26章202話 生き抜いてきた、だから前へ…?
そうだ。重要なのは今後。形から入るべく、姿勢を正して見せた。
「まずは今話した、これまでの自分の状態を見つめ直して下さい。同時に、白黒思考に気を付けながら、素直な気持ちを言葉や行動に出してみて」
「…………は、はい」
「勿論、自分を外に表現したら、反応や結果は現れます。でも、自分の感情や意思が湧く事自体に善し悪しは無い。あるがままでいい。……そう思える状態を目指して下さい。自分自身に掛けた鎖に気づき、取り払う感覚を掴むの。段階的にね」
ゆっくり丁寧に伝えてくれていると分かる。だがどうしても。
「やってみます。……でも自己主張して、迷惑じゃないんですかね。それで皆が安心してくれる部分もあるでしょうから、やりますけど」
「極論、多少は迷惑でも良いのだけど……他人に合わせないと不安ですか?」
「うっ……。ふ、不安です……」
「あはは。じゃあ聞いてみますが、ルークさん、会社の同僚の自己表現を見た事はないですか?」
真っ先に浮かんだのはウィルルの呑気な笑顔。素直な自己表現において彼女を超える人はこの会社に居ない。
「……割とありますね」
「迷惑ですか?」
一瞬考えた。事実、ウィルルにはたまに困らされる。大抵は余裕で流せるレベルだが……もし迷惑だと伝えたら泣いてしまうだろう。
だが同時に、嫌いになった訳じゃないと最初に伝えるだけで、怯えつつ真摯に聞いてくれるという確信もある。彼女の素直さと周りに合わせようとする姿勢を信じているからだ。
「いや……まあ……もし迷惑な時は話せますから、結果的に迷惑にならないと言うか。喧嘩になったとしても後々仲直りできると思うし」
「そっか。逆も同じじゃないかな」
そういうものか。俺の素直なワガママをウィルルが宥めている姿は想像しにくいが、実際にやってみてはいないから何とも……。
ここで致命傷を食らった。
「と言うか、溜め込んで爆発したら、結局は同じでしょう?」
思い当たる節が山のように。声にならない悲鳴と共に顔を覆ったが、彼女は畳み掛ける。
「因みに。他人のワガママを丸呑みして機嫌を取ってあげる事は、相手の誤った言動を助長し、成長や変化の機会を奪いますからねー」
「ぐふっ」
今度の悲鳴は声に出た。良かれと思って無理をして相手の希望を汲んでいたのに、相手の為にすらなってないだと……!
瀕死の俺を前にしても彼女の優しい態度は凪いだまま変わらない。一周回って人の心が無いようにすら見えてくる。
「誰かに押し付けて攻撃したり、自分だけで抱えて弱ったりするのは、自他ともに困ると言うことです。分かりますよね。だから、適切で程よい自己主張を身につけていきましょうよ」
「……はい…………」
明らかな限界を感じるが、幸い、話は終わりそうだ。そんな時、彼女が思い出したように付け加えた。
「ここからはおまけ。カウンセラーと言うより、ヘルパーの立場で話すね。せっかくの特殊な立ち位置だから、少し踏み込んだ世間話って程度だけど」
「なっ、なんでしょうか……」
「今のメンバーは、ルークさんの隠した感情を見抜いたり、漏れ出た本音を拾ったりしてくれていますね」
「あ……そうですね。最初はそれが怖かったかも。でも今は、彼らが俺を思い通りにしようとしたり、悪意を持って人格否定したりはしないと分かったので、そんなに不安にはならないです。ズバズバ言われるとたまに傷付きますけど、本当に恵まれた話だと思いますよ」
メンバーの話ならと油断した所で、思わぬ方向から刺された。
「それは、貴方自身のお陰でもあるのよ」
「……えっ?」
「ここの人達は基本的にシャイです。傷付いてきたから、身を守っている。貴方と同じ。――その心を一人ずつ開いていったのはルークさんです。だからこそ、彼らもまた、傷付くリスクに怯えながら歩み寄ろうと動いています。私から見える事実として、ルークさんが入社してから、この会社は信じられないほど良い方向に変化していますよ」
弱った俺はこれに秒殺される。見事に涙が止まらなくなった。期待も想像もしていない肯定の言葉だった。
保身の言い訳が口をついて出る。
「いやそれは……色々、あったんで。喧嘩したり話し合ったりもしましたけど、生活と修羅場を共有すれば仲良くなるのも当然です。……つーか、皆が優しいだけで、俺はリーダーなのに、何にも出来てなくて……」
「分かってるつもりよ。各々から少しずつは、聞いてもいます。……ルークさんが入る前からね。色々あったからこそ、離散していてもおかしくない。優しい人達だからこそ、摩耗していた。チームの形に固く繋ぎ止めたのは貴方です」
「そんなわけ、ねえでしょ……」
到底信じられない。でも、凄く嬉しい。そういう弱い所を突かれて泣いているというのに、追い討ちされる。
「過去が受け入れ難く、自分を肯定できないのが現状でしょう。でも、今の貴方と仲間達を救っているのは、ここまで生き抜いてきた貴方です。それを伝えたかったの。そしたら少しは、自責以外の気持ちを持てたりしない? なんて」
お見通しも大概にして欲しいという気持ちで、泣きながら苦笑した。
「優しいようで酷いことを言いますね。俺だって人前で泣きたくはないんですよ。……ありがとうございます。少し、今までより安心して生活出来そうです。……嬉しいです……」
「ふふ。余計なことを言ってみて、良かった。そうそう、口に出していきましょ。――応援してますよ」
そうして、俺の人生初カウンセリングは終わった。
共にカウンセリングルームを出て、そのままミロナさんは退勤した。今夜はアピラの歓迎会の予定だし、ここからは俺達が自分達でと希望したからだ。
応接室まで付いて行き、頭を下げて彼女を見送る。ドアが閉まって少ししたら、その場にしゃがみこんでしまった。
勝手に大きなため息が出る。おかしくなるかと思うほど頭の中を掻き混ぜられた。自分を守るために拒絶したいが、自分が進むために向き合いたい。ずっとそんな葛藤を捩じ伏せ続けていたと、今気づいた。
圧倒的な疲労感。心的ストレスと身体症状。いつもより張り切った苦痛に辟易するが、まあよくある事。
しかし今回はそれだけじゃないのだ。傷付いただけの戦果がある。前に進むための手掛かりがある。次の闘いに向かう自信が少しだけある。苦痛に意味を与えるそれらを掴めたのは、自分自身が逃げずに向き合ったから。そう思える事が、本当に嬉しい。
色々収穫があったな。ノートか何かに整理した方が――。
あ。閃いてしまったかも知れない。
縮こまった姿勢から顔を上げた。確認するように、口に出してみる。
「――もしかして。自分らしさを表現する見本と、自分を受け入れてくれる仲間が揃っている、身体が比較的楽な冬……。俺、成長の大チャンスが来ているのでは……?」
そうだ。そうに違いない。運が味方しているとしか思えない!
俺は繊細で面倒なくせに、一度決めたら頑固で俊敏だ。そして今、苦痛と停滞にほとほとウンザリしている。そこから抜け出す勝機となりそうなものが見えたら、もうそこを叩く以外見えないのだ。欠点でもあるが、戦士として活躍してきた強みでもある。ここで自分のために活用せずしてどうする!
……『ちゃんとした』考えを持てたのは、その辺までだったなあと思う。




