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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第5部 雪の下で芽吹けるか

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27章215話 皆の助言、透ける人生



 俺はアピラに共感し過ぎた。何も浮かばない。皆からどんな助言が出てくるか、俺も気になっているくらいだ。



 先陣を切ったのは、涙を拭ったウィルル。


「私はねぇ……他人の事は分からないし、変えられないって思ってるんだあ。家族でも誰でも。分かってると思い込んだり、無理に変えようと思うと、お互いに辛くなっちゃう。だから、お願いや喧嘩はするけど、ダメだったら、自分に集中するよ」


「自分に、集中……ですか。ウィルルさんは、どのようにしているんですの?」


「えっとお。私は泣き虫で気まぐれだからね、素直に泣いて、気が向いた事をして、気持ちが逸れて楽しくなるのを待つの。他人の事に悩んでる時は、落ち着くんだよ」


「なるほど……。皆様に舞踊を観て頂き、素直に話せて、ホッとしているのも、そういう事でしょうか」


「えへ、良かった。アピラちゃんは、パンジーとして頑張ったのを誰かに知って欲しくて、苦しかったのかもだね」


 不安そうなアピラの顔を覗き込み、ウィルルはにーっと笑ってみせた。


「アピラちゃんね、とっても可愛くて賢くて優しくて、素敵な人だよ。自分を大事にして欲しいなあ。……あっ、あとね、他の人の意見は大事だけどっ、悪口言う人は多分、アピラちゃんを大事に思ってないよ!」


 アピラが目をかすかに見開き、ケインが笑う。


「ルルちゃん良い事言う! イヤミは他人の自己満だから、聞かなくていいよね」


「……えっあっ? 聞いてなかった……。ケインちゃん、もっかい言って?」


「えぇ! 気持ち逸れるの流石に早すぎ!」


「ごめんなさあい……」


 今度はアピラが笑った。礼を口にしたその目元から、少し力が抜けている気がする。



 今の話は俺にも響く。自分を理解し認め、素直に表現する事で、落ち着く。思い通りにならない他人について思い悩む事から、逃れられる。そういう話。先日ミロナさんに言われた内容が、心の一段深い所へ沁みた。


 人一倍傷付きやすいウィルルが何度でも立ち上がれるのは、自分を大事にする事を知っているからか。彼女の強さの一端を見た気がした。



 アピラが悲しげに口にした疑問は、俺も気になるところだった。


「……事実、自分の気持ちに従い、ここに逃げて来たのですわ。家族に無理やり理解を求めては、互いに辛いのも分かります。……やはり、家族には理解されない事を前提に接するべきなのでしょうか……」


 これに返したのはケインだ。


「時間と共に理解してくれる事もあるだろうし、もっと悪くなる事もあると思うよ。他人の事は、今後も含めて分かんないんじゃない? なるようになるって言うか……」


「そう、ですわね。うん……」


 ケインは腕を組んでむうぅと唸り、意を決したように言った。


「アピラの喜ぶ答えじゃないと思うけど……。ルルちゃんの話の補足って感じで、一応言ってみていい?」


「是非。聞かせて下さいまし」


「……アピラってさ、自他境界じたきょうかいをしっかり分かってるじゃん?」


「自他境界?」


「あれっ、専門用語だっけ? バウンダリーとも言うんだけど――聞いた事ないか。アピラは、自分は自分、他人は他人って線引きがしっかりしてて、両方大事に出来る人だと思うの」


「あら、嬉しいお言葉ですわ」


「ん……だからこそ言えるんだけど。……相手にも限界があると割り切って諦めるって事も、選択肢に入れといて欲しいんだよね」


 アピラは目を伏せる。俺も寂しい話だとは感じつつ、ケインの話の続きを待った。


「好き勝手言われるとムカつくけど、想像力や思いりも、踏み込む勇気も、触れない賢さもない奴だって割り切るの。……家族も同じ。限界がある。アピラのご家族には『パンジー』を受け入れる力がないって諦めた方がいい場合もあるかもなって」


「う……理解、出来ますが……」


「でもね? アピラのご家族は、アピラの為を思ってるみたいでしょ。信頼出来る味方だってことは変わらないと思うんだ」


「……ええ。私もそう思いますわ」


「大好きな味方だけど、その中で一歩引くの。距離を調整して、相手にできる範囲で分かってもらうの。……寂しいけど、期待し続けるよりは、少し楽になる。アピラなら、そういう関わり方も出来るよ」


 アピラはうつむいて辛そうにしていた。ケインはこの反応を予想して言い淀んでいたのだろう。しかしアピラは、悲しみをため息で吐き出し、柔らかく苦笑して見せた。


「……理想に囚われていたのかも知れません。肩から力が抜けた気が致します。全てを理解して貰えなければ家族として共に暮らせないと、意固地になっていた部分があると気付きました。私らしくなかったですわ」


 ケインはホッとした表情を見せたが、同時に少し悲しそうにも見えた。家族に期待しない、その大事さと寂しさを分かっているからだろう。



 この流れにログマが乗った。いや、乗り方が乱暴過ぎて、結果的にぶった切ってたかも知れない。


「理想、ねえ。順風満帆じゅんぷうまんぱんな暮らしをなさってきたみたいだもんな、お前も家族も。『普通』から一度外れたってだけで、軟禁だ家出だと、騒ぎすぎなんだ」


「……ですわね。そう思えてきましたわ」


 アピラは素直に受け入れようとしたのに、ログマは逆接で言い捨てた。


「――だが。その平衡感覚へいこうかんかくこそ、お前の救いになる。今回の事件は上手く糧にしたようだし、諦めるのも一つの選択肢だが、不快感に慣れるなよ。適当な事言われて悔しいなら、抗え、逃げろ。それは恥じゃねえからな」


 皆揃って、少し驚いた顔をログマに向ける。彼は睨みつけて視線を追い払うが、アピラは果敢に掘り下げた。


「平衡感覚……?」


「チッ。あのなァ、お前は俺達から学ぶつもりで来てんだろうが。反面教師にしなくてどうする? 以上、俺に言える事はそれくらいだ」


 今のログマはいつも以上に不親切だ。首を傾げるアピラを無視して、彼は手元のリモンチェッロのソーダ割りをあおった。



 それでも理解出来たらしいケインが、苦笑いで補足する。


「自分にとって今の状態が快適かどうかって感覚の話だね。人って、過剰に我慢すると、どこかで帳尻合わせようとして壊れるの。心身共にね。その例が私達」


 アピラは、ケインが濁った白ワインを揺らしながら話を続ける様子を、悲しげに見つめた。


「嫌だなって感覚を無視し続けると、麻痺するの。傷や歪みを背負って初めて気付く事になるけど、取り返しが付かないの。だから、誰が何と言おうと、嫌な事には抵抗していいし、逃げていい。ログマが言ってるのはそういう事」



 アピラと共に息を呑んでしまった。皆の人生を思うと、痛いほど腑に落ちる。俺の生きづらさですら、家庭環境への不快感を無視し続けた結果だと知ったばかりだから、特に。


 それを語ったのがログマだという事にも考えさせられる。彼の強い攻撃性は、これまでの理不尽に必死で抵抗するための手段だったのだろう。それでも彼は、眠れない夜に延々と苦しめられている。彼もまた自分を守り切れなかったという事に他ならない……。



 アピラの深いため息は、感銘を受けたと言っているようだった。


「……皆様からそれを聞けた事、凄く貴重だと思いますわ。痛みを感じるからこそ、身を守れるという事でして?」


「ふふ、そうそう。仮に私だったら、大好きな家族にやっと会えたって時に居心地の悪さを感じても、まあいいやって自分を納得させて、見ないふりしちゃうと思う。愛情に飢えてるし、感覚もかなり麻痺してるもん」


「……そうなってしまうのですね……」


「カルさんも似たような事言ってたけど、アピラは嫌な状況を脱する為にウチに来て、助言に耳を傾けてるでしょ? 弱ってる時、現状維持に甘んじないの、本当に凄いと思うよ」


「嬉しいですわ……! 私、沢山迷ったんですの。結局、皆様にはご迷惑もかけましたし――」



 胸元が苦しくて、穏やかな会話を聞き流してしまう。ケインの話を総合すると、彼女自身に家族を信じたいと思っていた時期があり、限界まで我慢した末に壊れ、やっと『もう期待しない』と決める事が出来た今も、愛に飢えているという事になる。あまりにも――。



 にっと笑ったケインに不意をつかれた。


「ちょっとリーダー。大トリだよ? ハードル上がってるからよろしくね!」


「えっ、な、何」


「皆それぞれ助言したもん。ルークからも何か言える事あるでしょ。『憂鬱』て題名の石像になってる場合じゃないよ?」


「そんなに憂鬱を体現してたかよ……」



 時間稼ぎにと、全く減っていない梅酒の水割りをすする。ここまで会話を聞いても、結局俺は、改めて垣間見えた皆の苦しみに圧倒されていただけ。それぞれの生き様から得られた教訓を、アピラに合わせて語っていたように思うが、俺にそんな事出来るか?


 でも、今のアピラにとっては、手札は多い方がいい筈。ならば、今の中途半端な俺だからこそ言える事を、ちょっとだけ言ってみても――。



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