23章176話 決着は舞台裏にて
舞台裏に残されたのは俺とウィルルとカルミアさん。そしてマティレートだ。
離れた所でマティレートの見張りを続けるカルミアさんの様子が、どうにも気にかかる。彼は先程から殆ど喋らず表情も固いまま。何か難しくて重いことを解決すべく考え込んでいる気がするのだ。……また、たった一人で。
いつどんな声を掛けたものかと思案しているうちに、カルミアさんが動き出した。彼は、横たわるマティレートの身体の左側に腰を下ろす。重い鎧の音が妙に響いた。
話しかけたのはカルミアさんからに見えた。音量の小さな会話を聞き取るため、耳に集中する。
「――で、まだ諦めてくれないの?」
マティレートが濁った声で返す。
「当然だろ……。俺はお前らを許さない。絶対に殺す。どれだけかかっても、どんな手を使ってもだ」
向けられた強い怨嗟に気持ちが沈む。この恨みの連鎖を断ち切るには、これ以上どうしたらいいと言うのだろう――。
カルミアさんは少し黙って考え込んだ後、大きなため息をついた。
「……だよねぇ。困るなぁ。どうしたもんか」
「どうもこうも――ははっ、へえ……。お前はちょっと他と違うみたいだな?」
「あぁそう見える? ついでに俺の気持ちも分かってくれたらいいのにねえ」
「知るか。気持ちなんざ今はどうでもいい。やるかやらないか、それだけの話だ」
マティレートは力なくせせら笑う。
「殺せよ。それしかないぜ。――お前らに出来るかな? たかが命一つで大騒ぎすんのが表社会だもんなァ? ハハハ……! 精々悩んで足掻け。滑稽で面白ぇからよ……」
カルミアさんは何も言わなかった。多くを語らない彼の様子が、俺の心を不安感で掻き回す。
緊張感のある沈黙が続く。やがてカルミアさんは今一度ため息をついて、低い声で言った。
「殺さないよ。でもこのまま放っておいてやる気もない。滑稽に足掻くことにしようか」
マティレートの返事はない。だが俺の方が黙っていられず、掠れた声を張った。
「待てよカルミアさん! あんたが傷付くような事をするんじゃないだろうな! 俺はそんなの絶対反対だぞ!」
大声に驚いたカルミアさんが俺の方を振り向く。穏やかな雰囲気で微笑み、優しい声を返してくれた。
「大丈夫だよ。ルークはいつも大袈裟なんだから。でも、ありがとうね」
そして、黙らされた。
「――俺を信じて、任せてくれないか」
唇を強く噛み、拳を握った。そんな言葉、狡いだろう。
沈黙し項垂れた俺の態度は、了承したも同然。カルミアさんは再びマティレートへと向き合う。
彼の声からは、厳しさと頼もしさが同時に感じられた。
「今からお前に呪いを授けるよ。効果は今後のお前次第。――お前がこれに抗って殺しに来れたなら、その時は俺が相手してやる」
聞き取り、見守れたのはここまでだ。俺のすぐ近くに座るウィルルが鼻をすすってしゃくり上げる音が聞こえ始めたからだ。
様子を確認したら、悲しげに目を伏せ、膝を抱いて泣いていた。嗚咽を噛み殺す様が痛々しくてならない。さっきはあんなに前向きで嬉しそうだったのに。
カルミアさんの事も、ウィルルの事も気にかかる。逡巡する中で、カルミアさんが『任せろ』と言った意味を改めて考え、今はウィルルに寄り添うことが俺の仕事なのだろうと判断した。
未だに痺れる手を伸ばし、ウィルルの足先をとんとんと叩いて呼び掛けた。
「大丈夫か? どうしたの」
ウィルルは俺の表情をちらっと確認する。そのまま無言でにじり寄ってきて、俺の背中に突っ伏した。漏れ始めた小さな嗚咽と、上がった体温が伝わってくる。
しばらくされるがままにしていると、やがて苦しい声が聞こえた。
「ルーク……ごめんなさい。泣いちゃうのが止められないの……」
「いいよ、謝ることじゃない。我慢しないで。でも良かったら、泣いてる理由を話してくれたら嬉しいな」
「……聞いてくれるの? 面倒くさくない?」
「もちろん」
ウィルルの泣き声は、抑えていた反動のように大きくなった。
「エスタが……何にも話してくれなくなっちゃったよぉ……!」
はっとした。色々あり過ぎて、その事に触れないままだった。彼女が動揺を隠し気丈に振舞って見せていたのは、ごたついた周囲への健気な気遣いに他ならない。
ウィルルはひっぐ、としゃくりあげた。
「きっと、統合が進んだんだよね。私は強くなったんだよね。さっき戦った時、エスタの力を私が使えてる感覚があったの。これからも自分で頑張ろうってちゃんと思えてるよ――」
一瞬嗚咽を殺すように呻き、続ける。
「お母さんがね……私は長く生きれる分、大切にし合える人を見つけていける筈だって、いつも言ってたの。……ようやく見つけられた皆のことを、私でも守れるかもって、今日やっと思えて……。凄く嬉しいよ……でも――」
彼女の声は溢れる涙によって震えた。
「でもっ……やっぱり寂しいの。……ずっと私を守ってくれてた大事な人が、これで二人ともいなくなっちゃった。寂しいよう……寂しいよう……! うぅえええ――」
言葉に詰まった。ウィルルのまっすぐな言葉はどうにも俺の涙腺を刺激する。
両親共に健在な俺には、まだ彼女の心情を理解し切れないだろう。それでも、頼りにしてくれたことに応えたい。分からないなりに、寄り添って力になりたい――。
身を捩り、彼女の背にぽんぽんと手を当てた。
「寂しいな……。心細いし、不安になるよな。でも俺、ウィルルはこの先も孤独にはならないと思うんだ」
「……ううっ……そう? なんで……?」
「これからは今まで以上に自分の力で生きていくことになるよな。その中で、お母さんとエスタがくれた言葉や思い出が活きる場面が絶対にある。そういう時、自分の中に彼らが一緒にいるって感じられるんじゃないか」
少しの間の後、ウィルルが伏せた身体をばっと起こした。
「あ……! さっき短剣で戦った時……! お話できないけど、エスタが内側から力を貸してくれてるような気がした……!」
「そうか。きっとエスタが、一緒に頑張るって実感をプレゼントしてくれたんだな」
「……そうなのかも……うう……!」
「寂しくても一人じゃないよ。お母さんとエスタは、ずっと傍でウィルルに力を貸してくれるからさ。もちろん、会社の皆も、俺もだ。……皆の力を借りながら、頑張っていこう」
素直なウィルルは俺の言葉を受け入れてくれたようだ。息を詰まらせた後、再び俺の背に伏せて大声で泣き出した。
やがてウィルルは今一度顔を持ち上げる。そして、どこかを見上げて呼びかけた。
「お母さぁん……エスタぁ……! ずっと、たくさん、ありがとう! 私、頑張るね……! うっ、うう…………さようなら……! うわあああん――――」
三年前に亡くなった筈のお母さん。でもお別れを言えたのはこれが初めてなのだろうと、なんとなく分かった。
表舞台から漏れる光が照らし出す、雑多に散らかった広い舞台裏。人目の届かぬ薄暗闇の中に、ウィルルのか細く切ない嗚咽が、しばらくこだましていた。




