27章211話 変化と好転
今日は不安や緊張が強く、周囲に人が居るだけで落ち着かなかった。朝食後すぐ部屋へ戻り、薬を飲んで靴を脱ぎ捨て、ベッドと一体化した。
「ああ、今日は駄目な日かな……」
深いため息が、冷気で白く可視化される。横になっても動悸で身体が揺さぶられているようで不快だ。夜にかけて良くなる事は多いが、様子次第では頓服薬を飲もう。
本と医者によれば、俺の症状は回復傾向にあると思われるらしい。そして、癒える過程での体調の波は自然なものだと。要はこんな苦痛が不定期で頻繁に訪れるのも、そういうものと割り切って休むしかないのだ。
無気力に任せて横たわっているが、今の俺に必要なのは体じゃなくて心の休養。深呼吸しながら、自分の散らかった頭の中を片付ける事にした。
真っ先に浮かんだのはアピラの件だ。
「来てから――もう十日経ったか」
彼女はすっかり馴染み、日々何かを学んでいるようだ。社内メンバーもまた、アピラの要望に応える形で外出したり、彼女の明るさに影響を受けたりで、悪くはない雰囲気。不調気味ではあるが、大きく沈み危うい状態にあるメンバーはいないと見ている。
ぼんやりと独りごちた。
「結果論だけど、アピラの滞在を受け入れて良かったのかもな……。今思えば、俺達だけで冬を耐え忍べば上手くいくって保証はないしなあ」
そうだ。別にウィンターブルーへの対抗策があった訳ではないし、アピラを拒絶すべき根拠もなかった。
しかしそれでも、俺を始めとした社内全員が、この時期に変化を起こす事を強く忌避していた。何故だろう。当時の懸念事項は何だ?
今でもあの姿勢が間違っていたとは思わない。療養の妨げになるとか、人間関係の変化に弱いとか、経験では理解しているから――。
先月からの自分を思い返しハッとした。
「そうだ。分からないことは怖い。変化を起こそうと動くには勇気が要る。アピラは俺達にとって『好転の可能性』じゃなくて『未知のリスク』だったんだ」
口に出すと益々、この思い付きは正しい気がしてきた。今年は過去最高に良い雰囲気で冬を迎えたと聞いたし、皆、現状維持と安定に賭けたい気持ちがあったんだろう。
分かる気がする。俺自身、振り返れば最悪の環境だった兵団と故郷……そして実家に、自然と良くなる可能性を信じて限界まで留まっていたから。
リスクを負うべき時なんじゃないか――。今更、無責任なエバッソさんの横槍が説得力を持つ。俺は、元々リスクまみれだ、共倒れになったらどうする! などと返したかな。
俺達は不本意ながら変化を受け入れ、結果として好転しているのだ。油断は禁物だが、この挑戦が順調だという事は喜んでも良いのかもしれない。
動悸が鎮まり肩の力が抜けた気がした。
「……ホッとしてる……? 俺のせいで何かあればって、ずっと気を張ってたのかな。また無自覚かよ……まあ、分かって良かったか。――今夜も楽しめそうだ」
今日は冬至祭。夕飯の時に簡易的な社内パーティをする。六月には夏至祭が開催されたらしいが、俺はその時期丸々引きこもっており、この前初めて知った。
正直、体調が悪い日に社内イベントがあって面倒だと思っていた。しかし、自分に励まされたようだ。一人で閉じこもるよりは良い筈だと思える。
少し穏やかになったため息をついて、目を閉じた。
夕方、準備のためにと欠伸をしながら食堂に向かう。食堂のドアを開けて、唖然とした。
「……パーティって……そういう感じ?」
ドアのすぐ近くにいたログマが珍しく駆け寄って来て珍しく弱音を吐いた。
「クソ貴族アピラに女共とおっさん連中が乗せられやがったらしい! 居心地が悪くて敵わん!」
「うわ、お前、アピラにもクソって言うようになったの? ……まあ確かにこれはビビる」
「だよな? 抜けようぜ!」
「パーティを二人で抜け出すってちょっとアレな感じするから嫌だな」
「変な言い回しすんなキモカス!」
ちょっと良い食事をして、菓子と酒をつまみながらグダグダと話す、忘年会のようなものだと聞いていた。しかし今の食堂の様子は、晩餐会を開くかのようだ。
いつの間にか大きな絨毯とテーブルクロスが敷かれ、照明も暖色で光量の大きいものに変更。片隅には楽器と蓄音機が置かれている。良い香りがするから、何かお香も薫いているのだろう。
二人でもだもだグズグズとしていると、ノリノリらしいウィルルが寄ってきた。
「ウィンターソルスティスパーティにようこそー」
わざわざ冬至会を世界共通語で言い換えた彼女は、小洒落たワンピースの裾を摘んでお辞儀してみせた。多分アピラの真似なんだろうが、幼い子の発表会を思い出してしまった。ごめん。
ウィルルは顎に手を添えて首を傾げ、無邪気な笑顔で言った。
「今年の冬至祭は貴族の真似っこだよお。私もね、アピラちゃんのバイオリンと一緒にオカリナ吹くの! 皆に聴いてもらえるの、楽しみだなあ」
ログマが俺をドアへと押しながら返す。
「ようこそじゃない! 勝手な事を勝手に進めやがって! ストレスだ!」
「だってログマは照れ屋さんだから、反対すると思ったんだもん。あとルークは寝てた」
「反対が分かっててやるなよ!」
「やだっ」
「……お前も随分肝が据わってきたな……!」
どうしても引っ掛かり、押し返して訊ねた。
「待て。ログマって不満があれば一人で抜けられる奴だろ? なんで無理やり俺を道連れにするんだよ?」
ログマはピタッと止まってボソリと呟いた。
「……一人だけ不参加は……忙しい役員も、アピラも居るのに……」
ありきたりな答えに吹き出す。当然飛んでくる拳と足を受け流しながらゲラゲラと笑った。
「ログマにも社会性と協調性が身に付いて来たんだなあ! やっと反抗期が終わったのか?」
「あぁ? 一応会社のイベントだから気にしてやってるだけだ! アピラの世話には報酬も発生してるからな! ルーク如きがナメた口利いてんなよ!」
「はいはい。……確かに不参加はなぁ。とは言え俺も戸惑ってるし、一緒に参加してくれよ。自由にやってるウィルルを見習おう」
当のウィルルは、バレエを習っていたのだろうか? 綺麗にクルクルとターンしながらご機嫌でキッチンにいるケインへと向かっていった。
心底嫌そうなため息をつきながらも大人しくドアから離れたログマ。形式上、参加しろと誰かに言って貰いたかったんだろ。
出会った頃は協調性など唾棄しているようにさえ見えたこの問題児ですら、一年足らずのうちに進化しているんだな。微笑ましいというか、負けていられないというか。




