23章171話 大立ち回りの裏で
マティレートは、人間性こそ小物だが、仮にも一大反社組織のチームを一つ任された男だ。それなりの修羅場を潜ってきたのだろう。色眼鏡で侮らず、確実に仕留めたい。
手抜きなしの全速力で右肩へ斬り掛かる。
「せぇやっ!」
「ぐっ……! ――オラァ!」
サバイバルナイフで辛うじてそれを受け止めた彼は、一歩踏み込み突いて来る。体勢が崩れていない俺は余裕で退いて躱した。引いた足で床を蹴って横斬り。身を反らした彼の胸元を裂いたが手応えは小さすぎる。更に詰め寄るが、彼が袖から出した投擲ナイフを放ったため半身で避けた。
距離を取られて互いに構え直すと、再びリーチの面で俺が有利になる。逆に言えば、近付き過ぎると不利だ。それは相手も分かっていることだろう。……利用しようか。
睨みつけながらゆっくりと距離を詰めていく。俺の間合いの内に入っても仕掛けない。じり、じり、と近付き続ける。
既に近距離、サバイバルナイフの間合いの内だ。俺の仕掛けた我慢比べは、マティレートの負け。無言で迫る俺の圧に動かされた形。
ナイフが狙うは彼にとっての一番手前、剣を握って前に出た俺の右手首。鍔で受け、剣身で押さえつけることで去なした。
無防備になった体幹を斬り裂かんとして、奴に妙な余裕を感じた。その感覚を信じて膝を折る。すぐにズドンという銃声が弾け、頭上を銃弾が通過した。
マティレートは右手にサバイバルナイフ、左手に硝煙を吐く銃を構えて、不機嫌そうにふんと鼻を鳴らした。
「この距離の不意打ちでも避けやがるか。クソめんどくせえ奴」
距離を取りながら頭を撫でて髪の無事を確認し、体勢を整える。お前こそ面倒だよ。両手利きかつ暗器使いか? 相手したことのないタイプだ。よく考えて戦わねば――。
思案したところで、ばちんと視界が真っ暗になる。記憶にある感覚だ、闇術を食らった!
「うっ……くそっ!」
咄嗟に頭から胸部を守るように剣を翳し、試合時に使う物理防御シールドを自分の全身に生成。衝撃や痛みに備える……が、何も起こらなかった。
状況が読めない。ゆえに防御体勢を取り続けるしかない。不安と焦燥だけが募る中、斜め後ろからレイジさんの声と走る足音がした。
「アッ、てめっ、待て!」
そして少し離れた所からマティレートの声。
「邪魔すんなァ!」
「のぁ! このっ――うおおお!」
刃物がぶつかり合う金属音。逃走を試みたらしいマティレートと必死のレイジさんが戦っている……! 術が解けるのはまだか? 取り急ぎ状況を共有しなければ。
「ケイン! ログマ! レイジさんの補佐を頼む! 俺は今動けない!」
もどかしい時間を過ごし、やがて唐突に視界がパッと明るくなる。慌てて見回すが、急を要する状況は見当たらなそうだ。――だが、マティレートの姿は見えなかった。
「逃げられたか……いや、でも防衛団が会場の出入り口を把握して封鎖している筈、簡単には脱走できないよな。探すか……」
口に出して思考を整理、冷静さを取り戻す。任せきりだった上手側に目をやった。
傷を負って倒れ呻く組員は八人。開戦前に確認した全員を戦闘不能にできている。舞台の真ん中付近に、カルミアさんとダンカムさん。重装備のお陰で怪我は無さそうだが、頭装備を外して座り込み、息も絶え絶えといった疲労困憊の様子が見えた。
次は下手側。レイジさんが床に伸びて、ウィルルに手当してもらっている所だ。心配だが、ウィルルの動揺が小さいし、ぶつぶつと零している泣き言には余裕を感じるので致命傷ではないのだろう。
聞こえた通る声は上方から。
「ルーク! 平気? 少し話せる?」
目をやると、少々の弾痕が見られる梁の上から、ケインが呼びかけていた。幸い、彼女に目立った傷はない。
見上げながら舞台の前方へ駆ける。
「ゴメン、どこかから闇術を使われた! 今は平気!」
「そっか。多分上手側にいた術士に邪魔されたんだね。霊術防御してなくてごめん!」
「ううん、フォローありがとう。何か話したかったの?」
ケインの顔が曇る。
「ログマの姿、確認出来てる? 今どこにいるのかな」
「え……戦闘開始後は会ってないな。舞台裏にいると思ってた」
「……さっきルーク、私とログマに呼びかけたでしょ。離れた私が聞き取れたんだから、舞台裏のログマにも聞こえると思うんだよね……。でも、ログマからの手助けはなかったの」
眉を顰めた。
「そうだったのか」
「うん。ここからは全体が見れるけど、派手な精霊術はしばらく見てない。……嫌な予感がするんだ」
きっと偶然聞こえなかっただけだ。そう思いつつも心がざわつく。不安要素に気付いてしまい、縋るように尋ねた。
「ヒュドラー人員は、計算上残り四人いる……! ボス以外の三人、舞台の外で見かけたりしてないか?」
彼女の顔もまた、不安に歪み始めた。
「あ……見てない……! ルーク、急いで舞台裏を確認してみてくれない? 私ももうじき降りて合流するけど、回り道になるから」
「勿論だ!」
「ごめんね、お願い!」
剣を腰元に携えたまま駆け出す。下手側の袖幕の間を抜け、舞台裏へ。
薄暗く見通しは悪いが結構広い。見慣れない装置や大小の道具、あちこちに張り巡らされた天井まで続く足場。舞台上にいた時の騒々しさが遠くなり、妙な緊張感を煽られる。
この空間で舞台の表側を見ようと思えば、表裏を隔てる壁状の背景の上から覗く形になるだろう。背景裏の足場を登ったと思うのが自然だ。
背景の裏へ回り見上げたが人影はない。再び見回して、床に何かが落ちているのを見つけた。嫌な想定は、近づくと共に確信に変わる。
「あ、あぁ……!」
そこに、大きな血溜まりが残されていた。




