24章186話 前進を武器の形に
病院を出て、大きな書店に向かう。今日はどれかを選んで買おうと元々決めていたので、具体的なお勧めを貰えて助かった。
手に取ったのは、俺の病気について詳しく書かれた分厚いものが一冊、薬の解説が簡潔にまとまったものが一冊。そして『辛い思い出との向き合い方』みたいな小っ恥ずかしい題名で、読みやすいですよと言わんばかりの大きめの文字が癪に障るものが一冊。
生まれてこの方勉強が嫌いな俺が、戦闘と娯楽以外の本を自主的に買いに来る事になるとはな……。妙な感慨深さを感じながら会計を済ませた。
症状か甘えかと悩んだ末に自責する。体調と薬の相関が分からず調整できない。頓珍漢な努力で逆に首を絞める。――こんな無為な停滞は、知識と理解で抜け出してやるんだ。
リュックに詰めて書店を出たが、まだ帰らない。もう一つ用事がある。
着いたのは、長剣の手入れで世話になっている個人経営の武器商店。注文しておいたものを受け取るのだ。
無愛想な職人兼店主の爺さんは、俺の顔を見るなり奥に引っ込んだ。そしてすぐに、布で包まれた商品を持ってきて会計台に差し出す。ボソリとした言葉を注意深く聞き取った。
「この場で確認してくれ。調整があれば承る」
「はい」
布を捲って現れたのは短剣。藍染の皮の鞘は、長剣と揃えようと言う爺さんの粋な提案だ。
年甲斐もないワクワクを抑えて、鞘から抜く。扱い易そうな軽さが手に馴染み、スリムな刃が綺麗だった。装飾や模様は爺さん任せだが、派手すぎないシックなデザインが一目で気に入った。
鍔に埋め込まれたアクアマリンとムーンストーンは、水属性と光属性の媒介をサポートする役割。術士の杖として用いても差し支えないくらい大きめのものを使ってもらった。
「ありがとうございます。最高です」
「……うん」
店主の爺さんは、僅かに口の端を上げて俺の笑顔に応えてくれた。
腰元のベルトに提げて貰って、店を出た。剣を買ったのは二十歳の成人時以来か? あの時は親の意見も入ってたし、自分で好き放題に注文したのは初めてという事になる。高揚感で、会社へと帰る足取りが軽かった。
俺に短剣術の心得はない。御守り程度の護身用サブウェポンだ。
動機はもちろん、今回の騒動。小回りが利く武器や精霊術が必要だと感じる場面が多かった。それに酒場の様子を見て、帝都の戦士として生きるなら揉め事を想定して自衛すべきだと思ったのだ。……派手に暴れ、これから報道される予定である今は、特に。
結構金をかけたが、あの仕上がりを見たら、剣に金をかけて後悔することはないと思ってしまう。数少ない趣味だと思えば、いいかなぁ。
……初めて自分自身へ贈る、誕生日プレゼントだしな。
増えた薬と本を背負い、腰元に短剣を携えて、いつもの河沿いの道を会社へと進んでいく。新しい『武器』達の重みが、単純な俺の気持ちを引き締め持ち上げる。
今日の一連の買い物は、今年からは家族に誕生日を祝われる事がないと気付いた事がきっかけだ。もう歳を重ねて喜ぶ年齢ではないが、この機に自分で自分を応援してみようと思い付いた。良い意味で俺らしくない発想に、自分で驚いた。
それを形に残そうと思い、懸命に自問自答して、欲しいかも知れない……? と思った物を買ってみた。体調の悪化に備えて貯金すべきだとか、他に買うべきものがあるとか、文句はいくらでも浮かぶ。でも少なくとも今の俺は、買って良かったと思ってる。
ふと、足を止めた。
俺の歩く道の横を、絶えず静かに流れる河。頬に感じるのは、冷たい冬の空気。
刻一刻と確実に過ぎ去って行く時間を感じながら、言い聞かせるように、呟いた。
「分からない、立ち向かえない……なんて、いつまでも言ってられないよな」
約三年。随分と多くの貴重な日々を見送ったものだと思う。その上、どうやら未だ序の口だ。でもだからこそ、失ったものを数えている時間はないのだ。
前を向いて姿勢を正し、再び歩き出す。
いつか何かが、変えられるかも知れないから。――そう思わせてくれた仲間達に、俺も何かを与えられるかも知れないから。
俺は、二十七歳になった。
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第四部 完
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………もう少しだけおまけが続きます
【御礼】
第4部24章までお読み頂いた読者様に、心より御礼申し上げます。
とにかく『人間』を詳細に描く必要がある話でした。作者が悩んだ意味はあると言えるものを公開できている事を祈ります。
【お願い】
なろう様ではすっかり埋もれたまま長編となってきた拙作。この機に拙作への☆評価とブクマ登録をご検討頂きたく、お願いを申し上げます。
【次話予告】
追加で4話、ルーク以外の4人それぞれの視点で送る第4部サイドストーリーをおまけとして公開いたします。
需要の有無は不明ですが、作者の意地と根性と遊び心を、緩く楽しんで頂ければ嬉しいです。
第5部予告はサイドストーリー最終話後書きにて。
拙作にお時間を頂いた皆様の幸せを心より願っています。無理のない範囲でお付き合いのほど、何卒宜しくお願い申し上げます。




