26章199話 カウンセリング -白黒思考-
ミロナさんの問いかけが続いていく。
「じゃあルークさんの悩みは、この会社以外での事なのかな」
目を逸らしつつ、言葉は正直に出した。
「……入社前の過去です。あー……もう少し正しく言えば、過去は過去として、それを引き摺る今の自分が一番の悩みです」
目線を戻せなかったが、聞こえるミロナさんの口調は柔らかいままだった。
「詳しく話せそう? 過去でも、悩みでも」
「……はい。病気になった経緯から、お話させて下さい」
大まかに浅く、過去を語った。時々、メモを取るミロナさんが掘り下げる質問をしてきたが、話はあっという間に終わった。
「引き摺ってる出来事は、大体こんな感じです。今の悩みは、自分の弱さと失敗を許せなくて、それに耐えるのが辛い事ですね。あとは人間不信までいかないくらいの、他人への不安。それと家族へのわだかまり、かな。病状の停滞に悩んでるのは前提として、絶対他にもあるんですが、上手く言葉になりません」
俺が話し終わった時、ミロナさんは尋ねた。
「言葉に出しやすい所から考えていこう。向き合う準備が出来てる部分だと思うの。どう?」
「なるほど。……それでお願いします」
彼女は優しい微笑みで頷く。意志を確認しながら並走してくれる雰囲気がありがたい。
「じゃあ、まず過去の話。辛い事でしょうに整理して話せてましたね」
「ずっと考えてましたから。……俺、ちょっと受け入れられないんですよ。だからせめて自分の糧にしなきゃと思って」
「うん……じゃあ、過去の出来事を受け入れる事は一旦置いておきます。あくまで悩みは今ですから、その為に振り返って活用しましょう」
少しほっとした。正直何を言われても受け入れられないと思うのだ。過去を肯定しろなんて言われたら無理難題だなと、少し身構えていた。
しかしそれでも、質問は俺を悩ませる。
「今、どう感じますか? 当時を振り返って他人に話してみたわけですが」
首を捻った。ウッズの話なんてロデュセン家でもしたばかりなのに、答えるのが難しい。
「……うーん。しんどいな、と」
「その『しんどい』という言葉に、色んな感情や思い出が詰め込まれているかも。他に何か、今感じる事、当時感じていた事、出てこない?」
頭に手を当てて考え、迷走した末に思い浮かんだのは、夏の終わり、時計台での思い出。
「――家族に関しては、もう少し話せるかも。以前ケインに聞いて貰った事があるので。えっと……俺は家族を味方だと信じていたので、病気や事情を理解されなかった事には……傷付きました。割り切れなくて、しんどいです」
と言った時、脳内でパズルがハマったような感覚があり、流れに任せて付け加えてみた。
「あっ……。兵団の元同僚達に対しての気持ちも、似てるかも。たった今思った事なので、自信はないですが」
「ぜひ詳しく話してみて下さい?」
「……それなりに関係を築いてきたと思っていた同僚が、次々と敵側に付いたワケですよ。理解して貰うどころか、兵団のための行動も、傷付いたのも病んだのも、全部俺の独り善がりだったと実感させられて……結構ダメージだったと思います」
ミロナさんは微笑み話しながらメモを続けていく。器用だなあ。
「うん、話せてますね。今回は今の、理解されなくて傷付いたという所を紐解いてみましょうか」
「……は、はい。お願いします」
恥を忍んで赤裸々に話しているのを、更に紐解けるのか。全裸を更に剥いたら、グロテスクなものしか出て来ないぞ……。疑問も不安もあったが、向き合うべく腹を括った。
「前の会社――あ、兵団て呼んでたかな?」
「はい。まあ『アミナペトラ兵団株式会社』なんでどちらでも」
「いや、呼び方は合わせたいなー」
何気ない確認の後の問いが、早速辛かった。
「――その兵団にはルークさんの辛い状況について、話を聞いてくれる人はいた?」
次々と浮かぶ、何人もの姿。かつて俺が、話を聞いてくれるのではないかと期待した人達。結果を元に一つ一つ掻き消すと、無数の針で刺すような寂しさだけが残った。
「…………いいえ。結果としては、居ません」
「そっか。一人で頑張ったんですね」
思わず馬鹿にしたような笑いが漏れて、ミロナさんが首を傾げる。
――正直に話せと言いましたね。こんな内容でも良いんですか?
「頑張ったなんて言わないで下さいよ。肯定して下さる気持ちは受け取りますけど、無意味な事を慰める理由にされても惨めなんです。そもそも俺は、早々に挫けて頑張る事すらロクに出来てない。……最悪ですよ。結果が物語ってる」
感情の読みにくい表情でペンを走らせ続けるミロナさんは、これを肯定も否定もせず、ただ尋ねてきた。
「……ふーむ。結果とは、何のことを言ってますか?」
「そりゃ全部でしょうよ……。誰も味方に付かなかったし、満足に抵抗できなかったし、逃げるような形で退社したし……」
「じゃあどんな結果だったら、貴方は頑張っていた事になる? 頑張った事に意味があると思えたかな?」
返答に詰まる。だが彼女は続けた。
「誰か味方についてくれたら良かったのかな。思い切り抵抗できてたら。退社せず耐え続けていたら。自分の頑張りを認められますか。最悪だと言わずに済みましたか」
言葉が出ない。ただ苦しい。
「…………分かり、ません。……いや……」
膝に爪を立てた。
「――認められません」
「そっか。そうだよね」
ミロナさんの声色は変わらない。穏やかに確実に、核心を突いてきた。
「……『結果』ありきで『過程』を見て、全否定していましたよ。極端に言えば、好ましい結果で終わりさえすれば、どんな酷い過程でも、貴方は自分を肯定出来たかも」
静かに息を呑む。言葉が届いていると判断したのだろう、彼女は俺と目を合わせた。
「そのような両極端な物の捉え方を『白黒思考』なんて呼びますね。白黒、勝敗、零か百か。自分に対して、判決を下している。これは、過去も今も、貴方を苦しめていると思うよ」
否定はしない。だけどそれを指摘されたことが不快に感じて、卑屈に返事をした。
「……そうですね。自滅してるって事ですか。俺はそういう思考だからダメなんですね」
苦笑された。
「今のもそうよ。正誤の二択で話を聞いている。貴方の思考は間違いだ! なんて言われたと感じて、苦しくなったでしょう」
なんだよ、見透かしてさ。顔を顰めた。
「……仰る通り過ぎて、しんどいです」
「あはは。受け入れようとしているからじゃないかしら。その姿勢には大賛成ですよ。でも、反論があれば遠慮なく聞かせて頂戴ね」
「はい……」
「思考のクセはすぐに無くせない。まずは、考えていて苦しいなと思った時に、白黒になってないかなって思い出して見て下さい。そうやって少しずつ、自覚と調整をしましょう。追い詰められるような気持ちが楽になると思うよ」
むむ……。白黒思考はバツ、話を受け入れる姿勢はマル。確かに俺は、現在進行形でジャッジをし続けている。
結果は酷くても当時の全力で頑張っていたとか、受け入れる姿勢と反論する事は両立するとか、理屈は分かるのに。他人を白黒で見ているつもりもないし、本当は出来るはずなんだよな。
――俺はいつから、こんな思考を……?




