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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第5部 雪の下で芽吹けるか

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27章214話 認められぬ誇り



 一次会の片付けを済ませ、酒とつまみを用意して、リラックス効果のあるらしいお香を改めてき、再度席に着いた。雰囲気をリセットする形になって良かったと思う。



 アピラは話の前にこう前置きした。


「過去の話を一通り致しますが、相談したいのは、それを踏まえた今後の事ですわ。助言をお願い致します」



 皆と共に首肯しゅこうしながら、内心は全く自信がなかった。人生は地続きだとか、相談するのは今後の事だとか、アピラが悩みと向き合い口にする言葉が、どうにも近頃の自分の話に被る。


 そして俺の方は、まだ自己理解の段階で足踏みをしている。過去を受け入れられないと明言し後回しにした。素直な自己表現、適度な自己主張を身につけ、やっと今後の人生が変わるかどうか? という段階。遥か先を走るアピラ師匠に言える事なんてないのではないか。



 アピラは目を伏せ、どこか中空を見つめたまま話し始めた。


「連れ去られたのは三月でした。研学機関への入学前だった事にも気落ちしましたが、何より、私を守ろうと戦い目の前で亡くなった御者ぎょしゃと護衛の事が今も忘れられませんわ……。拘束されてからは昼夜も分からない状態で移動し、三月とは思えない暑さと嗅ぎなれない空気で、遠い異国に来た事を察したのを覚えています」


 彼女はここで一度ワイングラスに口をつける。ちびちびと苦しそうに飲み下すそれが血液に見えて目を逸らした。


「娼館と言っても種類があるようでして。私はレストラン、劇場、売春宿を兼ねた店に届けられました。高級店の部類だったのだと思います。言葉や礼儀作法に始まり、調理と接客、舞踊や歌……性的奉仕など、毎日覚える事が沢山ありました。泣いて目を腫らせば商品になりませんから、罰があります。泣き暮らすいとまもありませんでしたわ」



 ウィルルが震えている。彼女が三年前に連れ去られた時は娼館に着く前に逃げ出したとは言え、少しの間殴られて暮らしたと、エスタが話していた……。


 当然、その様子にケインが気づく。


「ルルちゃん。……無理なら」

「ううん、聞く。聞きたいの」

「……そっか」



 二人を気遣い話を止めたアピラに、続きを促した。


「キツかったよな、なんて言うのもはばかられるけど……そこから今まで、頑張ったんだろ」


 彼女は揺らしていたワイングラスを置いて、少し表情を柔らかくした。


「ええ。――人の縁に恵まれましたから、頑張れましたの」


 言葉に詰まった俺に代わって、ログマが怪訝けげんそうに尋ねる。


「縁に恵まれた……? 皮肉か? お前に不快な毎日をいた奴らだろう?」


「ふふ。私達を襲撃したヒュドラーや、店の支配人、意地悪な先輩などの話はしていませんわ。楽しい同僚と素敵なお客様に、沢山出会えたのです」



 アピラの微笑みに虚勢きょせいは感じない。素直に楽しそうだった。


「同僚は私と同じように、意志に反して集められた人達でした。女性が大半ですが、男性もおりましたわ。各々の故郷の言葉を共有したり、嫌なお客様との話を面白おかしく話してみたり、辛い夜を支え合ったり……。私はあの人達のお陰で、孤独を感じずに済みました」


 息を呑まずには居られない。また、今の俺に被る話だ。


 彼女の話は続く。


「お客様も、皆が皆、私達を軽んじて傷付けようとする訳ではありませんでした。楽しんで頂ければ感謝されますし、私と話したいからとかよって下さった方もいらっしゃいました。様々な人生に触れさせて頂き、学園ではただの成績だった世界共通語の語学レベルを初めて活用出来ましたの」


 ケインがどこかぽーっとして呟いた。


「そっか……。私も、さっきのダンスにはれしたしなあ。プロとしてお客様を楽しませるために、真摯しんしにやってきたんだね」


「そう! そうなのです! 先程の舞踊は店でも評判でしたわ。同じバヤト出身の同僚と共に練習したのです。涙して下さったお客様が、札束を置いて帰ってしまったりして……そのお金で、同僚と庶民的なパーティをしたり――」


 嬉しそうだったアピラの目がまた潤んだ。


「……辛い日々ながら、充実していたのです。嫌な事も沢山ございましたし、さらわれて良かったとは決して思えません。でも私はあの場所で、確かに『パンジー』として認められていました。お客様の深い苦楽に触れられる娼館の仕事に意義を見出し、プライドを持ってやり遂げました。理不尽に屈せず、置かれた場所で最善を尽くし、居場所を作れた自分を……誇りに思っていたのです……」


 震える声。俺には、後に続く内容が分かってしまった。掛けられる言葉がなくて、見てられなくて、ただ肘をついて顔を覆った。



 彼女の涙声は予想通りこう語る。


「解放されると決まり、同僚達と互いの幸せを願って別れました。そうしてやっと……やっと帰って来たら……居場所が無かったのですわ。孤独と自己喪失感を、渇望かつぼうした故郷で味わう事になるとは思っておりませんでした。――私は誇り高き『客商売のプロ』ではなく、哀れで恥ずべき『性的に搾取された被害者』とされたのです」


彼女はせきを切ったように話し続けた。


「娼婦として過ごす中でもさげすまれる事はありましたから、致し方のない事と受け入れる気でおりました。でも、でも……愛する家族にだけは認めて欲しいと、認めて貰える筈だと、期待していたのです」


苦しい声と涙が溢れ出る。


「この寂しい異国での四年間を、私は懸命に生き抜いたのだと……聞いて、欲しかった……。けれど現実は『可哀想な我が子』として、腫れ物扱いですわ……」



 あの優しい父母と兄を見ている俺にとっては、にわかに信じられない事だった。顔を上げて尋ねた。


「そんな。とても優しいご家族だったじゃないか。あんなに師匠の事を想って、頭下げて、泣いて……。なのに、話を聞いてくれないのかよ?」


 アピラはハンカチで忙しなく涙を拭い、嗚咽おえつしながら答えてくれた。


「ええ、家族は私を心から愛してくれていますわ。でも、それゆえでしょうね……私の『つらい話』は聞けないと、苦しそうに言うのです。とても話せなくなってしまいましたわ……。そして、私を悪意から守るため、元気になるまで、と気付けば軟禁状態ですの。世間の目を考えれば、強く反論も出来ず……。家族も私も、どうすべきか分からなくなっているのだと思います」


 ログマがケッと吐き捨て椅子にもたれる。


「自分らの定規じょうぎで考えてる事が、娘の為にもなると思い込んでるのがタチ悪ぃな。だから口実作ってここに避難して来たのか」


「……そうです。皆様が、苦しみを持つ仲間と共に社会へ貢献する姿に共感し、真っ向から世間に存在を示した事には尊敬の念を覚えました。家族以外で頼りたいと思えたのが、皆様だったのですわ……」


「そうか。……最初、見下してると決めつけたのは……悪かった」


「いえ、外部の人間を警戒するのは当然ですわ。私も事情を正直に話せるまで時間が必要でしたし、お互い様です」



 青い顔で黙っていたウィルルが、突然アピラに頭を下げて小さく言う。


「私も、ごめんなさい」


「えっ……どうして謝るんですの?」


「さっき私、勘違いで、間違った事言っちゃったから」


 注目が集まる中、テーブルへ垂れたウィルルの髪がふるふると震えていた。


「私が、皆に助けて貰ったのはおんなじだねって言った時、アピラちゃん、違うって顔してた。それで、助けてくれてありがとうとは一回も言ってないって気付いたの。……助かってなかったからだね。アピラちゃんは今も、苦しいんだもん。私が馬鹿で、傷付けちゃった……。ごめんなさい……!」


 俺も気掛かりだった、静かな微笑み。人をよく見ており記憶力の良いウィルルも、それに気付いていた。そして今彼女は、誰よりもアピラに寄り添い泣いている。


 その気持ちが届いたか、アピラの涙もまた大粒になって次々とこぼれ落ちた。


「ウィルルさん……謝らせてしまい、私の方こそお詫び申し上げます。確かに今も苦しく、安心感はありませんわ。――でも、解放された事には感謝しておりますの。家族や友人と再会できる事や、慣れ親しんだ街で暮らせる事の幸せを噛み締めています。元々思い描いていた人生への未練もありまして……私はそれを取り戻す事を、まだ諦めていないんですの」



 アピラは今一度涙を拭い、見回した。


「今の話を前提に、皆様に助言をお願いします。私は家族とどう接していけばいいのでしょうか。また、パンジーとしての四年間を認められず、無理解にさらされる悔しさにはどう対応すればいいのでしょうか。……ご教示下さいませ」


 難しい議題だ。四人それぞれが言葉に悩み、うーんと唸った。



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