23章173話 『ウィルル』の戦い
幻覚でも見ているのか。ウィルルが敵意を剥き出し、単身で近接戦を仕掛けている。とても信じ難い。いや、今はエスタなのか……? 表情が見えないし、先程の叫び声だけではどちらとも取れる。
跪いた姿勢のマティレートが修羅の形相で腰元の銃へ手を伸ばす。防具を身に付けていないウィルルは、防御の姿勢もシールドも用意せず短剣を握り直しただけ。身体は微かに震えている。
意識が朦朧とした俺でも、ウィルルに命の危険が迫っていることだけは強く認識できた。やめろ……! 止めたくても、痺れた身体は動かず、喉からは掠れた音が出るだけ。
しかし俺の霞んだ目に映ったのは、ますます幻覚を疑いたくなるような光景だった。
マティレートが素早くホルスターから銃を抜き即座に撃つ。ウィルルはひらりと斜め前へ跳び、銃弾で肩を掠めるに留めた。
そのまま疾駆した彼女は、足元を狙った二発目の銃撃を踊るように跳ねて躱し、一瞬沈む。次の瞬間には懐に入って胸から肩へと斬り上げていた。
数歩不規則に跳び退いて反撃に備えた様子のウィルル。だがマティレートは、負傷に顔を顰めるばかりで殆ど対応できていない。
「……調子乗んなよバカメスが!」
苦し紛れの悪態と共にポケットから取り出したのは、折り畳み式のナイフ。幾つ目の武器だろうか。
マティレートは辛うじて立ち上がり、中腰の姿勢でウィルルへとナイフを突き出した。彼女は半身で躱して振り向きながら跪き、奴の脇腹にトスッと刃を埋めた。流れるように速く不自然な動きだった。
意識が少しはっきりしてくると共に、思い出してきた。エスタだ。あれはエスタの、速さで圧倒する戦い方。
しかし、春に俺が彼と対峙した時とは違う。より自由で柔軟だ。緩急が大きく、妙な遊びもある動きから繰り出される攻撃は予測不能だ。
――まるでウィルルとエスタが、文字通り一つになったような戦い方ではないか?
彼女がこちらを向いて跪いたことで俺にも顔が見えた。恐怖に歪み、涙でびしょびしょの、がむしゃらで不器用な面構え。肝は据わらない。心も揺れっぱなし。それでも仲間のために勇気と力を振り絞る。――ウィルルの顔だ。
ウィルルはマティレートの脇腹を裂きながら短剣を引き抜く。流石の彼も、再度血を吐きながら床に倒れ伏した。
倒れたマティレートに反撃の様子がないことを確認したウィルルは、猛スピードで駆け寄ってきた。そして、倒れたままの俺の肩を揺すって泣き叫ぶ。
「うわあああん! やだあ! ルーク! 死んじゃやだあぁ!」
まだ死んでいないと彼女も分かっているだろうが、それでも、仲間が絞め落とされるのを見たら怖いよな。痺れて痙攣する身体で必死に息を吸い、笑顔を持ち上げて見せた。
「ヒュッ――いぎ……げほ、生きてるよ……。気付いて、助げてくれで、ありがど……」
「あっあっ……! うっ、ふええええ……!」
まだ喉が潰れたような感覚が残っている。一度思い切り咳き込んで誤魔化した後、大量の血反吐を吐くマティレートを顎で差し示した。
「……傷がかなり深そうだ。俺はウィルルに、あんな奴の死を背負って欲しくない。充分弱ったと思うから、少しだけ回復してやって」
「あ……うん。でも、ルーク……」
「俺のこれは、多分麻痺毒を食らったんだ。動けないけど、死にはしないと思う。安心して」
「う……分かった」
ウィルルはマティレートへ駆け寄り、深い傷を速やかに癒した。彼はやがて血反吐を吐かなくなり、ぐったりと倒れて荒い息をするだけになった。
慌ただしく戻ってきた彼女は、ナイフで貫通された左手の治療を始めてくれた。流石ヒーラー、怪我を見落とさない。濁った小声で礼を言った。
遠くから通る声がした。
「ルルちゃ――えっ? ルーク! うあああ……! 私のせいだ、ごめん……!」
半泣きのケインに続き、足音が集まって来る。皆揃って来てくれたようだ。口々に心配して貰ったが聞き流してしまった。俺のことは今どうでもいいのだ。
「ロ、ログマが……。ログマが、居場所も安否も、分からないんだ……! 俺、もう、どうしていいか――」
震える声で訴えたが、妙な沈黙が流れた。やがて反応を返してくれたのは、低くてダルそうな声。
「ここにいるが」
「……え?」
腕に力を入れて首を持ち上げると、皆の困惑と呆れ、少し何かを非難するような表情が見えた。その目線は一人に集まっている。
――負傷は見えるが、そこに生きて立っているのは、紛れもなくログマだ。
脱力し、涙と泣き言が吹き出る。
「よっ……よかったあぁ……! 本当に殺されちゃったと思って、俺は、もう……! いっそ逆に、なんでいるんだよ馬鹿野郎……!」
「失礼な奴だな。勝手に殺して馬鹿呼ばわりしてんなよ」
「ぐす……だって、お前の死体があるって、騙されてぇ……酷い目に遭ったんだぞ……。文句くらい言わせろよ……!」
「はあ? 馬鹿野郎はそっちじゃねえか」
「ほんとだな……へへ、ははは……」
俺が床に伏せてるからだろう、ケインが土下座して謝ってきた。
「ルーク、ほんっとうにごめん。私が焦って先行させたせいで、危険な目に遭わせた……」
「謝らないで。まんまとやられた俺のミスだ。でも、何があったのか教えてくれよ」




