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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第5部 雪の下で芽吹けるか

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202/220

25章193話 敵を捉え直して



 ゼアナクス様はいつの間にか取り出していた手帳に高速でペンを走らせながら、淡々と話を整理していった。


「ルークさんの話を全て真とすると、ウッズ氏の所業しょぎょうは、権力者のワガママとして見過ごされる範囲を大きく逸脱した犯罪だ。正当に調べれば、余罪も枚挙まいきょにいとまがない事だろう。にも関わらず、彼は今も罰を受けずロハ市を私物化する事を可能にしている。幾重いくえもの裏工作があると考えて良い」


 彼のペンは少し止まった後、波線と丸を描いたように見えた。


「具体的な方策は現時点で不明だが、徹底的な加害の手口は、ウッズ氏が『手札を用意し徒党を組む力』にいちじるしく秀でている事を示唆しさしている。彼はその力を、自分の悦楽えつらくのために遺憾いかん無く発揮し振りかざす。これが彼を脅威たらしめる」



 驚いて尋ねた。


「今の話だけでそんなに分かったと言うのですか……?」


「その表現は適切でない。個人の主観で語られた話を根拠に、常識や通説、僕個人の経験と知見を加え、仮説を述べたまで。参考程度で頼むよ」


「ああ……いや、それでも凄いです。本当に」



 今語られた『仮説』はウッズという敵を正しく捉えている気がした。完全に無関係の立ち位置にある研究者に、視野を広げて貰えたのだ。これだけでも来た意味があるくらいだ。


 ……しかし同時に、俺が無意識のうちに思考停止していた事に気付いた。田舎特有の閉鎖的かつ濃密なコミュニティと文化が自分の不利に働いているだけだと思い込み、その裏にあるものを見逃していた。



 故郷の人々は、上下左右の力関係に敏感で、馴れ合いと結託けったくを重んじ、安寧あんねいを乱すはみ出し者は協力して排除しようとするのが普通。それが文化であり処世術しょせいじゅつ。だから力を持つウッズの身勝手も、はみ出した俺の排斥はいせきも、仕方なかったのだと思っていた。



 待て……仕方なかったって? 俺にはこの理不尽な顛末てんまつに納得する心があったのか。そんなんじゃあいつに立ち向かえる訳がない。当時負けたのは必然だったのか――。



 不意に掘り当ててしまった絶望の源泉。凍りつきかけたのを苦々しい笑顔で誤魔化す。


「……全てを見通す慧眼けいがんに感服致しました。事の背景も、彼の力も、自分の身の程も、何も分かっていなかった俺の愚かさが憎い」


 ゼアナクス様は不思議そうに首を傾げた。


「うん? それは本質からズレるな。仮に貴方が愚かであろうと、今の貴方が憎むべきはそれにつけ込み加害し続けるウッズ氏であり、考えるべきは対応策だ」


「ぐ……これまた仰る通り……」


 畜生、本当に頭が良いな。その通りだ、過去に絶望し直したところで何になる。



 彼は、通った鼻筋を触りながら気になる事を言った。


「まあ、敢えて僕個人の妄想を話すなら……貴方が無知だったからこそウッズ氏の怨敵おんてきとなり得たのだと思うがね」


「……え」


 興味を示した俺を見て、彼は続けてくれた。


「彼にとって、完璧に作り上げた筈の安全圏の中で突然立ちはだかり異を唱え続けたルークさんは、理解の及ばぬアウトサイダー。不快な邪魔者として憎むと同時に、恐れているのだと考察した」


「恐れ、ですか……」


「ああ。そうでなければ、ロハから追い出したルークさんの生活をおびやかし続ける理由がない。貴方が怖くて放っておけないのだよ、彼は」


 真偽の程はともかく、これまた新しい視点だ。納得と感心を込めた相槌が、隣のガノンさんと被った。



 ゼアナクス様は俺達の反応に優しい微笑みを返し、改めて手帳をめくりながら言った。


「状況を総括して、僕から落とし所を提示させて貰おうかな」


 皆の期待の視線を一身に受けるゼアナクス様が、俺を真っ直ぐに見つめる。



「結論から言おう。やはりルークさんには、僕達の要望を検討願いたい。――先程『不充分』と述べたのは、両親と僕、三名の協力を想定したからだ。しかしアピラの力が加わるなら、ウッズ氏に対する高い牽制けんせい効果が見込める。その協力体制の構築を目標とし、まずは力を合わせてアピラの再起に挑もうという提案だ」


 彼の隣のお父様もうむ、と頷く。詳細を促すまでもなく、話が続いた。


「アピラは広く深い交友関係を持つ人気者だった。加えて、場の空気を操ることにけ、頭の回転も良い。だが、今の彼女は自分の力を発揮しにくい状態にある。その解決に君達が協力した場合、我が一家及び、アピラ自身が恩義を感じる。つまり、ゼフキ近辺の貴族社会において強みを持つ彼女が、信頼度の高い味方となる」


 彼はイタズラっぽく口の端を上げて見せた。


「そもそも貴族とて馬鹿ではない、ウッズ氏の言動に透ける鬼畜の性根に迎合げいごうする者が多いとは考え難い。そこでアピラが敵に回れば、彼の裏工作は非常に難しくなる。話の説得力、築いた信頼関係、立場と権力、全てにおいて劣るのだから。――悪い話ではないと思う」



 確かに頼もしいだろう。だが俺はこういう時、リスクを無視出来ず慎重になってしまう。


「本当に、願ってもない話です……けど……今の時期は特に……」


「時期か……。生憎あいにくだが、僕達はなるべく早い方が良い。本調子でないアピラを衆目しゅうもくに曝したくないのだ。復帰の初動、第一印象を大事にしたい」


「そう、ですよね……納得出来ます。しかし私達には、冬季の不調による自死まで想定されるのですよ……」


「……それは確かに、無視出来ないな」


 腕を硬く組んで身を縮めた。皆の覇気のない表情、上司達の暗い雰囲気、静かに荒れていく社屋、昼の喧嘩。どうしても良い想像が出来ない。そもそも、俺の個人的な問題で迷惑をかけないのが目的だったのに、そのために皆を巻き込んでは本末転倒だろ。いや、もう俺個人の問題ではないのか――?



 業を煮やしたらしいエバッソさんが、明るく強引に話を動かした。


「やりましょう! 他に手はない」

「ちょっ――!」



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