27章209話 戦闘と生き様
昼下がりの裏庭へ。今日は乾燥した良い天気で、積雪の大半が溶けているようだが、冷たい風が強い。
体操と筋トレで時間を潰して待っていると、女性三人が連れ立って現れた。ケインとウィルルは見慣れた稽古着、アピラは学園時代のものらしき運動着だ。
髪を二つのお団子にまとめたウィルルが、駆け寄って来てハイタッチを求めた。
「ルークと剣の稽古、初めて! 嬉しい!」
「はは、俺も楽しみにしてた。でも短剣は初心者だから、期待外れかもよ」
「期待? 関係ないよ! 一緒に同じ事出来るのが嬉しいんだよお」
アピラの希望に、俺達の稽古の様子を見たいというのがあった。考えてみれば、今うちには短剣をサブウェポンにするメンバーが三人いる。そこで、アピラも参加で行う稽古会を設けたのだ。
指導者は、歴の長いケイン。俺達は一様に右手に短木剣を持ち、ケインの構えに倣う。
「利き手に短剣を持って、自分の正中線上に構える。もう片方の手は腰あたりに添えて臨機応変に使う。脚は、剣を持った側を前にしてすぐ踏み出せるようにする。両膝に余裕を持たせて踵は浮かせておこう。これが基本」
各自構えを維持しつつ移動、攻撃を試す中、アピラだけが不自然な姿勢でプルプルしていた。
「あ、脚にきますわね……! 余裕を持たせているのか余裕を削っているのか分かりませんわ」
ケインが笑う。
「あはは! 最初は筋力に偏りがあるもんだよ。ぐらつきを抑えようとして脚が疲れてるように見えるなぁ。重心を意識してみて。あと、今後体幹を鍛えるといいかもね。姿勢が綺麗になるから、戦闘職でなくてもメリットあり!」
「あら? てっきり脚力が弱いのかと……。今の構え一つで分かるものなのですか」
「むしろ構えこそ基本だから分かりやすいかな。強い人ほど構えが綺麗で安定してるもんなの。それに戦闘術って全身運動だから、身体の事はよく分かるよ。普段サボってる筋肉とか、負担かけて強ばってる筋肉とかも全部、明日の筋肉痛が教えてくれる。ははっ!」
「ふふっ。……なるほど。自分の身体を知る良い機会ですわね。鍛え上げてみせましょう!」
基礎練習の後は、短木剣による練習試合。二分間一本勝負。頭部、頚部、体幹を狙うのは長剣の試合と一緒だ。加えて、空いた左手を剣撃の補佐として使うことが公的に認められているのが独特のルールらしい。
試合では致命傷を想定して有効剣撃部位を決めているが、実戦では利き手や脚への攻撃も有効。相手の無力化を目的とした技を習得していきたいものだ。
初戦はケイン対ウィルル。二人とも対人稽古用の簡易防具を付けた見慣れない姿。
「よろしく、ルルちゃん。本気だよ」
「わっ私も、負けないよ!」
短剣士の試合は見慣れないが、二人の実力は拮抗しているように見えた。
先手は九割ウィルル。縦横無尽な攻めと鋭い剣戟で激しく攻め立てる。『攻撃は最大の防御』という有名な言葉通り、ケインに防御体制をとらせ反撃を封じているようだ。
だがケインにもまた、持ち前の冷静さと機を見る力がある。目にも止まらぬ剣撃を足や刃で冷静に処理し、攻撃終わりや引き際を狙う。
勝機の見えにくい相手に、焦りと不安を感じ始めたウィルル。やがてそれは顔だけでなく動きに表れる。一瞬迷って半端な間合いで足を止めた瞬間、ケインが鋭く踏み込み喉元に剣先を突きつけた。
「てやあぁ!」
「ぴい!」
約三十秒を残しての決着。礼をしてすぐ、汗だくのウィルルがへたり込んだ。
「ケインちゃ……強いねえ……」
ケインは水筒を手に取りながらふふん、と得意げに笑った。そして振り返りに入る。
「相性もあるかも。ルルちゃんの攻撃に付いていこうとして自分のペースが乱れてたら、あっという間に負けてた。でもさっきの私は一撃必殺型であんまり動かないから、隙が作りにくかったでしょ」
「……そう! 見破られてるなあ、崩れないなあって。自分の得意な流れが来なくて困っちゃった」
「基本の動きはエスタ君が叩き込んだみたいだし、ルルちゃん独自の良さも出てると思うよ。今後は小技やカウンターを習得するのはどう? 相手を崩す手が増えるでしょ。ルルちゃんの自由な戦法の足しになると思う」
「う、うん! ありがと! ――あ、私からもアドバイス! 攻撃の前に剣先がちょぴっと上がって予測できちゃう時があったよ!」
「えっ、初めて言われたクセだ! 注意しなきゃ。ありがとうー!」
「えへ、えへへ……!」
語り合う二人を見ながらつい興奮してしまい、共にベンチで見学しているアピラに話しかけた。
「二人の性格が出た面白い試合だったな!」
だが、困ったように笑って首を傾げられた。
「圧倒されて今ひとつ分かりませんでしたわ。最後のケインさんの突きは綺麗でしたが……」
「え、そっか」
目が慣れてなければそんなものか。俺は身を引いたが、興味があるらしく話を広げてきた。
「剣技には性格が出るのですか?」
「ああ、如実に出るよ。生き様がそのまま戦闘スタイルに表れると思ってる。殺意や戦意、捨て身の覚悟なんかも剣からビシビシ伝わるよ!」
「ふむ。生き様ですか……。人間的な成長や考え方の変化、その時々の精神状態などが、戦術にも反映され変化を起こすのでしょうか?」
「その通り! 人生の大きな苦難を超えて肝が据わった人なんかは分かりやすく変わる。悩んだり迷ったりで余裕をなくすと弱体化もする。剣技と同時に、自分自身を磨く事が必要になるんだよ」
「――自らと向き合い、闘い、律することで、戦闘にもまた強くなっていくのですね」
つい彼女をバッと見た。
「そう! それが戦闘の難しくて面白いところだ。人生が続く限り剣も変化し続けるんだよ。そこに気付くなんてさっすが師匠!」
「おーっほっほっほ! 師匠ですもの!」
アピラはおどけた後、ニッと笑って言った。
「もしかして。ルークさんは私の対人コミュニケーションを見習いたいと仰ってましたが、剣の腕の成長も見込んでいますの?」
つられて笑いながら返した。
「ちょっと期待してる。順当に人生の糧になると思ってるのが大前提だけどな。――師匠だって、戦闘を通して自分を再発見できるかもよ。他人と向き合って攻撃し合う事なんてないだろ。貴重な経験になる筈だ」
「言われてみれば、そうですわね……! ワクワクしてしまいます」
ウィルルとケインがベンチに戻って来るのを見てアピラが尋ねてきた。
「ね。ルークさんは先程の試合から、あのお二人のどんな性格が見えましたの?」
「ケインは我慢強くて乱されない反面、自分の持ち味が出てきにくい所。ウィルルは自分の世界に入れば無敵な一方、極端な素直さが長所にも短所にもなってる所」
アピラが吹き出し、ケインとウィルルが不服そうに見つめて来た。聞こえたらしい。好きな話題だからと饒舌になり過ぎた。
汗を拭うケインと目が合う。
「さ、私達は休憩。――ルークは、左手の自由が利くっていうギャップに慣れれば、短剣の距離感と技にもすぐ馴染むと思うんだよね。だからアピラに思う存分殴らせてあげて」
「あぁなるほど。了解」
俺はすんなり受け入れたが、アピラは大慌てだった。
「な、なんですって? なぐ……?」
傍らに置いておいた自分の簡易防具を付けながら笑った。
「人に武器を向けて斬り掛かるのにも練習が要るだろ? ほら、防具もあるから」
「いえ……練習と言えど一方的に暴力を振るうようで流石に恐縮ですわ。怪我も心配です」
「ふふ、初々しいな。剣の稽古では恒例だよ。それに俺達は仕事で殺し合ってんだから、今更木剣の打撲ぐらい平気。そこに優秀なヒーラーもいるし」
ウィルルがむふ! と胸を張って見せ、隣のケインが笑顔で補足してくれた。
「剣が本職の人だから、上手く相手してくれるよ。下手でも乱暴でも大丈夫! 今だけはルークが『師匠』かもね、ふふ。――それにルークの方も、学べる事あるもんね?」
「うん! 距離感や足運びを掴みつつ、回避や防御の練習ができる。あぁ楽しみだなあ!」
対人稽古は至高だ。命に関わらない安心感を前提に、罪悪感に邪魔される事なく戦闘に集中できる。殴るのも殴られるのも楽しい。まして今日は、普段と違う武器を使う新鮮さもある。
浮かれる俺に拍子抜けしたか、アピラも予備の防具を手に取って頭を下げた。
「――こういう時に『胸を借りる』と言うのでしょうね。よろしくお願いいたしますわ」
「お互い様だ。よろしく!」
返事をしながら今一度ケインに目を向けると、彼女は意味深に微笑み頷いた。どうやら狙いは俺の予想した通りらしい。……任せとけよ。




