27章208話 ごきげんよう
「おいおい、今大注目の方々じゃねえかぁ? マブい女ァ侍らせやがって、ここはカフェじゃねーぞ。消えろや」
誰かが仲間に絡んでいるのは明白。身を捩り様子を窺う。案の定、二人組の男が座った三人をねちっこく見下ろしていた。
仕掛けて来たのは、首筋に派手な刺青の覗くゴツい方。カルミアさんは少しアピラに寄っただけだったが、ログマが言い返した。
「……仕事中だ。邪魔すんな」
「あれだけ目立ってまだ金が要んのかよ! ハハ、最近の医療費はそんなに高ェのか? 俺は健康体だから分かんなかったぜ。ビョーニンはお家でネンネしてんのがお似合いじゃねーの」
「んだと――」
「お、やんのかコラ」
喧嘩を買いかけたログマの腕をカルミアさんが押さえる。彼は苛々と足を揺らしながらも舌打ちと共に顔を逸らした。
だがそれも相手の神経を逆撫でしたようだ。
「ビョーキで言葉が分かんねえか? 素直に消えるか表出てやり合うか選ばせてやるよ!」
……駆けつけるか? いや、外見が大人しく口喧嘩の下手な俺が行ったとしてどうなる。酒場で絡まれた時だって、無視しようと試みて上手くいかず、まんまと決闘に持ち込まれたんだぞ。
広い受付にはそれなりに人がいるが、酒場の時と同じく揉め事慣れしているらしい。遠目に見物する程度で殆ど無関心だ。自分達でなんとかするしかない。
必死で考えていると、不意に高くて柔らかい声が聞こえた。
「――ああ、びっくりした。怖いですわ」
俺含めた周囲の目線が、声の主、アピラに集まる。
一番慌てているのはカルミアさんだったが、何と声をかけて良いか分からないらしく口を半開きにしている。そのうちにアピラは続けた。
「もう少し優しく話して下さいまし。ね、どうして怒っているのですか?」
刺青の男は若干弱火になった気がする。
「お前らみてーなのがデカい態度で居座ってんのが目障りだからだよ」
「んー……ああ。先ほどここのルールは実力主義と仰ってましたか、ログマさん?」
突然話を振られたログマもまた勢いがない。
「……そう言ったな」
「ログマさんの戦士ランクはお幾つ?」
「十一」
「カルミアさんは?」
「えと……十になったね」
「そうですか。確かな実力があっても態度を咎められてしまう事があるのですね。――無作法をお詫び申し上げますわ」
アピラは頭を下げたが、男達の元気は見る影もなくなっていた。ランク十を超える戦士はそう多いわけではない、彼らはそこに及ばないのだろう。話題を半端に聞き齧り、格下だと思い込んでいたに違いない。
ここで、ゴツい男の半歩後ろに立つ、襟足を伸ばした細長い男が初めて声を上げる。
「あっ……。兄貴、やべーッス」
「なんだよ!」
ヤケになっている兄貴分。弟分の彼は人目を憚らず、ログマを指差して大声で言った。
「こいつ『宵闇の銀狼』ログマですよ! ほら、数年前にパネェ凶暴さで有名になった奴!」
小っ恥ずかしい通り名に、兄貴分はハッとした後分かりやすく後退った。
「銀髪に紫の目……! 一度やり合ったら相手が格上でも集団でも噛み付いて許さねえって、あの……」
「それッス! もし群れたらヤベーって話で狼の二つ名が付いたんスよ? 最近の報道、こいつが実際にダチ作ってギャング潰したって事じゃないッスか!」
ログマはこちらに背を向けているため表情が見えないが、微動だにしない。カルミアさんは口元に手を当て笑いを堪えるので精一杯。アピラがけろりとした口調で締めに入る。
「リーダーをお呼びして頭を下げさせたら、すぐに出ていきますわね」
悲しき哉、駆けつけなかった事が武器になったようだ。男達は、リーダー……? と呟いた後ぶんぶんと首を横に振った。二人の事は見た目で分かったのに、俺の事だけ忘れたらしい。いいけどさ。
「呼ぶな呼ぶな! ……俺らが出てく!」
「スンマセン! 皆さんかっけえッス!」
足早に去る彼らを、アピラは優雅に手を振って見送った。
「ごきげんよう」
重めの木戸が閉まるのを見送ってカルミアさんが吹き出した。
「アッハッハッハ……! お嬢、怖い思いさせてごめんね。でも、やるじゃない」
アピラは肩を竦めて返す。
「ついて行くと希望したのは私ですから、謝らないで下さいまし。勝手に皆様の威を借り、手札にさせて頂きましたわ」
「機転が利いてて助かったよ。ログマは暴れそうだから制止したけど、俺もあれは追い払うべきだと思ってた。……こっちが把握してない手札で自滅したのには驚いたけど……くく……」
ログマが拳でカルミアさんの頭をぶん殴る。そして、吐き捨てるようにアピラに言った。
「――今のでいいんじゃねえの」
「え?」
「お前にも鬱陶しい噂や人目があるんだろ。今みてえに使えるもん使って『ごきげんよう』って余裕で手を振って見せりゃいい。弱みを握った気になって絡んで来るのなんて大した事ねえ奴らが大半だから、それで充分だ」
カルミアさんが頭をさすって眼鏡を掛け直しながらへらへらと乗った。
「賛成。今の対応が出来るんなら大丈夫。俺達、お嬢に守られたよ。自信持って」
アピラの横顔は本当に嬉しそうに見えた。
「……ありがとうございます」
窓口から声をかけられ、依頼の詳細資料と植物採取容器を受け取る。彼らの元に戻り、カルミアさんに尋ねた。
「お待たせ。大変だったね、お疲れ様。なあ、二つ名ってどういう条件で付けられるの?」
「ふふっ……あー、これも都会ならではなのか。ある程度強いと、周りが勝手に酒飲みがてら考えるんだよ。平民は家名がないから、他人と名前が丸々被る事があって、そういう時には便利だったりすんの。笑わせないでよ」
「そっか。いや、他人事じゃないかも知れないでしょ。あんな辱め、俺は耐えられない」
「だっはっはっは――!」
蹴りの予想は外れ、鳩尾に『宵闇の銀狼』様の拳がめり込んだ。




