに来て、助言に耳を傾けてるでしょ? 弱ってる時、現状維持に甘んじないの、本当に凄いと思うよ」
「嬉しいですわ……! 私、沢山迷ったんですの。結局、皆様にはご迷惑もかけましたし――」
胸元が苦しくて、穏やかな会話を聞き流してしまう。ケインの話を総合すると、彼女自身に家族を信じたいと思っていた時期があり、限界まで我慢した末に壊れ、やっと『もう期待しない』と決める事が出来た今も、愛に飢えているという事になる。あまりにも――。
にっと笑ったケインに不意をつかれた。
「ちょっとリーダー。大トリだよ? ハードル上がってるからよろしくね!」
「えっ、な、何」
「皆それぞれ助言したもん。ルークからも何か言える事あるでしょ。『憂鬱』て題名の石像になってる場合じゃないよ?」
「そんなに憂鬱を体現してたかよ……」
時間稼ぎにと、全く減っていない梅酒の水割りを啜る。ここまで会話を聞いても、結局俺は、改めて垣間見えた皆の苦しみに圧倒されていただけ。それぞれの生き様から得られた教訓を、アピラに合わせて語っていたように思うが、俺にそんな事出来るか?
でも、今のアピラにとっては、手札は多い方がいい筈。ならば、今の中途半端な俺だからこそ言える事を、ちょっとだけ言ってみても――。




