26章200話 カウンセリング -俺が悪い-
これを考える事に意味は無いな。現状としてそういう思考があると認識して、それに対処するだけだ。脳内をバタバタと整理しながら、次の質問に臨む。
「じゃあ、今度は家族の話を紐解きましょ。ケインさんとお話する前に、ご家族本人達に話したことはある? 自分の話を聞いて欲しい、理解して味方して欲しいってこと」
「それは、伝えました。色々、何回も。……でも殆ど伝わってないと思います。全く受け入れられなかったので。俺の言い方が下手だからかなと思いますが」
「受け入れられなかった、のところ。もう少し詳しく聞かせてください」
苦しいほどの動悸。だけどさっきとは違い、何故か言葉が湧き上がってくる。膝の上の拳を、震えるほどに強く握って吐き捨てた。
「……簡単に言えば、否定ですよ。伝えた事、全部。体調が悪いと言えば、戦士のくせに根性がないなと鼻で嗤われる。リンチに遭っていると相談した時は、隙を見せたお前が弱いと言われました。ため息をついただけで、偉そうに疲労アピールをするなと言われますし。口答えすると更に詰られて、仕舞いには殴る蹴るですからね。黙って聞くしかなくて、厄介でした」
「……それは……ご家族のうち誰の話?」
「あぁ失礼、今のは父の話です。でも母も、別の意味で話を聞いてくれない感じでした」
「どういう感じ……?」
「例えば、最近食欲がないと言うと、私の料理はそんなに不味い? と泣くんです。病院の薬物療法を完全否定で、休めばすぐ治る、薬は毒だって根拠もない考えを押し付けてくるのも面倒だった。あと、俺の顔色や体調、話したい事なんてお構いなしで、自分の愚痴を数時間語り続けるんですよ。同世代の活躍を俺と比べて、情報共有だって言いながら無理やり聞かせるのも不快でした」
「……聞きたくないからやめて、とは……言えませんでしたか」
「言った事はあります。そしたら母さん、号泣しちゃって。息子に話すら聞いて貰えないなんて、私はどうしてこんなに不幸なのーみたいな事を言ってました。ちょっと見てらんなかったし、必死で謝っても酷いと泣きながら責められ続けて、懲り懲りですよ。だからもう黙って聞くことにしました」
大きくため息をついて、両親への呆れと自分への失望を込めた苦笑を浮かべた。
「……あの人達は、俺じゃなくて『自分の息子』を見ていたいんだと思うんですよ。俺の話なんて、自分の親としての気持ちが満たされる内容以外は興味ない。俺に優しくするのは『息子に優しい親』をやりたくなった時。期待に背くと泣くか怒るかでこっちも疲れるんで、良い息子で在るようにしてました。まあ病気で見事に破綻したんですが」
話し始めたが最後、止まらなくなっている。遮られる事も否定される事もなく真剣に聞いて貰える、滅多にない機会に飛びついてしまったのだろう。
「ようやく聞いて貰えた、分かって貰えたと思ったら、更に反応が酷くなったんです。心の病を言い訳に甘えていると。死にたいなんて親不孝を口にする俺は、かつての強くて優しい息子ではないと。子育てを間違えた、期待外れだと……。妹なんか、特段仲良いワケでもなかったから、恥曝しは死ねとか言うんですよ。あははは」
なんで笑ってんだろうな。何も面白くないのに。俯いたままヘラヘラして、ミロナさんの反応なんて見れやしない。
「家族揃って俺を無視した時期もありましたね。始まるのも終わるのも気まぐれで、付き合わされるこっちの身にもなって欲しいですよ。他にも色々ありましたけど……今の俺への拒絶や嫌悪を、ひしひしと感じました。――まあ、家族も大変ですよね。俺が迷惑をかけたのは事実ですし、世話もして貰いましたから、仕方ないんですけどね」
一頻り吐き切ったからか、自分の中のいつもの思考回路が働き始めた。
「……あー……やっぱり、俺の話を受け入れて貰えないって言葉は違いましたね。俺が、ちゃんと伝えなかったんだ。振り返ってみれば、アレコレ理由をつけて、聞いてもらおうという努力が足りてないですもんね」
話し終えてようやく目を上げたら、深みのあるアッシュブラウンの瞳に射抜かれた。なんだか深刻な視線だった。俺は何かまずい事を――いや、話の是非は考えない、だったか。
彼女はその難しい顔で、声のトーンを変えずに言った。
「……幾つか、順に聞きたい事があります。まずは、自覚はあるかな? という質問です。――ルークさんの今までの話には、終わりに必ず『まあ、自分が悪いんだけど』という内容が付いていました。……気付いていますか」
あっと口元を抑えて苦笑いした。
「無自覚です! でも言われてみれば納得です。卑屈で良くないですよね。聞かされる側が困っちゃうから。癖になってるので気を付けます」
「良くないなんて言っていませんよ」
「えっ、すみません」
「……責めても、いませんよ」
じゃあなんだ? 良くないからやめろって話じゃないのか。彼女の表情は真剣なのに、当の俺は理解出来ずにきょとんとしている事がなんだか申し訳ない。
そのまま何も言われずに話が進んでしまう。
「――次に。ご家族がそういった態度になったのはいつからですか。ルークさんが兵団の事で悩んだり、病気が分かったりした頃からですか? それとも、ずっとそうでしたか」
内容が頭に入って来て、理解するまでの時間が妙に長かった。えー、あー、などと言いながら考えた末の回答は、自分でも意外な内容。
「……言われてみれば……そうですね、いつからかな……物心ついた時には既にあんな感じで……年々酷くなっていってたような気もしますね……?」
ミロナさんはサラサラとメモをした後、言葉を選ぶように言った。
「一緒に確認させて下さい。――ルークさんは、家族を味方だと信じていた。そうですね?」
自分の言葉を返されただけ。なのに、この流れで聞かれると、何か違うような……。それでも俺はこう答えた。
「……そうです」
「ですよね。だからこそ、辛い事を相談してみたり、逆に長い愚痴に付き合ってあげたりしたんですよね」
「…………はい……」
「でも……私が今の話を聞く限り、ご家族は各々自分の都合ばかりで、ルークさんへの思い遣りがあるようには思えませんでした。でもそれが全てじゃないんでしょう。味方だと信じていた理由があれば、教えてくれるかな」
なんだろう、理由も分からず泣きそうだ。凄くキツい。それでも中断を申し出なかったのは、苦痛以上の成果が目の前に見える気がしたからだと思う。
――限界ギリギリで紡いだ言葉。俺はこの時、初めて自分を、哀れだと思った。
「…………俺が『良い子』である限りは……心強い味方でしたから…………」
何かを誤魔化すように、俯いたまま早口で喋り続けた。後で思えば、この時の俺は、随分痛々しい顔をしていただろうと思う。
「父さんも母さんも、妹だって、良い人なんですよ。優しいし、尊敬できるし、安心させてもらう事だってある。楽しい思い出もあるし、苦労や喧嘩があっても一緒に生活してくれた。凹んだら叱咤してくれたし、頑張りたい事は応援してくれた。数日食事を抜かれたり、大事なものを捨てられたりすると辛かったけど、あれは俺が言う事を聞けない時の罰ですし。俺自身、金と手間をかけて育ててもらってる分際で生意気だったと思うから、納得してるって言うか。親として子供を立派に育てたいと思ってくれてたんだと思うし、親も人間だから、子供に期待したい事があるのも当たり前なんですよね。まあ要はごく普通なんですよ。むしろ、凄く恵まれた幸せな家庭で育ててもらったと思います。家族として一緒にいれば多少は愚痴や不満も出ますよね、さっきはそれを聞いてもらっただけです。俺、愚痴っぽい所があるので、良くないですよね。……そう、良くない……。結局は俺が……俺が病気になって……前向きに頑張れなくて……邪魔で、迷惑で……育ててもらった恩と期待を裏切ったのが、悪いんです――――」
ようやく言葉が途切れた時、再び過ぎった、時計台での煌めく景色。忘れられない、ケインの言葉。
『お互い、辛かったね』
どうして思い出してしまったんだろう。彼女に比べたら俺の家庭事情なんて、幸せそのものなのに。甘えてしまう――。
目の奥が熱くなって、涙が零れた。
「……それはそれとして、辛かったって気持ちは認めていいと……教えて貰ったんですけどね。都合の良い言葉に甘えて、この期に及んでワガママ言ってんですよ。全部俺が悪いのに……ぐずっ……すみません、みっともない」
俺の長すぎる独白を黙って聞き続けたミロナさんの、少しむちっとした手が、俺の手前を指した。
「そこにちり紙とゴミ箱があるでしょう? 想定内って事ですよ、うふふ。……泣くことは恥じゃないです。人は皆泣きますよ。特にここでは」
「あ……ははっ、気が利いてるなぁ……」
顔から溢れる見苦しさを拭う俺に、目の前のカウンセラーは言った。
「――ルークさん。きっと、貴方が自分の生きづらさを見つめ直すなら、家族との思い出が鍵になりますよ。……子供の頃からの、ね」
こんな感じですが、200話です。お付き合い頂いている方々がいらっしゃるなら、本当にありがとうございます。
仮にも異世界ファンタジーでカウンセリング回を続ける暴挙ですが、読者様もこういう感じの拙作に慣れて来て下さっている事を祈ります。祈るしかない。
長々と……なんて言いながら、物語の構成としては折り返しに入ったか入らないかという所でしょうか。
引き続き頑張ってまいりますので、可能な範囲で応援頂けると幸せです。
現実世界も冬ですね。皆様、くれぐれもウィンターブルーには気をつけて参りましょう。




