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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第5部 雪の下で芽吹けるか

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27章207話 ありふれた話



 午後。俺とアピラは作戦会議に入る。食堂の懇談スペースで、九十度の位置に向き合った。


「アピラ。改めて、昨日はごめん。遅くなっちゃったけど、話す時間をくれてありがとう」


 頭を下げたが、彼女は手を口元に添えてころころと楽しそうに笑うだけだ。


「もうよして下さいな。悪いことをされたと思っていませんわ」


「……ありがとう」


「こちらこそ『最高の一ヶ月にしてやりましょう』とのお言葉、嬉しかったですわよ? 勢いで仰ったのは承知ですが。ふふ」



 自嘲じちょうをため息にした後、アピラの目を見る。


「確かに暴走してたけど、本音だよ。折角の機会だ、全員にとってプラスになる一ヶ月にしたい。――アピラと同じ気持ちだと思う」


 やや目を見開いた後、顔をほころばせたアピラ。表情豊かな彼女だが、この雰囲気は初めて見る。


「……気が晴れます。強引に希望を通した私に目線を合わせて頂けること、感謝申し上げますわ」


 そうだよな。ここ数日の様子で分かっている。この人は自分勝手な訳じゃない。利発で、周りに与える迷惑だって想像できる。それでもあの時は、自分の現状を打破するため、必死だったのだろう。



 一度人間味(にんげんみ)に触れてしまえば、向き合いたくなっちゃうんだよな。


「改めて言うよ。最高の一ヶ月にしよう」


「……ええ、もちろん! 私のことは心置きなく師匠と呼んでよくってよ!」


「あ、え、割と気に入ったんだな」


「因みにカルミアさんの『お嬢』も好きですわ。グッときますの!」


「なんか楽しそうで良かった」






 昼の明るい日差しの中、薄く積雪した河沿いの道を歩く。白く化粧された景色と冷え切って澄んだ空気が心地いい。


 目的地は都民軍事依頼所。いつもなら一人だが今日は四人。解説役のカルミアさん、護衛役のログマと共に、アピラ師匠を連れている。



 雪が足元でさくさくと音を立てるのですら楽しそうなアピラが、不意に隣の俺を見上げる。


「すっかり見慣れた道ですのに、新鮮に感じますわ」


「ああ、馴染みのない目的地だもんね。でも地味だよ。貴族の暮らしを経験をしてる師匠からしたら、俗っぽい上に退屈かも」


「問題になりませんわ。やってみた結果退屈だったという実体験が残りますもの。それは財産でしょう?」


「お手本のようなポジティブ……眩しいです師匠……」


 背後では、不貞腐ふてくされているログマがカルミアさんに宥めてもらっている。


「依頼所は大嫌いだと散々言ってきただろうが……なんで……」


「まあまあ。君を頼りにしてるんだよ」


「……いや、必要か? 俺達」


「必要だよ! 今は分かりにくくなってるけど、このは伯爵令嬢だよ? モラルがピンキリな戦闘職の溜まり場に連れてくんだから、用心に越したことない」



 そう、今のアピラはドレスではない。昨日、女性三人でショッピングをして来たらしい。ここは貴族の邸宅でも、娼館でもないから――と聞かせてくれたケインの苦しそうな微笑みが印象に残っている。


 それにしても、ウィルルが素晴らしいと熱弁していたのに合点がいく美しさだ。綺麗で上品にまとまった服装ながら、スカートのさりげない刺繍ししゅうは可憐。貴族らしさだけを脱ぎ捨てた彼女らしい装いだと感じる。



 ログマは不機嫌なままカルミアさんに絡み続ける。これがログマの甘え方なんだと最近理解してきたところだ。


「用心とか言う割に、おっさんは丸腰じゃねえか。精霊術も大して使えねえくせによ」


「そう見える? なら計算通りだ」


「……へえ」


「納得して頂戴よ。珍しいメンバーで普段と違う事をするんだから、お嬢でなくても新鮮さは感じられるだろ?」



 声付きのわざとらしいため息をついたログマを、アピラが振り返る。


何故なにゆえログマさんは軍事依頼所が苦手なのです?」


「……まずは集まる奴らの暑苦しさと血の気の多さだな。依頼所の役人のお堅さと白々しい愛想笑いも気に入らねえ」


「うふふ。ログマさんは苦手な人が多いんですのね」


「否定しない。だがあそこは別格。雑魚はけなされ、目立てばねたまれる、実力主義の煮こごりだ。俺は強いから物凄く不快な思いをした」


 ログマの端的な愚痴に、アピラは思いのほか興味を持った。


「不快な思い、とは」


「あぁ? おこぼれ目当てで擦り寄ってくる奴と名声目当てで挑んで来る奴が多くて鬱陶しかったんだ。依頼所で容姿が知れ渡って以降ほとぼりが冷めるまで、どこで絡まれるか分からねえ生活になった」


「ふうん……いくら戦闘慣れしていても、闇雲に挑まれては鬱陶しいどころの話ではございませんね」


「仰る通りだ。当時は俺も尖ってたから正当防衛のつもりでやり過ぎて、こっちが罰された。どいつもこいつも、生活の為に必死なのは分かるが迷惑極まりねえ」


 カルミアさんも軽くため息をつく。


「今は特に他人事ひとごとじゃないんだよな。デカデカと詳しく報道して貰っちゃったから、ログマの話したようなヤカラに興味本位の野次馬が加わるかもだ」


「最悪だ! だから俺は行きたくないって言ったんだー!」


「やべ、再燃させちゃった」



 アピラは伏し目がちになった。長い睫毛が奥行のある黒い瞳を隠す。


「随分前ですが、お父様が民間へ軍事依頼を出していた時には、確かにランクや評判を元に戦士を選び報酬を設定しておりました。人目や噂が命綱になる事には頷けます」



 後ろの二人と目を合わせたところ、どうやら察したのは俺だけじゃなさそうだ。


 珍しく慌てたのか、ログマが乱暴にフォローを試みた。


「同情してもキリねえぞ。世間の評価が飯の種になるなんて社会じゃありふれた話だろ」


「存じておりますわ。私にも思い当たる節がありますもの」


 何してんだよ。肩越しに睨んだが、彼自身もミスと自認したらしく気まずそうに目を逸らされた。



 カルミアさんのカバーの早さに助けられるのは戦闘中に限らない。飄々《ひょうひょう》と言ってのけた。


「噂って確かに厄介で耳障りだけど、大半は風化するんだよ。相手の反応が栄養になるから、都合が悪いものは放っておくに限る」


「――風化、ですか」


 アピラは反応を示したが、彼はあくまで一人語りといった様子だ。


「単なる興味ならそのうち移ろうし、悪意があるなら無反応は面白くないでしょ。しつこい奴でも、周りが冷めたりいさめたりするのが続くと疲れて離れる。目に余る時だけ釘さして、背中で魅せていこうぜー」



 途中からアピラのカバーなんて忘れて聞き入っていた。


「……昔の俺に聞かせてやりたい」


「お、これが年の功ってやつ? 今からでも全然遅くないと思うけどな」


「既にロハの噂くんを栄養たっぷりで育て上げちゃったよ。俺を追い出すくらい立派にね」


「あっはっは! ……笑わされちゃったけど笑い事じゃないだろ。都会の流行りすたりは早いから大丈夫だと思うけどさ、ゼフキでは気を付けて身を守るんだよ」


 いたわるように優しく、肩をぽんぽんと叩かれた。――うん? 地元じゅうで悪い噂をささやかれていた事すら、今初めてカルミアさんに打ち明けた事になるのか。



 自分事として口を挟んでしまったが、結果的には良かったのだと思う。アピラが考え事をする時間を与えられたみたいだから。




 今日の軍事依頼所は、普段より戦士が少ない気がした。寒さと年末の多忙さゆえだろうか。


 窓口で相談すると、気になる案件を提案して貰うことができた。概要を貰い、三人の元へ。


 三人が囲む机の上に概要の紙を広げ、金属の事業者カードを首にかけなおしながら言った。


「これどう? 少し遠くの湖周辺で『アイスサーペント』を討伐して回るのが主目的だけど、ここの近くで『スリーティブロッサム』て珍しい花の発見がよく報告されてるらしいんだ。難易度は高いけど、持ち帰れれば追加報酬にもなるって仕事」


 今日はアピラの希望のうち、俺達の実際の戦闘を見てみたいという一点を叶えるために来た。そこに俺の独断で、危険な場所に生育している珍しい植物が運良く見られたりしないかしら、と小さくこぼしたのも盛り込ませて頂いた。



 アピラが頬を染めて息を呑む。良かった、お気に召したらしい。


「ゴヌシマキ湖沼こしょう群……! 是非、是非行きたいですわ! ――あっ、しかしアイスサーペント? というモンスターについては知見が浅いのですけれど」


 遠慮がちに俺達の様子を窺うアピラ。答えたのはカルミアさんだった。


「簡単に言えばただのデッカいヘビだけど、強靭きょうじん恒温性こうおんせいを身につけて冬場に暴れる種だ。俺が噂に聞く限りだけど、お嬢の護衛を計算に入れても五人居れば充分だと思う」


「うぅ、そうか……まあ危険度は低から中て書いてあるし大丈夫だろうね」


 自分で持って来た案件ながら、苦手な蛇の巨大化を想像すると顔が歪む。ログマが笑った。


「見た事ないのか。ヘビって言ってもサーペントは厳ついうろこやらとげやら付いて、竜みたいになってるぞ」


「あー、なら耐えられる」


「何が嫌なんだよ」


「鱗の質感と動き方。ロハにはよく出るんだよ、何度も噛まれて生理的に無理になった」


「ふふ……ビビり散らかしてるトコ見てえな。討伐対象がそういう見た目だといいが」


「お前、ホント性格悪……」



 気を取り直して。


「じゃあ請けるよ。納期は応相談だから、年明けに二泊三日の予定を組むのでどう? スリーティブロッサムの最盛期はもう少し先らしいんだ」


 皆が揃って頷いたので窓口へ引き返す。



 いつも窓口にいる有角人ゆうかくじんのおばさまが笑顔で応対して奥に引っ込んでいき、窓口前の椅子で待つことに。



 その背後で大きめの不穏な声がした。




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