27章205話 暴力的な優しさ
いつになく強引なケインに負けて、結局引き入れてしまった。言動の根底に気遣いを感じたからではあるが、ちょっと不服だ。
ケインは勝手に椅子に腰掛けベッドを指差す。
「布団に戻って。キツそうで見てらんない」
「このような汚い部屋まで御足労頂いておきながらおもてなしすらも出来ずその上自分だけ横になるなどあまりにも畏れ多く――」
「聞いてた?」
「ハイ」
言われるがままにした。身体が楽になったところで、恐る恐る尋ねる。
「……いつもと違くない? 何かあったのか」
「あったよ。誰かさんが脳内麻薬でトリップしたりとか」
「それは本当にごめん……勘弁して……」
ケインは軽くため息をついた。今はそれにすら怯えてしまう。つい布団を口元まで引き上げた俺を見て、彼女は口を尖らせる。
「ごめん、責めてない。むしろ良い話……かも? 私達、あれでようやく気付けたよ」
俺の愚かさに? なんて聞けないまま、微笑みを信じて祈る。
「ルークは自分を表に出す事に人一倍慣れてないって事にね。――素直とか正直とか、自分の感覚として掴みきれてないんでしょ。違う?」
息を呑んだ。俺自身が言葉にできてない事を、皆が先に理解したというのか。
「……違わない……きっとそうだ」
「当たりかー。頑固に隠してるのは知ってたけど、逆が出来ないとは盲点だったあ。私、嘘つきって言った事もあったね。ごめんね……」
「いいよ。……事実だから。皆には心を開いてるつもりなのに全然上手くいかない。ついさっきも、大丈夫だって無意識に嘘をついた。不誠実だよな」
ケインは優しく目を細める。
「他人を傷付ける嘘をつかないのは知ってるし、私も似たところあるから、全部正直に話せなんて言いたくないよ。ただ、下手なりに自己開示してくれたお陰で、皆が少し安心出来たよって伝えたかったの」
「安心?」
「意図的に隠して一線を引いてるんじゃなくて、不器用なだけ。私達が感じてきたルークからの親しみは、嘘や勘違いじゃない。それがようやく分かって、ホッとしたって話」
「……そっか」
やはり俺は皆に不安を与えていた。でも、今の話で感じたのは申し訳なさだけじゃない。
それを伝えてみることにした。でもやはり照れ隠くて、天井を向き腕を目元に置く。
「感謝しきれないな。皆には、俺がわざと自分を偽って壁を作ってるように見えてたって事だろ。なのにそこまで……。諦めずに理解したいと思ってくれてたからだよな。……すげー嬉しい、よ……」
「ふふ。感謝して? 皆で、アピラまで巻き込んで議論したんだよ。世話が焼けるなあ」
「皆もそうだけど、ケインには別枠でお礼を言わせて。伝えに来てくれたのが君でよかった」
「……えっ? えっ! どういう意味?」
「うん? ごめん、説明不足だった。ケインの言葉は鋭くて優しいから、一番響くし沁みるんだ。助かってる」
「何それ……変なの……」
変な間が空き不安になる。腕を除けて様子を窺ったがよく分からない。機を逸したらしい。
調子を取り戻すような前のめりで、ビシッと指を差される。
「それとさ! ログマのバカは盛大にぶちまけたなんて言い方したけど、ルークの抱えてるもんがあれだけな訳ないよね。だから寝込んでるんでしょ」
「……久々に出たな。なんで分かるんだよ」
「勘! えへへ。でも基本的には他人の事なんて、話さなきゃ伝わらないし分かんないよ」
そうだよな……。やっぱ、話せるようにならなきゃ。目を伏せたところに続けられる。
「――と言うことで。これからは、私達も少しお節介することにしました」
「へ?」
「だって、ルークをただ放っておいてもいつ話してくれるようになるか分からないもん。自然に頼り合う関係なんて夢のまた夢!」
戸惑いと抵抗を感じて何度も首を横に振ったが、これが勝ち目のない押し問答の始まりだった。
「いやいやいや。いいって。要らないよ。命に関わる戦闘中は自然に頼り合えてるだろ。俺は今も充分頼ってる。わざわざ気を遣わないで」
「……充分? そんな真っ白な顔して一人で寝込んで、いつ頼ったの? 私は必要だと思うけどな。余計なお世話って言うならやめるけど」
「親切すぎて身に余る。それぞれ大変な中で俺に構っても、皆には何もメリットないじゃん」
「ルークがそれ言う? 他人を気遣って助けて支えて、誰よりも嬉しそうにしてるくせに」
「あ、あれは俺特有の……シュミやヘキ的な何かだよ!」
「なんでそういうキモい言い方になるかなぁ……。自虐の一種なの? 本当にやめた方がいいと思う……」
「じゃ、じゃあ尽くすタイプ? に振り切ってると思って! 損してるくらいじゃないと居心地悪くてつらいんだ。俺の不器用で皆に無理をかけるなんて絶対やだ。これまで通りにしてよ。必要な事は言うから。ね?」
「ルークのどの情報が必要かは、私達が決めさせてもらうべきだと思いまーす」
「…………弾丸みたいな論破すんなよ……」
「それを言うなら、私は弓士なので矢です」
「そうですね……」
的確に弱点を射抜いてボコボコにされたが、彼女の手番は終わらない。
「納得してないの顔に出てるよ。――知ってる? 人の行動のもとになる基本的な欲求が三つあるって理論。自律性、有能感、関係性」
「知りませんでしたね」
「私達が自分の意志で、仲間であるルークの、役に立つ。三つの欲求が一気に満たされる。精神面の健康を考えれば充分なメリットだよね」
「そうですか……」
「じゃあこれは知ってる? 人助けって、助ける側の方が幸福感あるんだよ。それに依存する人もいて、心理状態に名前が付いてるくらい」
「知りませんでしたね」
「ルークを手助けすることで私達側が幸せになるの。押し付けや依存にはお互い注意が必要だけど、助け合う事で幸せの連鎖が起きる。それをブツ切りにしないで欲しいんだよねー」
「そうですか……」
「これで流石に分かった? 私達だってルークの事を知りたいし、困ってるなら助けたいの。ルークと一緒! お互い様!」
強すぎる。いつにも増して鋭い。でもこの暴力的な優しさは俺を思っての事。皆の為にもなるらしい。素直に聞くしかないじゃないか。
むくれて黙った俺を見てケインは苦笑した。
「……怖い?」
「えっ」




