23章172話 追い詰められて
いつからここに居なかったんだ? この血溜まりは敵のものだよな? いや誰のものにせよ戦闘はあったんだ、その後でログマが移動して姿を消す理由なんてあるか?
「――ログマああぁ! どこにいる! 声でも術でもいい、返事しろぉ!」
動揺のままに大声を張っても返事はない。血痕を辿ろうにもすぐに途切れている。
精霊術で探知――いや、何属性で? 事件の時と違って、殺伐とした雰囲気に満ちた会場では闇属性の反応が多過ぎるだろう。風属性は屋内で使うには不適。地属性は地下で使うには不適。他に人を探る方法は俺には思いつかない。
走り回って探すしかないのか。なんにせよ皆への共有が先か。皆で策を出して手分けした方がいいよな。
大ダメージに備えようとした頭が、無惨な亡骸を勝手に想像しやがった。強すぎる不安と恐怖。戦闘体制の心身が怯んで、いつもの俺に戻ってしまった。
「俺のゴミクズ……! 死ね……!」
彼の実力に胡座をかいた、リーダーとしての監督不行き届きでしかない。皆から姿が見えない場所に一人で居させるべきじゃなかったんだ。
……反省や自責は今じゃない! 一刻も早く見つけるんだ!
踵を返して舞台の表を目指して走り出す。その足はすぐに止められる事になった。
目の前に銃を二丁構えたマティレートが立ち塞がったのだ。
「ぐっ……!」
さっきとは逆、余裕がないのは俺の方だ。切羽詰まった俺の顔を見て心底嬉しそうに嗤うマティレートに、肩で息をしながら怒鳴る。
「……仲間をどこへやった? 答えろ!」
奴はへらへらと意地の悪い返答をする。
「えー、どんな奴ぅ?」
「チッ……銀髪で背の高い男だよ!」
「あーあー。お前と一緒に『ご挨拶』に来やがったクソ生意気そうな奴な。教えてもいいが、もう少し勿体ぶりたいな。お話しようぜ?」
「ふざけんな……いいから答えろ!」
「やだね」
奴は笑うのをやめて鋭く睨んだ。強い怒りと恨み、殺意が露わになる。
「あの女がお前らにとって何だか知らねぇが、俺にとっちゃただの商品だ。売られるだけの存在に、逃げ出すなんて舐めた真似されたら腹立って仕方ないだろ? だから回収しに行ったんだわ。大人しく諦めろってんだよ」
「勝手なことをほざくな! どれだけ彼女が傷付いたか! 腹立ってんのはこっちだよ!」
「はいはい。だから、俺の積み上げたもんブチ壊してまで取り返しに来てくれたんだもんな? 往生際の悪ぃことで。ご丁寧に防衛戦士団まで連れてきてなぁ。こんな屈辱、絶対に許せねえ。こっちは全てお終いだってのに、ただ殺すだけなんて生温い。少しは楽しませてもらわねえと」
「ああもう、お前の話ばっかり……! 力づくで聞き出してやろうか!」
剣を構えて数歩迫った俺を、奴は口元だけ歪めて嘲笑った。
「ははっ、こわー。でもさっきに比べたら全然だ。やっぱり表社会の奴は弱い。人の死に振り回されすぎなんだよ」
「……はっ……お前は、人間関係なんて築ける奴じゃねえもんな。大事な人なんていないんだろ。だから――」
「大事な人ねぇ。誰一人殺させないって言ってたのにね。自信があったんだろーなぁ」
奴の言葉尻に、情けないくらい心が揺れる。なんだよさっきから。まるでログマが、もう――。あまりに苦しくて、濁った声しか出ない。
「ぐ、うう……! 彼が生きてるってことだけでも……教えろよ……」
「ハハッ、なんだってェ? 聞こえないな!」
「くそ……! 仲間は……ログマは、生きてるんだよな? 教えて、くれよ……!」
「――死んだよ。殺した」
マティレートの掌の上で震える俺は、呆気なくトドメを刺された。やっと吸えた空気は、必死の現実逃避となって次々と吐き出された。
「う……嘘だ。お前ら程度の三下がどうやってあんな強い奴を殺すんだよ? 遺体はどこだよ? 証拠を出せよ、生きてるんだろ、なあ、なあ……!」
「ギャッハハハハハハ! 最高だよ! 期待以上の甘ちゃんだ、いいねぇ、そうでなくっちゃな! ――あぁ証拠だっけ? 後ろにずっと『ある』ぜ、よく見てみろよ! やっと会えて良かったなァ!」
バッと振り返り見回す。
その首をぐんっと引かれた。
「がっ……!」
反射的に剣を取り落とし首に手を伸ばすと、太い縄のような物に触れた。マティレートが、ドスの効いた声を耳元に響かせる。
「どんだけ強くても、結局は脆いよなぁ。大事なお仲間さんのために死ぬなら本望かなぁ? はは、あほくさ」
俺のクソバカ……! 死ね! いやここでは死ぬな!
縄と首の間に指が入らない。霊術力を集中するなんて無理だ。声も発せずにマティレートを蹴るが、威力など出るわけがない。
視界が霞んできたところで、ふっと縄が緩む。訳もわからずよろけて咳き込み、必死で呼吸した。背を蹴飛ばされて床に倒れる。身体を起こそうと床についた左手に、サバイバルナイフが突き立てられた。
「ぐああぁ……!」
背に奴の膝が乗り、踏み躙る様に押さえつけられる。
「ハハッ、ハァハハハハ! 痛えよな、苦しいよな? その為に撃ち殺さなかったんだ! じっくり丁寧に、俺の恨みをほんの少ーしだけ伝えてやってんだよ!」
震える右手でサバイバルナイフの柄を掴むが、激痛が走るばかりで引き抜けない。深々と突き刺さった刃の背の鋸が、床板と肉にしっかり噛み付いている。
「ぐっ、ちくしょ……あああああ!」
勢いと根性でようやく引き抜く。身体を無理矢理捻り、マティレートの掴む縄へ向けてナイフを振るったが、上手く断てなかった。疑問に思う間も無くみるみる感覚が鈍り、ナイフを取り落とす。麻痺毒付きかよ――。
狭くなった視界に、奴のニヤつく口元がチラついた。
「足掻く様も映えるもんだなぁ。残念ながらここまでみたいだけど、なっ」
頭を床へ踏み付けられ、また縄が引かれる。より強く首が絞まるのが分かった。恨み言の一つくらい、と思ったが、掠れた呻き声が漏れたきり何も言えなくなった。
静かな殺意が、他の誰かに気づかれることもなく、確実に俺を追い詰めていく。床しか映らない視界に星が散り始め、何も考えられなくなった。遠のく意識の中に楽しそうな声が響く。
「オチた後は滅多刺しだ。手足からやるから簡単には死ねないぜ。意識を取り戻せたらもう一回絞めてやる。またオチたらまた刺す。自分の死因が何になるか楽しみにしてな」
身体のあちこちがビクビクと痙攣する。口の端から何かが流れる。視界が白く欠ける。抵抗を試みていた両腕から一切の力が抜けた。
「おやすみー!」
ああ、卑怯な相手に心の弱点を突かれた。ログマの生死も結局見届けられなかった。こんなに悔しい最期になるなら、さっさと自殺しておけば良かった。でもこれで、もう俺の力不足で皆が傷つくことはない。それだけは良かった。どうか、皆、生きて――。
手放す寸前の意識の中に、誰かの震える絶叫が轟いた。
「いやだああああああ!」
身体の上の重みが消える。同時に首の拘束も解けた。
それでも身体は動かない。胃液と涎を垂らしながら咳き込み、激しい喘鳴を発しながら顔だけなんとか持ち上げた。
少し離れた斜め前に見えたのは、腰元を赤く染めたマティレートが床に崩れて血を吐く姿。
――そしてそこに駆け寄る、血塗れの短剣を構えた、ウィルルの背中。




