23章174話 友の貸してくれた力
土下座状態からようやく顔を上げてくれたケインが話し出す。
「梁から降りて来て、皆にログマの懸念を説明してたら、メイン会場の入口からログマが歩いて来たの……」
「ええ、なんでそっちから……? じゃあ、そこのデカい血溜まりは何……?」
俺の疑問に、ログマが面倒そうに答えた。
「戦闘になってすぐ二発貰ったから、その時の血だな。仕掛けて来た三人は全員叩きのめしたが、逃げるのを追ったりするうちに会場入口の方へ回り込んでたんだ」
言われて良くみれば、彼の腿と腹には弾痕と流血の跡があった。……とても無事とは言えない。改めて背筋が寒くなった。
ケインが話を続けた。
「怪我と消耗が酷かったから、慌てて回復したりしてたんだけど……」
彼女の言葉が詰まり、涙声に変わる。
「ルルちゃんが突然『ケインちゃんの短剣貸して』って泣き出したの。短剣を渡したら全速力でいなくなるから……追いかけたら、こうなってた」
「なるほど。ウィルルは丸腰だった筈なのにと思ってたんだよ。ケインの短剣でウィルルが助けてくれたってことか。ありがたい話だ」
「うん……でも…………私のせいで」
「えっ?」
俯く彼女の栗毛の陰から、涙の雫が落ちた。
「私のせいで――ルルちゃんが、人を傷つけなきゃいけなくなった……」
皆の雰囲気が少し暗くなる。遠くの騒々しさにも掻き消されそうな声で、ケインは続けた。
「誰よりも思いやりがあって、だから防御と回復を一生懸命勉強して……。そんな優しいルルちゃんが人を傷付けて罪悪感を背負う流れを、私が作った。ごめん……ごめんなさい……」
狼狽えてしまった。俺のせいだよと自責の応酬を仕掛けても無為だし、励ます言葉も浮かばない。
俺の左手の傷を最大限癒したウィルルもまた、言葉に困って忙しなく身動ぎしていた。
しかし彼女が、自分のことで涙する唯一無二の親友を放ったままにする訳がなかった。
「ケインちゃん。泣かなくて、いいんだよ?」
「あっ……ごめんね。気を遣わせた。ぐすっ……ごめん」
「ううん! 違うよ! えっと、私ね……皆と一緒に戦えたって思えたのは今日が初めてなんだ。だからとっても嬉しいの」
ケインが俯いた顔を上げる。
「え? 今まで何度も一緒に戦闘してきたのに……?」
「あっ、う、うん! でも私、攻撃は皆に任せきりで最後衛にいるでしょう。それはヒーラーだからだけど……敵に立ち向かって傷付けることから逃げたくて、皆に押し付けてるって気持ちも、ずっとあったんだぁ……」
俯き、指を寄り合わせるウィルル。
「確かに、私が自分の意志で人を傷付けたのは初めて。……今まではエスタに頼ってたから……。罪悪感で、もやもや? してる」
寄り合わせた両手がきゅっと握られる。
「でもね。この会社で皆の戦いを見てて、傷付けられないために、傷付けなきゃいけないこともあるよなぁって学んだんだ。だから、納得はしてるの」
ウィルルから、いつもの自己否定が語られる。だが今回はそれに抗う言葉が続いたのが、俺には新鮮に感じられた。
「私はいつも、傷付けられて泣くだけ。傷付けるのも怖いからって、ずっとやられっぱなしだった。……立ち向かう方法を考えていれば、今までのつらいことも少しは違ったかも知れないって、思い始めた。……悔しくなった」
俯いていた彼女は顔を上げ、ケインを見つめた。細く高い声が、力強い芯を持つ。
「でも今回だけは、泣いて逃げてやられっぱなしじゃ居られないと思ったの。大事な皆との生活だけは、絶対守りたいから。私を皆から引き離したいヒュドラーさんとは、戦うしかない。――そういう覚悟をしたんだ!」
言い切った後、肩を落とす。
「……でもさっきルークのピンチに気付いた時、攻撃の精霊術は全然習得してないって今更気付いて……皆に伝えて頼る言葉もまとまらなくて、すっごくあたふたしちゃった」
血に汚れてしまった華奢な手が、同じ赤に濡れた短剣を差し出す。ウィルルはそこに、可憐な笑顔を添えた。
「だから、ケインちゃんのお陰なの。慌てた私の下手なお願いを聞いて、信じて、短剣を貸してくれたから、戦えたんだよ。立ち向かいたい時に頑張れたの。――ごめんなんて言わないで。力を貸してくれてありがとうなんだよ」
短剣を受け取ったケインが嗚咽を漏らす。そして、深い親愛の滲む苦しい声で返事を紡いだ。
「……やっぱり、ルルちゃんは優しいよ。とっても……強い人だよ……。この戦いに決着を付けてくれて、本当にありがとう。これからも一緒に、力を合わせて頑張ろうね……」
自分の言葉がケインに届いたと分かったのだろう、ウィルルは気が抜けたような声で笑った。
「えへへ……! うん! 一緒! 嬉しい。頑張ってよかった。幸せだなあ」
ウィルルは心底嬉しそうに身体を弾ませる。大好きな仲間と肩を並べ、その力になれた喜びが、全身から溢れ出ていた。
……確かにケインの気持ちも分かるな。ウィルルには手を汚させたくなかったと思ってしまう。この経験が彼女の糧になっている以上、エゴなんだけれど。
布で短剣の血脂を拭いながら、尚も涙の止まらないケイン。彼女自身も皆も困り始めた時、流れを変えたのはダンカムさんの厳しい声だった。
「――あのねえ、ログマ」
「……なんだ?」
「一番反省しなきゃいけないのは君だよ」




