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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第4部 背負った重みを武器にして

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23章169話 イルネスカドル、大暴れ




 眼前で行われた脱法イベントは、俺にとって胃が捻じ切れそうになるものだった。人身取引とは言うものの、会場内の人々は皆『人間』を売り買いしている認識などないように思えた。


 では何に値をつけているのかと言えば。『労働力』『戦力』『性的魅力』『健康な臓器』『優れた外見』『従順な性格』『優秀な遺伝子』等々――。


 人に、求める価値でタイトルをつけ、その等級を金額で測るのだ。その価値を宣伝する演目を披露させられた人の様子は直視出来なかった。尊厳の切り売りで盛り上がる空気感が耐え難い。無駄に感受性と共感力が強いせいで、俺はすっかり疲弊してしまった。



 一番手が十人ほどの出品を行い、全ての落札者が決定。俺達の座る前方には、積極的に入札しようとする者達が代わる代わる集まって来ていた。立ち見上等のようである。


 商品の人達に落札者と金額の分かる札がつけられ、一番手の団体が拍手の中退場する。男性らしき覆面の司会が、通る声で二番手を紹介した。



「続いての出品者は『ヒュドラー』様です!」



 カルミアさんと目を合わせて席を立つ。


 俺達は別れ、観客の席の移動に紛れて移動。その間、司会の説明は続いていた。


「今回の出品数は控えめではありますが、選りすぐりの粒揃い! 目玉商品含め、五点の出品です! それでは一点ずつ紹介して頂きましょう。全ての紹介が終了後、順に入札を募らせて頂きます――」



 位置取りが完了し、舞台の上に注目する。最初の商品である美少年を意気揚々と紹介しているのは、男女一名ずつのヒュドラー組員だ。



 俺がいるのは上手かみて側。ここから下手しもて側の舞台袖が少し見える。――そこに、マティレートの姿があった。


 部下の働きを、上手かみてから出て下手しもてけるまで監視しているようだ。嫌な上司だな……というのはさておき、反対端の俺は彼に見つかりやすいと考えておこう。


 やがて紹介を終えた組員と美少年が下手しもてけると、マティレートが女性組員の尻を蹴り飛ばすのが見えた。やっぱ嫌な上司だな……。ニテンスが人遣いも金払いも悪いチームだと愚痴ったのを思い出した。ボスが悪いだろ、これ。



 二点目の美女、三点目の男性、四点目の幼女。それぞれ二人ずつの組員が付き、つつがなく紹介が終わっていった。


 そして司会の声が一回り大きくなる。


「さあ、ご注目下さい! 目玉商品のご紹介です!」



 上手の舞台袖から、見慣れたホワイトブロンドが覗く。

 ウィルルもまた、後ろ手に手錠をかけられ、二人の組員に連れられてゆっくりと歩いて現れた。


 やがて正面につき、スポットライトを浴びた彼女は、おとぎ話の中の妖精のようだった。儚げで美しく、それでいてあどけなさの残る、魅惑の容姿。会場がさわさわとどよめく。


 外道の視線に曝された仲間の姿に、息が詰まる。もう少しの間だけ、耐えていてくれ。



 下手しもて側では、無表情の細身の男が、ウィルルの手錠の紐をしっかり掴む。奴が紐を下へ引くと、ウィルルの後ろに回した腕も下へ引かれ、背を丸め顔を伏せたがっている彼女の姿勢が無理やり正された。


 朗々と話し出したのは上手かみて側の大柄な男。


「こちらの女! なんとエルフのクォーターでございます! ご覧の通りの一級品ですが、売りはなんと言っても、女として楽しめる期間の長さ! その上――」



 大柄の男の声が突然途絶え、笑顔が消える。



 下手しもて側から舞台に上がったカルミアさんの鎧が、ガシャン、という重苦しい金属音を響かせたからだ。



 カルミアさんはフード型に収納していた兜も展開しており、全身金属で覆われた姿。すぐ近くの司会台から、覆面の司会が慌てて駆け寄り、何か彼に訴えている。


 ハルバードが神速で司会の右肩を壁に縫い付け、去り際に両脚を深く斬り裂いた。


 司会の悲鳴が近くの客を動揺させている。司会の仲間らしき男が壇上に上がり、カルミアさんに迫る。


 そこに突如立ち昇る火柱。姿を見せぬログマの術に呑まれた彼は大慌てで飛び出て、全身の火を消そうと周りを巻き込みながらのたうち回る。


 その近くでオークション運営側に付いた動きをした三人の肩にも炎が灯される。梁の上に潜むケインの風術がそれを弄ぶと、混乱は次々と文字通り飛び火した。



 皆のお陰で、注目はすっかり下手しもてへ集まった。剣を抜いて舞台へ飛び乗る。


 未だこちらに気づかない大柄の男。背後へ滑り込み左の下腿かたいを叩き斬る。体勢を崩したその背中を斬り上げた次は、下手しもて側の細身。銃を探るその肩へと渾身の真向斬り。彼の右腕はすとんと落ちた。


 手で大きく孤を描き、ドーム状に物理防御シールドを展開。転がって喚く男性組員二人と斬り落とした手足を舞台から蹴り出し、僅かに血飛沫を浴びたウィルルの手錠を外さんと膝をつく。


「お疲れ様、ありがとう。ここからは一緒だ」

「うっ、うん……!」



 パンパンと軽い銃声が響いたが、放たれた銃弾はシールドで弾いた。銃声の方向からドスの効いた大声がする。


「ざっけんな! カスが舐めやがって、絶対に許さねえ! 殺す! 殺す殺す殺す!」


鬼の形相のマティレートは、弾かれるのも構わず銃を連射した。


 その間に自由になったウィルルはバッと両腕を広げ、より強固なシールドを展開。マティレートが持ち替えた二丁目の銃はドンと重い銃声を轟かせたが、それを貫くには及ばなかった。流石ウィルル、発動速度も効果も、杖の補助が無いとは思えない質の高さである。



 カルミアさんが合流し、マティレートに血濡れの槍先を向ける。ただただ屈辱に怒り狂っている様子のマティレートには余裕が全く感じられない。


 ふと思い出した。作戦が決まった時のログマの発言は、堂々として余裕があったな、と。



『ヒュドラーのバカ共が厄介な獲物に手を出してヘマをしたから大損害を招いたんだ、ってことを、その場にいる全員に分からせる。ヒュドラーの積み上げた権威も信用も体裁も、全てを地に堕とし無力化する――』



 あの時の彼を真似て不敵な笑いを浮かべてみると、不思議と肝が据わるように感じた。


 左腕をウィルルを守るように広げ、右腕で剣を構える。剣先をマティレートへ向けて、彼の恥が会場じゅうに知れ渡るようにと腹から怒鳴った。



「仲間は返してもらう! 適当な傭兵を使ってナメた真似してくれたな、ヒュドラーのマティレートさんよ! お前が無能なお陰で、この場にいる全員お縄だ! 覚悟するんだなァ!」



 マティレートが何か怒鳴り返して再び銃口を向けたが、カルミアさんが俺達を庇って立ち塞がったのと、会場内がいっそうどよめいたのでよく聞こえなかった。



 会場内は大混乱である。状況が読めない者、慌てている者、呆けて舞台を見ている者、周りに八つ当たりをする者。各々の行動がかち合って騒ぎの割には人が動かないのが滑稽だ。


 舞台の俺達がちらほらと指差されている気がするのは、噂好きの奴らだろうか。そうでなくてはな。ちゃんと、俺達に手を出すなと言いふらしてくれよ。



 真っ先に席を立ち退場を試みた判断の早い観客達が、次々にたたらを踏んで狼狽える。会場の二つの入口から、朱のマントをたなびかせる防衛戦士団員がぞろぞろと現れたからだ。各々の先頭には見知った姿。いつもの金髪ポニーテールのジャンネさんと、額に鉢金を装備したガノンさん。



 頑なに下手しもて側の舞台袖から出てこないマティレートからも、上手かみて側の入口から防衛団員が突入する様子は見えたようだ。愕然とした表情を一瞬見せた後、先に自らの背後、次に俺の背後へと顔を向けて叫んだ。


「お前ら早くしろ! とにかく殺せェ! 何を使ってもいい、こいつらまとめて皆殺しにするんだよ!」


 舞台裏の方面から四人の組員が次々と駆けつける。スーツやドレスの上から防具を装備したらしい。半身になって背後を確認すると、ウィルル以外の四人を紹介した八人が武器を取りに行ったり銃に弾を込めたりと慌てていた。



 カルミアさんの隣へ出て声を張る。


「カルミアさん、重装備のあなたに人数の多い上手かみて側を頼みたい! 俺はこっちでボスを狙う!」


「はいよ!」

彼は踵を返して俺の背後へ退った。


 ふっと息を吐き、剣を構えて続けた。


「ウィルル、まずは俺の補佐を。銃に警戒して防御面を補ってくれ! ただし君はノーガードだ、自分の防御は常に維持して最優先に!」


「りょ、りょかいっ!」

彼女は謎のポーズを決めて了解を示した。



 いよいよマティレート率いる下手しもて側の五人を睨んだ瞬間、背後から震え上がるような咆哮が聞こえ、つい肩越しに様子を窺った。


 ――ダンカムさんが右ストレートで重装の組員の兜を殴り飛ばし、続く左アッパーで顎を砕いていた。


 ついニヤけた。リーチの長いカルミアさんと格闘術士のダンカムさんの共闘であれば上手かみては安心だ。


 ならばこちらにはレイジさんが控えている筈。彼は自信がないから、身を潜め不意をつくスタイルで戦うと言っていた。


 ちらっと斜め上を見上げると、ケインが弓矢を構えこちらに付くことを示していた。ログマは……いつも通り好き勝手やってもらおう。それで十二分に活躍する奴だ。



「ふふっ」


 高揚と興奮が笑いとなって吹き出た。緊張と不安の反動だろうか、戦いが楽しみで血が踊る。女とマティレートが銃を構え、男達からはダガー、メイス、ロングソードを向けられているのに、ニヤけが引っ込まない。


 だが、それでいて視界が恐ろしくクリアだ。頭が良く動いて集中もできている。



 奇妙な感覚だ。でもどこか懐かしいような……。まさか。いや、でも、間違いない。



 ――元気だった頃、試合や戦闘の時に持っていた感覚だ。



「ふふふ……あっはっはっはっは……!」


 あまりに唐突に呆気なく訪れた回復のきざし。もしくは、最高のタイミングで与えられた病魔の気まぐれ。


 以前の感覚を思い出せるなんて初めての事だ。あくまで薬の力を借りた状態だし、今回限りの奇跡かも知れないが、それでもいい。何をどうしたって希望や手応えなど得られず、厳しい現実を突きつけられるばかりだったのだから。


 困惑混じりの喜びが俺を馬鹿みたいに笑わせた。敵の目には不気味に映るのだろう、強い警戒の表情を浮かべつつ手を出して来なかった。



 ああ、負ける気がしない。仲間のために思い切り剣を振るえる。大好きな仲間と一緒に、大好きな戦闘が出来る。俺にとって、こんなに楽しくて満たされることは他にない。


「本気で来てくれるんだよな? 楽しみだよ。――殺せるもんなら殺してみろォ!」


 湧き上がる活力に任せ、前へと踏み出した。



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