4章19話 制圧、その代償
追いついたのはラタメノ広場に入る所だった。
石畳を強く蹴って、逃げる背中へ剣を振り下ろすが、すんでのところで届かない。すぐ背後のヒュンッという音に彼らは怯えた声を上げた。
注目する大勢の人々が遠巻きに囲み、行く先の広場には馬車が絶え間なく行き交う中で、思うように移動できないようだ。三人は広場の往来の手前で身を寄せて、俺に向き直る。
「くそ……しつけえぞお前!」
「往生際の悪い君達には言われたくない」
明かりに照らされた三人の顔は皆若かった。二十歳前後だろうか、大人になるかならないかと言う顔つき。
真ん中に立つ茶髪パーマの男が俺を睨み、俺と同等の長さのロングソードを構えて大声で叫んだ。
「お前はいいよな! 正しく生きてられて。羨ましいよ! 俺達の気持ちなんて想像もつかないだろ?」
正しく、か。羨ましい、ね。
問答をせず、一歩一歩と間合いを詰めていく。
男は叫びながら涙を流していた。
「いいじゃねえか、少しくらい良い思いしたって! 今日は、一番でかいことしようって、ようやく、なのに……邪魔すんなあ!」
俺に向かって剣を振り上げ、突進してくる。
全力で振り下ろされた彼の剣を頭上で受けながら身体を躱し――。
「せぇあ!」
彼の脇腹を横一文字に撫でた。
「ぎぇっ……!」
既に痛そうだが、これだけでは足りない。万が一にも広場で暴れられては困る。
片膝を付いた男のブーツの爪先へ踏み込み、全体重で踏み潰した。
「ぎゃああ!」
爪が割れるのは痛いだろ? 分かるよ。
汚い悲鳴を無視して、彼の頭を掴む。怯え切った彼の目線を無理やり俺に合わせて尋ねた。
「飛び道具は?」
「持ってない! ……もう何もしない!」
頭を離してやった。足先を打ったか、ぎゃっと声を上げていた。
残り二人の事は常に目の端に入れていたが、追撃も逃走もなかった。
いよいよ日が落ちて暗くなった広場で、夜市と建物の明かりに照らされている彼らを睨む。
「痛い目に遭いたくなければ抵抗するな」
――群衆のどよめきがうるさい。酒飲みが囃し立てる声、何かを悪く言う会話、泣き出す子供。様々な音が頭の中へ流入し心が乱される。
ポンコツな俺の頭、集中しろ! 大きく呼吸して、なんとか振り払った。
マッシュの糸目が、隣の無表情の長身に情けない声で話しかける。
「なあ……もう、諦めよう。こんなに目立った状態で放火なんてしたらすぐ見つかって死刑だ。俺ホント無理だって。死刑も、あいつに斬られるのも無理」
ずっと黙って考えていた様子の長身が呟く。
「俺はやるわ。一人でも二人でも殺す。死刑でもなんでもいいけど、憂さ晴らししなきゃ終われねえ」
長身は、カットラスを構えて人混みへ向けて走り出す。口々に悲鳴が上がり、野次馬の塊がもたもたと後退する。
させるかよ。
半身に剣を構える。剣を青く光らせて顔の横に上げ、長身の頭へまっすぐ向けた。
転んで逃げ損ねたおじさんとカットラスの距離が大人一人分くらいになったところで、長身は立ち止まりもがいた。
「ぐむっ――ゴボッ!」
顔が水に覆われた彼を見て、後を追おうとした糸目が尻餅をつく。
「え? あっ! ひえああ!」
地上で溺れた彼は、頭を振り手で払ってなんとか逃れようとしたが、水は掴めやしない。
膝をついたので一度解除してやる。
激しく咳き込みながらも再び立って走らんとするその気力だけは見上げたものだ。近付きながら術をかけ直した。
やがて彼は地面に伏して痙攣し始めた。
術を解除し、後ろに伸びた両足の裏に剣を突き立てると、鈍い声が上がった。
残る糸目を見ると、呆然と地面に座り込みダガーすら手放している。一応聞いておく。
「やるか?」
「やりません……」
三人の制圧は完了したと見て良いだろう。倒れた二人の身体を引き摺って広場の端に寄せた。
傷口に手を翳して流水で洗浄した後、水術の応用で冷やす。踏み潰した足は、ブーツを脱がすと爪が剥がれるだろうから、丸ごと氷で包んでやった。
「痛むだろうが、後で手当すれば治るはずだ」
糸目が頷く。二人は、意識はあるものの項垂れたまま反応しなかった。
ポーチから強力粘着テープを取り出して手足を封じ、広場入り口のアーチの根元にロープで括り付ける。糸目は無傷なのに逃げ出す様子もなくついてきて、縛られてくれた。
「後で君達も防衛統括に引き渡す。それぞれの罪への罰はそっちで判断してもらうから。逃げなかった君は、協力的に自首したと言い添えてあげるよ」
ロープに『罪人 捕縛中 逃すな』と書いた紙を貼る。万一協力者がいても怪我の痛みで逃げ出せないようにはしたが、こうする事で周りが見ていてくれるはずだ。
目立つ場所に晒し上げてしまう形になったのを申し訳なく思いつつ、それよりもメンバーが気掛かりだった。
今も集まってこちらに注目している群衆をかき分け、来た道を駆け足で戻る。大通りの人混みは不穏にざわざわとして、人と馬車が右往左往していた。
ログマとケインの二人を信じて、俺は裏通りへ戻ることにした。カルミアさんとウィルルは無事だろうか。
「退いて下さい!」
集まる人々を掻き分けて裏通りに入る。
テープで手足を縛られた男達がばらばらに転がっていた。傷の有無も姿勢も各々だが、たまに呻く以外は一様に静かにしている。
裏通りの中ほどに、フードの外れたウィルルがへたり込んでいた。
「ウィルル! 戻ったよ。さっきは無防備にしてごめん! 怪我はないか?」
振り向いた彼女の顔は涙に濡れていた。俺の顔を確認して、嗚咽が漏れる。それでもなんとか喋ってくれた。
「だい、じょうぶ。怪我してない。カルミアさんのおかげ。でも……」
でも、という単語に不安を覚え、今一度周囲を見回す。
少し奥に、カルミアさんが壁にもたれて座っていた。こちらに気づいて、顔を上げて微笑みかけてくれる。
「お疲れ様。とりあえず、皆縛っといたよ」
声を失った。
――彼の身につけたチェストプレートのすぐ下、革鎧の上腹部に穴が空き、そこから広範囲が赤黒く染まっていた。




